下山
小早川秀秋は悩んだ。どうしてこうなったのかがわからない。簡単な城攻めのはずが味方の損傷が大きい上に成果が全くない。士官は死に兵も居なくなった。召集した国衆の兵が逃げたのではないかと部下は言う。敵前逃亡は重罪だ。逃げたやつをそのままにしては置けない。追いかけろと言おうとしてやめた。この戦力で何ができる?城攻めを止めなければいけないのか?
混乱して大事な事を忘れてしまった。そしてそれは致命的なミスとなる。
「山口と合流し出直す事にする。下山するぞ、それと山口に使者を送れ。前に本陣があった場所へ来るように伝えよ」
護衛兵は屋敷を出て改めて周りをみた。兵の士気は下がり覇気を感じられない。倒れている、蹲っている者も多い。仲間の死体はそのままになっている。大怪我で自力で歩けない者達をここまで運んできている兵の姿もある。ここからまた山を降りるのも大変だ。と言ってここには薬も食料もほとんどない。秀秋の言う通り山を降りるしかなかった。
八上城では物見台の上に結城信平が立ってその動きを監視している。凱から東側の攻め手が撤退していったという報告があった。また西側の兵も屋敷を出て下山を始めているのが見えた。結城信平は、
「波多野殿、朽木殿、準備はよろしいか?」
「万端整っております」
波多野が答えると朽木元綱は、
「朽木勢いつでも出れまする。やっと活躍の場が来ました」
朽木は嬉しそうだった。今までほとんどやる事がなかったのだ。ここは波多野の城なので出しゃばっても仕方ないと自重していたのです。というより信平の指揮が見事で何もできませんでした。
東側を攻めていた山口率いる千名は兵を八百に減らしていました。怪我人は多くはないのですが水も食事も取れてなく疲弊しています。山を降り始めたのですが兵の歩みは遅い。山口も兵を急がせたい気持ちもあるが考える事があって歩みはゆっくりだ。あの勝鬨はなんだったのか?秀秋からはなんの連絡もない。だが秀秋が勝ったのなら東側の我らを向かい入れるはずだ。いくらなんでも流石にそのくらいはわかるだろう、森村も付いているのだから。となると負けたということになる。本来なら急がねばならないのだが力が出ない。
「このまま大阪城へ向かうか、それとも秀秋様のところへ行くか」
秀秋を見捨てる事まで考えて、慌てて自分の頭を殴った。主君を見捨てるなどあり得ない、普通はあり得ないのだがそこまで混乱している自分に喝を入れたのだ。そして山を降りたら西側の味方のところに行くことにした。あそこには荷駄に載った食料があったはずだ。山口のいたところへは井伊直政の勝鬨の声は届いていなかった。
小早川秀秋は三千の兵の中央にいて山を下っていた。三千といっても怪我人を運んでいる兵も含まれている。歩いてはいるが戦闘は無理な怪我人もいてそれらを合計すると五千名ほどだ。それ故にこちらの歩みも遅い。
「ええい、何故にいつも動きが遅いのだ」
怪我人を見ると流石に痛々しくはなるのだがイライラは止まらない。
「山口の方はどうなっている?」
誰も返事をしない。
「おい、誰か返事をしろ!」
秀秋の小姓が嫌そうに近くに寄って来た。
「お呼びでございますか?」
「源左衛門か。山口はなんと言っている?連絡はないのか」
「確認して参ります。少しお待ちください」
源左衛門は伝達係の姿が消えているのに気付いていたが、即答すれば怒られそうなのでそう言ってその場を離れた。ただ、山口様の方がどうなっているのかは気になる。もう希望はそこにしかない。
「何か情報はないか、殿が五月蝿いのもあるが俺も知りたい。戦は初めてだがこれは酷い負け戦だとは思わんか」
源左衛門が聞いたのは太郎という名の小姓だった。太郎は水軍の将、清水の縁戚で小早川家に長年尽くしてきた家系だ。
「戦だから勝つこともあるし負けることもある。俺たちにとってはいい経験になるとは思わんか?」
太郎はいい事を言っているつもりだった。確かにそうかもしれないがここで死んだらどうするのだ?少し苛立って
「情報は?」
と強めに言うと
「無い。誰も帰ってこない」
と太郎はあまり焦っていないようで何を起こってるんだろという感じだ。太郎は父親から今回の戦はいい経験になるだろうから戦の雰囲気を味わってこいと言われていた。大阪へ移動するだけで大きな戦では無いし、その後も大戦にはならないだろうと思っていたようだ。それに前線に出るわけではなく秀秋の近くにいれば危険はないのだから、殿の近くを離れないようにしていればいい。
源左衛門はため息を吐きながら、
「お主には危機感がない。今ここが襲われる事だってあるのだぞ」
「まさか、お前は考えすぎだ。兵の数はこちらが多いのだぞ。敵は本丸に閉じこもって出てこないではないか。そんな臆病な奴らが、な、なに!」
下山している列の後方で悲鳴に似た声が聞こえた。




