空馬
織田信忠の軍は川向こうの前田軍に備えていた。それは表向きで様子見部隊に手の内を見られた武藤信之は、同じ手でくるわけがないと与助達真田忍びに周囲を探らせていた。
「やはり側面を突いてきたか。丹羽様、手筈通りに」
「わかった。死ぬなよ」
側面の敵に丹羽長秀が応対している。こいつらは陽動だろうが手は抜けない。このすぐ先には織田信忠の陣があるのだから。
そして川を渡ってきたのは前田利長率いる一万の兵だ。狭くなった川幅を一気に駆け抜けてくる、と思ったらかけてきたのは馬だけだった。
流石の信之もこれには驚いた。前衛の兵、これはその後ろに控えている鉄砲隊や大砲隊の護衛の盾の役割をしていたのだが、鉄砲や槍は防げても馬は防げない。30頭の馬が織田軍前衛とぶつかったり兵の前でヒヒーンと言いながらウロウロしている。中には駆け抜けていく馬もいた。
「狼狽えるな。次に兵が来るぞ、備えを解くな!」
武藤隊は慌てている織田軍のすぐ後ろで敵に備えた。織田陣営が撹乱されている間に敵兵が川を渡り切り、織田の鉄砲が火を吹いた。大砲も発射されたがすでに敵兵の半分は川を渡っている最中だ。鉄砲隊が下がったところに前田兵一万が織田に襲いかかった。すぐに槍衾が建てられ、敵の足が弱まったところに足軽が前に出て斬りかかる。一気に乱戦となった。
滝川一益隊が武藤隊に加わろうとしたが、信之はそれを前線へ送り出した。信之は大砲隊の横にいて弾を撃ち続けている。なぜか定期的に敵兵の数が少ない後方にだ。前線は滝川一益が加わって織田が有利になった。
前田利長は川を渡りきったところで指示を出している。前に出ようとしたが家臣に止められたのだ。策はうまく行っている。敵の側面を突いた。織田の兵は応対で分散される。そこまでは敵も予想しているだろう。そこで空馬作戦を使い、動揺したところで一気に敵陣に突っ込む。自らツッコミ織田信忠の首を取りたかったが敵はそこまで甘くない。すぐに増援がきたようだ。
「武藤喜兵衛という男が仕切っているのであろう。良い敵だ。だが勝つのは俺だ」
利長は家臣を振り切り前に出た。慌てて護衛の旗本が追従する。目標は敵の増援、滝川一益だった。
利長が前に出ると下がろうとしていた兵が前に押し出される格好になった。後方には大砲の弾が降ってきていて下がりたくても下がれないところに後ろから押された形だ。前田軍は織田軍に対して優勢になった。
それを見て武藤信之が弓矢隊を使い敵兵を狙撃し始めた。この弓矢隊は遠方からの狙撃に特化している特殊兵だ。砲撃隊を少し下がらせてボーガン隊、鉄砲隊を配置した。混戦から突き抜けてきた兵を一人一人倒していく。大砲は撃つペースを緩めたがまだ撃ち続けている。
前田利家は川を渡らずにいた。側には後藤信尹がついている。
「後藤殿、状況は?」
「利長様が織田兵と揉み合いになっています。側面からの奇襲隊はそろそろ保たない頃です」
「利長は引くまい。増援を出すべきか?」
後藤信尹は迷った。ここで増援を出すとお互いの被害が増える。少し考えてから答えた。
「敵の大砲が増援がこないように撃たれています。あれが途切れた時が機会かと思われますが、途切れなければ利長様が危ういかと」
「あれは来るなら来いという意味か。うむ、様子見だが出る準備はしとかねばだな」
「全軍が渡ってしまえば敵は引かずに前田様の首を狙うでしょう。難しいところです」
利家は考え始めた。敵は八万、こっちは三万だがまだ伏兵がいる。
「ここは出る。利長を見殺しにはできん。奥村、全軍突撃だ!」
ちょうどその時、先ほどの空馬が大砲隊の方へ向かってきた。なぜか3頭並んで進んでくる。さっきから馬は織田陣の中をウロチョロしていて何頭かは殺されたが生き残りがいたようだ。
信之は一瞬馬を見てまた前方の戦場を見た。が、何か不審な感じがしてもう一度馬を見ると馬の腹に敵兵が潜んでいた。
「気をつけろ、敵だ!」
信之が叫んだが、敵兵はあっという間に砲撃手を斬り殺した。そしてそのまま織田信忠陣目掛けて走っていく。それをボーガン隊が狙撃し、敵兵を倒した。
「こんな策が。代わりの砲撃手を前へ。それと父上に伝達を」
武田信豊は前方の織田軍が攻められているのを本陣で見ていた。
「殿、このままで行きますか?」
「喜兵衛、動かぬ方がよかろう」
「いかにも」
本陣の横には山がある。その山の裏側に前田軍の伏兵が控えていた。蒲生との戦で大敗した丹波衆の生き残り達だった。彼らは武田に恨みを持っている。今回、全員死ぬ覚悟で武田本陣を攻めるつもりだった。前方の戦の増援に武田が動いて本陣の護りが薄くなったところを攻める作戦だったが武田が動かない。今出て行ってもただやられるだけになってしまう。待つしかなかった。
そして大砲の音が止んだ。




