穀蔵院飄戸斎
武田信豊と上杉景勝は、近衛家を出て途中、菊亭晴季を近衛家の籠で家まで送ってから山崎の自陣まで戻るところだ。途中街中で面白い男に出会ったが、名をなんと穀蔵院飄戸斎というそうだ。偽名にしても面白い名を考えるものだと戻る間はその男の話で盛り上がった。どちらかというと信豊が、だ。
「しかし天下の上杉景勝がきちんと名乗っているのに穀蔵院飄戸斎と名乗るとは。偽名とはいえ徳ちゃん流で言うとナンジャラホイだわさ。ああいうのを歌舞いているというのか?面白い男だった。なあ上杉殿」
「信豊殿、そんなにおかしいか?」
信豊はズーーっと楽しそうだった。ここのところ険しい顔をしていたのでその反動だろうか?地はこっちなのかもしれんな、と景勝は思った。武田は面白い男が多い。だからあの兼続が可愛がられるのかもしれん。
「いや、すまない。だがこの出会いは偶然ではない気がする。あの男、どこへ行くのやら?」
「気になるのなら………、」
そこまで言って景勝は気がついた。尾行をつけているな、と。武田信豊は侮れない。勝頼の下に控えていて仲もいいと聞く。自分の立場を最大限活かして武田のために尽くしているこの男こそ武田の要なのであろう。勝頼が自由に動きまわれるのも信豊に任せられるからなのだと一緒に行動して理解できた。武田の強みはこの層の厚さだ。武藤喜兵衛ばかり目立っているのもこの男の策なのだろう。
信豊は穀蔵院飄戸斎の話をやめない。
「年は俺より10位上に見えたが、気力が目に見えるようだった。あの立派な朱槍といいいつかまた出会う気がしてならん」
「その男の話より戦の話ですが」
「上杉殿も気になったから声をかけたのであろう。ああ、すまん。しつこかったか?」
信豊は景勝の顔を見て話題を変える事にした。上杉景勝は戦の方が気になるようだ。前田利家が出てきたというが、加藤清正はいないという。徳が清正は手強いと言っていたので楽しみにしていたのだが、向こうにも事情があるのだろう。敵陣とはいえこちらの八万に対して三万の兵でどうするつもりなのか?こちらはどうするつもりもないのだが。
「信豊殿、さっきの近衛様の話だが」
「ああ、秀吉につけば必勝というやつだな。あんな事を考える男がいるとは全く」
この表現は?景勝は聞いた。
「心当たりが?」
「多分な。お屋形様はすごい男を味方にしたものだ。天下の武田信玄、未来をどこまで見ていたのか?」
景勝は驚いた。お屋形様というから信勝の事だと思ったのだ。信勝様が一体何をと思ったらすぐに信玄公の名前が出てきた。もうお亡くなりになった信玄公がどう絡んでいるというのだ?
景勝は真面目な性格だ。配下の直江兼続も変わり者だが、この武田信豊はそれ以上だ。無駄話はあまり好きではないのだ。ただ、これが無駄話なのかがわからない。
「ああ、すまん。おそらくだが敵陣に面白い男がいるのだよ。それを俺に伝えたくて近衛様が話をしてきた。確かにここで俺たちが豊臣につけば豊臣が勝つ。圧勝だよ。だが、盛信殿の件、室賀殿の件、俺はあれは許せない。それに俺は武田が好きだ。父上が信玄公を敬い武田に尽くしたように俺も武田に尽くす。それをわかっていてあんな事を俺達に伝えさせたんだ。前の関白様にだぞ、全くなんて家系だ。ブツブツブツ………」
最後の方は聞こえなかった。信豊は最後フェードアウトしたのは理由がある。誰がどこまで知っているのかを考えていた。信豊はこの話は織田信忠には内緒にするよう念を押した。そうこう話しているうちに自陣につくと。待っていたかのように織田信忠が駆け寄ってくる。
「信豊殿、どのような話を?」
「大した事は話してない。それより敵の動きを教えてくれ。淀川の向こうで何をしている?」
それには同じくかけよってきた丹羽長秀が答えた。
「魚鱗の陣を敷きこちらの攻撃に備えているように見えます。来るなら来てみろとばかりに」
それに信忠が乗っかる。
「兵の数はこちらが多い。敵を蹴散らし大阪まで行けば秀吉も停戦を申し出るであろう」
それが敵の策なんだよ。なんでわからない?信豊は信忠の真っ直ぐなところは嫌いではないが秀吉相手には甘すぎる。そして武藤喜兵衛を呼んだ。
「喜兵衛、どうする?」
「前田利家は出て来た以上負けて帰るわけにはいきますまい。とはいえ、川を挟んでのこの戦、我らは数では優っておりますが、周囲は敵国。どこから伏兵が現れるかわかならい状態で真正面からぶつかるのはいかがなものかと」
「折り合いをどうつけるかだが、そういえばこの間お主が言っていたあやつめが向こうにいるようだぞ」
喜兵衛はそれを聞いてニヤッと笑ってから下がった。そして与助を呼んだ。信忠は訳がわからない。ただお市から出しゃばらないようにキツく言われているので我慢している。与助としばらく話した後、喜兵衛は
「殿、ここはお任せ願えますか?負けましょう」
信豊は頷いた。信忠はキョトンとしている。負ける?




