家康という男
穴山信君は供を30人連れて高遠にやってきました。勝頼は供10人に加えて荷駄を2台用意しています。家康へのお土産です。生きた鯉、絹、鹿の毛皮、碁石金を積んでいます。
「穴山殿。お世話になります」
「伊那殿はゆるりと旅を楽しんでください。いずれはお屋形様の領地になるところです」
穴山信君。武田家の外務大臣です。信玄は他家との交渉役として穴山を使っています。それは穴山が武田家親戚衆としてある程度の権限があるので他家から信用されやすいのです。この男、信玄への忠誠心は強いですがそれゆえに懐疑心も強く、味方さえ疑います。今回勝頼が同行するのは信玄の指示ですが穴山としては勝頼を見るいい機会だと考えていました。
逆に勝頼は三雄から、穴山が裏切って武田が滅んだと聞かされていて、この男を味方にするか早く殺すかどこかで決めろといわれています。歴史は三雄から聞いたように進んでいますがすでに変わって来ています。
『この遠征で見極める』
意味は違えどお互いにそう考えていました。一行は飯田を通り、長篠から豊橋へ抜けた。事前に使者として通ることは伝えていたので争いにはなりませんでした。この頃、今川を継いだ氏真は北条、武田との縁組をあてにして精力的に動いてはいません。というより野心がなかったのです。家康はそれに付け込み徐々に領地を広げていっています。
家康は武田と穴山に恩義を感じています。桶狭間では穴山がいたから生き残れ、今の地位を築けたのです。織田信長、松平家康共に信玄への感謝の気持ちを込めて定期的に贈り物を送ってくるようになりました。だが、ここは戦国です。当然裏があると見ていいのです。
「昨日の味方は今日の敵、ですか」
勝頼のつぶやきに穴山は、
「なかなか面白い事を言いますな伊那殿は。織田、松平共に今はお屋形様に対して下に出ていますがいつかは牙を剥くでしょう。今川、北条とも同盟を結んではいますがいつまで続くのか?」
「兄上ですか」
「伊那殿。恐ろしいお方だ。跡部殿の教えですか?」
穴山は勝頼に未来の軍師がついている事は知らない。そもそもこの時代の誰にも話をしていない。となると誰かが教えてか自分で考えたかになるが、勝頼の発想はいくさ未経験の若者の発想ではなかった。百戦錬磨の武将の発想に近い。
「いえ、自分の情報網からの判断です。穴山殿は父上の信頼が厚いお方です。こういった会話をできる人が周りにいないので今日は色々と教えていただきたい」
義信がもし、もしだ、失脚すれば次の世継ぎはこいつになるのか。初陣前の子供がこんな発想ができるのだろうか?これが武田の血?いや、義信は視野が狭い。俺はこいつの下でやっていく事になるのか。色々な思いが頭を駆け巡りました。が、今考えても仕方のない事です。
「伊那殿と話をするのは勉強になります。こちらこそ色々とお教えいただきたいものです。そろそろ岡崎の城下町に入りますな」
岡崎の城下町、人が多く活気に満ちています。なかなかいい町だな、と勝頼が考えながら歩いていくとそこには大男が槍を構えて待ち構えていました。本多忠勝です。
「穴山様、お待ちしておりました。殿が首を長くしておりますぞ。ご案内つかまつる」
「本多殿。桶狭間以来でござるな、ご活躍耳にしておりますぞ。三河を完全に取り戻しましたな」
「まだまだでござる。穴山様こそ川中島での大勝利、この三河まで聞こえてきております」
などと挨拶的な会話をしている間に岡崎城の門をくぐりました。お土産の荷駄を忠勝の配下に預けた後、穴山と勝頼は部屋に通されました。付き人として同行していた徳は数名の供を連れて買い物という名の城下町の探索に出かけています。吾郎の配下は先行していた部隊と合流して情報交換に出向いています。将来岡崎城を攻める事になるかはわかりませんが、ここにいる時間は無駄に出来ません。
「買い物買い物楽しいなあ。さて、尾行されていますね」
徳はこりゃあかんと純粋に買い物を楽しむ事にしました。と言いながら城下の図面を頭に描きながらです。徳には図画工作の才能があったのです。勝頼が写し取った小学校の教科書、勝頼はそれを暇そうにしている徳にやらせました。例の川中島のジオラマを製作したのも徳でした。茶屋でお団子を食べながら気配を探ります。
『さて、いつからだろう?まあ見られて不味いことはしてないから平気だけど。ただあたいに気づかれるくらい下手な監視って意味あるの?』
徳はわかっていなかった。自分の感覚が人より優れていて尾行していたのが手練れの忍びであった事を。
勝頼と穴山は場内の待機部屋で待っていたがすぐに家康のいる部屋に通された。向こうが待ち構えていたというのは本当らしい。
「お久しゅうござる、穴山殿。遠路はるばるお越しいただきかたじけなく思う」
「貫禄が出てまいりましたな。さすが松平のご当主でございます。本日は当家にいただきました多大な贈り物のお礼に仕りましてございます」
「その節は世話になった。礼を尽くすのは当然の事よ。さて、そちらに控えしお方はどなたかな?」
家康は勝頼を見て聞きました。
「お初にお目にかかります。伊那勝頼でございます」
これが勝頼と家康の出会いであった。




