仙台
小山を出発した勝頼一行は仙台に向かっていた。穴山信君は同行を辞退し信正を失った悲しみを忘れるように跡を継ぐことを許された信道と立て直しに没頭している。下野は広い。信道は非凡ではあるが治世の経験がないのだ。
夏は穴山の家に残ると言うので許可した。穴山信君は夏を返そうとしたのだが夏が拒んだのだ。もう嫁いだ身、勝頼の娘ではなく穴山の嫁だと強く言うので許したのだった。勝頼としては穴山との関係もあり、ある意味ありがたかった。三雄の言う穴山の裏切りは武田の崩壊のきっかけになるかもしれないのだ。今回の件、本多正信の狙いは武田の内部崩壊であろう。
「そうはいくかい!」
勝頼は突然独り言で叫んでしまい、横にいた甲斐姫に
「どうしたのですか、突然?」
と笑われてしまう。甲斐姫も馬に乗っているが乗馬術は大したものだ。そこらの騎馬武者よりも上手に見える。甲斐姫は勝頼が未来と交信できる事を知らないので余計な事は言えない。甲斐姫からすれば穴山が寝返るなど想定する事もできないだろう。
「いや、夏の事を考えていたのだ。敵の狙いは武田の内部崩壊と思える。穴山との関係は重要という事だ」
甲斐姫は若いながらも聡明だ。甲斐姫のところにも西が怪しいという話は聞こえて来ている。なのに、わざわざ北へ向かう勝頼の意図を甲斐姫なりに推察していた。
「ご家中の事をお考えになられる大屋形様を私は心からお慕いしております。この大変な時に」
ここで甲斐姫は一呼吸開けた。大変な時、西での噂の事だ。昨日跡取りと言われていた石田三成が死んだ事を影猫から聞かされた。影猫は三成に聚楽から出るように言われてから勝頼と武藤喜兵衛との間の連絡を取る役目についている。
「次は春さんのところですか。例の連中がそこにいると?」
「確かではない。上杉の忍びの情報を信じたまでだ。そうか、春さんと呼ぶのだな?」
「年上の娘ですから。女の関係は複雑なのです。幸い、武田家の方々は皆仲睦まじく助かってはおりますが、女の嫉妬や妬みは嫌らしいものですよ。大屋形様は恵まれている自覚をもっと感じた方がいいと思います」
「なんでそこでおれの話になるんだ?まあいい。先に直江兼続が向かっているらしいから俺たちが着く頃には解決しているかもしれん。なぜ西に行かないか不思議か?」
「はい。それであれば直江殿にお任せして西へ向かうべきではと思っていました」
「いました?過去形だな」
「過去形とはどういう意味?あっ、わかりました。そういう風に言うのですね。今はわかった気がしています。わざと隙を作っているのだと思います」
甲斐姫は賢いなあ、と感心しながらそこで会話を止めた。これ以上の会話はしない方がいい。甲斐姫も察したようだ。
あの事件の後、小山秀弘から情報を聞くだけ聞き出してその場で斬り捨てた。あんなやつを生かしておく意味はない。その場にいた家臣達は震え上がり、小山の部下だった者達は突然自衛のための弁明を始めたりしたので喝を入れ、
「今後は穴山が仕切る。全員自宅へ一度戻り沙汰を待て!」
と大声で言ってその場を収めたのだった。真田幸村は、井伊直政の見舞いに出かけ、佐助はまた姿を消した。錠は穴山との連絡係として残した。代わりに錠と所帯を持った桃と特殊部隊ゼットのチーム乙を連れて来ている。
小山によると、本多正信は仙台へ向かったそうだ。秀吉の策としか思えないがそれならそれに乗るだけだ。勝頼と秀吉は東西二極化になってから、お互いに決戦になると考え、そのきっかけを作ろうとしている。関白と将軍が戦うというのは、帝を手中に収めている関白の方が世間的には有利だ。もちろん、戦は勝者が正義なのだが世論というものも無視はできない。
勝頼も秀吉も内紛を狙った。子作り作戦はたくさん打つ予定の矢の一つにすぎない。たまたまうまくいき三成が外れてゴタゴタさせる事ができた。戦を始めるきっかけにもなるだろう。向こうも戦をしたくて仕方がないのだから。
秀吉の策が風魔と本多正信を使った麻薬なのは驚いた。身内を狙うとは思ってはいたが完全な想定外だ。徳によると愚策の極みだというがどっちかと言えば混乱したのは武田の方だ。
小山秀弘の話だと仙台では大騒動を起こすらしいのだが、彼奴はそれしか知らないようだった。あんな小者に策をバラすはずもないが居場所さえわかればそれでいい。
そこに影猫が現れた。勝頼は驚いて、
「いくらお前でもこの短時間で西へ行っては来れないだろう、途中で引き返すとは何があった?」
「はい。武藤様の伝令と途中で出会いました。これを預かりました。こちらが武藤様からで、こちらが徳様からの書状です」
時が動いたか?武藤喜兵衛からの手紙には石田三成が自害したと公式が伝えた。確証はないが秀吉だろうと書いてあった。帝が交替して武田討伐令が出たという。そして徳の手紙には秀吉が仕掛けて来るだろうから迎え撃つと書いてあった。2人とも勝頼に直ぐに来いとは言っていない。
「信勝はどうしてる?」
影猫は聞いた話で確証はないと言いながら、
「駿河を出発したと」
ふーん、そうかあ。




