大義名分
秀吉は皆を下がらせてから前田利家と密談している。ここは大阪城の秀吉の隠し部屋だ。利家も初めてこの部屋の存在を知った。
「このような部屋があったのですか?なるほど、用心深い」
「ここは余と陰の者しか知らん。忍び込むのは無理だぞ。城を作るときに工夫したからな」
このような工夫をしていたのか?相変わらず油断のない奴だ。なんの備えだ?
「忍びとの密談部屋ですか?知恵が回りますな。その頭のいいお方がなぜ?戦には大義名分が必要ですぞ。昔と違い関白ともなれば戦を仕掛けるにはそれなりの理由がなければ世間が納得しません。相手が公方ならなおさらです」
「だから先程申したではないか、帝に対する謀叛だと」
ここで利家は口調を変えた。二人きりの時はたまにこうなる。
「藤吉郎、何を焦ってるんだ。こじつけにもほどがあるぞ。今のお前は関白、いや今日からは太閤だったな。さっきの清正の悲しそうな顔を見たか?」
「あいつはわかっているようだ。犬千代にはわからんのか?お前の孫が関白になってわしらが死んだ後の事を考えてみろ」
「豊臣譜代の大名は健在、俺が死んでも息子たちがいる。せっかく戦が収まりつつあるこの時に。焦らずともいずれこの二極体制は崩れるだろうに」
「武田が尻尾を出さない。余が元気なうちに反乱の目は摘み取っておきたい。帝が勝手に武田を将軍にしたのが計算違いだった。あの勝頼、それに信勝だ。織田の信忠みたいな奴なら手玉にも獲れようが信勝めはかなりやりおる。信勝と拾では勝負にはなるまい。それにお前もそうは言うが武田と戦ってみたいといっていたではないか。このまま死ぬか、もう一働きするか?さっき戦と聞いて嬉しそうな顔をしていたぞ」
「見られていたか。武田は相手にして不足はない。だが、勝てるのか?あの北条を滅ぼした奴らだぞ。信長様でさえ武田を恐れていたというのに」
「あやつらは空を飛んだり新型の鉄砲や大砲を使う。こちらもいくつかは真似をして実戦可能だ。謎の武器は地形の影響を受けるようだ。海なら海、空、山とな。真似をしてわかった事だが、武田の武器は万能ではない。ならば戦の場所を絞ればいい」
どうやらかなり前から武田との戦を想定して準備をしていたようだ。勝てる自信があるのだろう。
「俺はお前に従う。だがどう仕掛ける?」
「まずは帝を変える。そこからだ」
一週間後、突然帝が交代になった。武田贔屓の後陽世天皇が退き、良仁親王が帝を名乗ることになった。良仁親王はまだ5歳であり秀吉を爺と呼ぶほどに懐いている。
帝の交代は速やかに行われた。近衛家と九条家はその無理矢理なやり方に反対したが多数派に押し切られてしまった格好だ。反対している間に即位式が行われ、出席しないわけにもいかずそのまま認める形になってしまう。
「勝頼殿へ文を」
近衛前久は信尹にそういうと部屋に籠ってしまう。秀吉を葬らないと日ノ本は滅茶苦茶にされてしまう。
そして帝の名で武田討伐が宣下された。その情報は西側を駆け巡った。すでに四国の長宗我部は小早川によって滅ぼされていて、四国は小早川に与えられている。小早川は長宗我部の水軍も配下に引き入れ自信満々で大阪湾に向かって出航した。九州からも加藤清正や島津の兵が海上と陸を大阪へ向かって進み始めた。
少し遅れて武田側にも情報が入った。
「ほれきただわさ」
徳はこれを待っていたようだ。
琵琶湖を境に両勢力が分かれている現状、戦はどこで始まるのか?武田軍は尾張、美濃に兵力を集めている。岐阜城には主な面々が集まっていた。徳が話し始める。
「指揮は信豊殿にお任せします。あたいは半兵衛殿と別働隊でいく。喜兵衛殿、兵はどのくらいになりそう?」
「飛騨、尾張、美濃、遠江、甲斐、信濃の兵合わせて8万。越中、加賀、越前勢は国境を守らせるゆえ集めておりません」
「そうよね。伏兵もいるかもしれないしそんなものでしょう。大屋形様とお屋形様は?」
「お屋形様は駿河から後詰で兵1万を連れて出発するそうです。大屋形様はまだ東北におられます」
「そうなると……… 、敵の出方を見るしかないわね。討伐しに来るのは向こうだから待ちたいところだけど、東北に大屋形様がいる時に攻めてくるとしか思えないのよね。信豊殿にここはお任せするだわさ。あたいは半兵衛殿と別行動をさせてもらう」
信豊は大きく頷いたが、喜兵衛が、
「師匠、私めは連れていっていただけないのですか?」
と悲しい顔をしながら言います。徳は笑いながら、
「源三郎に任せてついてきてもいいけど、あなたの主人が許さないんじゃない?」
武藤喜兵衛は武田信豊の顔を見た。これはお前は誰の部下だ、と言っている顔だ。
「喜兵衛、お主がいなくてもどうってことはない。ないが、徳様がお前を置いていく意味を考えるといい」
数日後、海上では戦が始まった。




