おっと
石田屋敷の前は人だかりがすごい。どこからか噂を聞いてきた野次馬共がひしめいている。その人混みをかけわけて細川幽斎と後藤信尹は何とか門の前までたどり着いた。その時、
「皆の者、散るがいい。ここにいる者はこの加藤清正の名を持って処分致す」
と大声を出して槍を正面に突き出すは加藤清正だ。横には島左近も立っている。そして煌びやかな駕籠がこちらに向かって進んでくる。人が多く駕籠が進めないかと思いきや、駕籠の通り道を一人の武士が刀を振り回して確保している。武士は福島正則だった。駕籠が門の前に着くと中から老人が出てきた。前田利家だ。利家は今や筆頭家老である。唯一秀吉に意見できる者でもある。言っても聞いてはもらえないが一応そういう事になっている。
清正は利家が来たのを気にもせず民を追い払っている。その横を利家はさもあらんとばかりに門を潜っていく。その様子を見た幽斎は、やはり噂を流したのは利家ではないかと思ってしまう。冷静に考えれば娘の不倫を言い触らす父親はいないと分かりそうなものだが幽斎はテンパっているのだ。
「細川様、まずは三成様のご様子を」
後藤信尹はそう話しかけて門の横に立った。後藤信尹は元々立花家の家臣であって、ここにいる大名達と比べると格下なのだ。いくら諸大名の相談役のような事をしてはいても自分の立場はわきまえている。島左近はそれを見て頷くと、加藤清正、福島正則を門の中に入れて自分は門の前に仁王立ちした。誰も通さないという意気込みが感じられる。
「後藤殿でござったな。早朝からご迷惑をおかけ致す」
左近はそう言って話しかけてきた。
「島殿、この度は何と申し上げていいか。それがしのところに細川様が来ておられ、そこに使者殿が現れてご自害と伺ったが誠ですか?」
後藤信尹も流石にこれは予想しておらず、言葉に動揺が表れている。
「見た目は、でござる。ご自害するようなお方ではない。元々ご自分の命など無いと思い殿下にお仕えしていたお方。有り得ん」
言葉尻が震えていた。見た目は、に含まれる想いを感じて信尹はそれ以上、話を続ける事ができなかった。
前田利家の前に白装束を着て横たわっている石田三成の遺体があった。清正が説明を始める。
「それがしは昨夜この屋敷を訪れ、三成と酒を飲み語りあいました。三成は疑いが晴れたと思っていて、それなのに大阪に居れない事が悔しいと言っておりました。我慢せいとあれほど言ったのに。ですが自害するような様子はありませんでした」
「腹を切ったのか?」
「島左近が申すには朝、起きてこないので様子を見に部屋に来たそうです。襖を開けると白装束を着て腹を切った三成がすでに死んでいたと。念の為、部屋を調べたそうですが怪しいところは無かったと申しておりました」
「わしは左近の使者から話を聞いた。それで急いで参ったのだ。何も死ななくてもいいだろうに。養子時代は色々あったが三成は殿下の事を一番考えていた忠義者だ」
「それがしも左近の使者から聞きました。一応殿下にもお知らせするよう使者を出してあります」
福島正則は無言で三成を見つめている。そして後藤信尹が島左近と共に部屋に入ってくると、左近を睨みつける。
「左近。お前が付いていながら、三成を死なせるとは。なぜこいつが死なねばならんのだ。殿下と話したまでは聞いた。死ぬほどのことなのか?」
福島正則は秀吉とのやり取りを聞いていない。清正のように語り合ってもいない。突然の死の報告を受けて怒りを向ける先が無かった。左近は福島正則に、
「三成様がご自害されるわけがない。何があったのかはこちらが知りたい」
左近の返事も喧嘩腰になっている。福島正則の言い方は気に入らないし聞きたいのはこっちの方なのだ。声を荒げて反論しようとする福島正則を前田利家が抑えた。
「三成の遺体の前で見苦しいぞ、左近。自害とは思えないというのか?」
「ご自害される理由がありませぬ。何者かの仕業としか思えませぬ」
「証拠は?」
「ありませんでした。よほどの手練れかと」
そこまで聞いて加藤清正が間に入る。
「待たれよ。前田様もお疑いか?」
「わからん。だが自害するような男とも思えん」
細川幽斎はそのやり取りを聞いていてやはり前田利家が噂を流したと確信した。自分は第三者を装っているとしか見えなかった。最初から疑っているのだからそうとしか思えなくなっている。三成の死、これにも前田利家が関わっているとしたら?
幽斎は言葉には出さずに考えている。その様子を後藤信尹はじっと見ていた。ここにいる者達は豊臣の主軸だ。三成が死んだのは驚いたが、この様子だと自害ではなく誰かの忍びか何かの犯行に思える。ここにいる誰かとは思えない。となると一人しかいない。
その時、門の辺りがまた騒がしくなった。清正は再び槍を持って
「ちょっと鎮めてくる」
と言いながら向かったが、直ぐに引き返してきた。
「こちらです」
現れたのは豊臣秀吉だった。




