三成は
徳はこの話を勝頼とした事があった。噂を流せば豊臣家中が荒れるのではないかと。だが勝頼はそれを否定した。それは勝頼のやり方ではないという事だ。なので噂を広めたのは武田方ではないであろう。そういうのが末端まで伝わるのが武田の強みだ。
「まあ人の口はなかなか塞げないだわさ。急に子供ができればおかしいと思うのは普通ね。でも、三成が疑われるのはなんか安易な気がするんだけど。誰かが仕組んだの?」
「そう思われるかと思い、調査をしております。今のところ出処は大阪城内としかわかりません」
「ふうん。三成は人気ないみたいだし誰かに嵌められたかな。で、影猫、あなたは解雇された?」
「はい、ご察しの通り三成は城に勤める多数の女中に暇を出しました。大阪城へは島左近含め20名で向かいました」
徳は三成の覚悟を想像していたようだ。影猫はやはり徳様は鋭いと思いながら答えた。
「少人数でね。忠勝殿なら軍勢引き連れて行きそうなところだけど性格ね」
本多忠勝は急に名を呼ばれて驚きながらも
「それがしなら我が身を疑うなら一戦申し入れまする」
と胸を張って大声で答えます。皆がその答えを聞いて場が和んだように笑みが溢れます。忠勝の答えは皆の想像通りだったのです。徳は笑いながらも織田信忠に聞きます。
「忠勝殿にはお変わりなく安心したわ。さて信忠殿、どう思います?」
「秀吉にとっても想定外だったのではないか。自分の子と信じて跡取りと喜んでいたところに不貞の噂。影猫、母親はどうしているのだ?」
信忠は徳に対しても対等で話します。織田の棟梁であるプライドがそうさせています。武田に従属し勝頼の妹を嫁にもらっていますが、一度は天下に一番近いところにいたのです。徳はそれを不快には思っていません。勝頼も好きにさせておけと言っています。
さて、秀吉の子、拾の母親は前田利家の娘、お摩阿です。前田利家は信長が死んだ戦いで秀吉側に寝返りました。娘を差し出したのは忠誠の証ですが、子ができて世継ぎになるとは思っていなかったでしょう。さらに不貞の噂など以ての外です。
「お摩阿のお方は堂々としておられます。秀吉に問い詰められたようですが、生活に変わりは無いようで子育てに没頭しています」
普通だ。徳は、
「そりゃそうよね。それに、前田利家の娘なんだから流石に不貞はないでしょう」
と言って再び信忠の顔を見る。信忠は、
「事実であろうとなかろうと火種には変わりない。秀吉がどう動くかだが、何も起きないと思う」
徳はおやっと思いました。
「なぜそう思うの?」
「お摩阿の方が違うと言っている。人の噂は嘘が多いことぐらいは秀吉とてわかっているはず。事を起こすのは事実だった場合だ」
「普通ならね」
徳は第三者と当事者は違うという意味で言ったのだが、それがわかったのは武藤喜兵衛と信之の2人だけだった。
石田三成は、大阪城に出向き大広間で秀吉を待っている。後ろには島左近が堂々と胸を張って座っている。そこに小姓が現れ、
「殿下の、おなーりー!」
と声をあげて襖をあけた。キンキラキンの衣装に身を纏った豊臣秀吉が部屋に入って来た。秀吉は三成を見て少しだけ驚いた。三成は白装束で、自分の前に短刀を置いていた。秀吉は座ると頭を下げている三成に、
「面を上げよ」
と言って顔をじっと見た。かつては養子にまでした男、頭はよく回転も早いが不器用で真っ直ぐなため人気のないこの男、拾が産まれなければこの男が天下を継いだのであろうか?
ないな。そうだったとしてもこいつには無理だ。今ならわかるがあの時はそう判断してしまった。やり直すにはいい機会になったんかもしれん。
秀吉はこの男が不貞をしたとは思ってはいない。細川幽斎の持って来た薬が効いたのは間違いないのだ。もう一人子ができてもいいくらいに元気なのだが、今は子育ての方に力を注いでいる。それはともかく、噂の出所がわからない。三成を陥れるための策略か、それともただの与太話の一種か。なんにせよ気にしても仕方のない事だ。
「三成。よう参った。してその格好はなんだ?」
「殿下が某をお疑いになっていると聞き、身の潔白を身を持って証明したく参りました。左近、介錯を!」
島左近は動かない。
「左近!」
三成が叫ぶが左近は秀吉を見ている。秀吉がどう考えているかを見極めようとしているのだ。この白装束を着た自害は芝居ではない、左近は反対したが三成が頑として譲らなかったのだ。左近は、
「恐れながら申し上げます」
と言って秀吉を見た。ここから先は許可がなければ話せない。秀吉が頷いたのを見てから、
「我が主人、石田三成においてはやましき事皆無にございます。此度の噂は三成を陥れようとする何者かの策略ではないかと思います。その策にただ乗る殿下ではないと信じております」
秀吉は島左近の噂は筒井家に奉公していた頃から知っていた。この物言いといい実に面白い男だ。
「左近、その何者かはどこのどいつだ?誰だと思う?」
「わかりません。殿下の前でご披露できる情報は持っておりません」
「わからぬか、それはそうだ。余がわからんのだからな。誰だと思う?推測で構わん」
左近は少し考えてから答えました。
「武田ではありません。家中の、恐らくはあのお方かと」
秀吉は左近を近くに呼び寄せ名を聞いた。確かにその可能性もある。




