小山大芝居
結局夏の行方はわからなかった。小山は穴山信正を捕らえ城へ連れて行き、城の様子を見させてから尋問を始める。信正は暴れないように縄で縛ってある。城に出仕していない麻薬を摂取していない家臣や、引退した年寄りも集めた。いわゆる地元のご意見番の連中もだ。こいつらは甲斐からきた穴山家とは何の関係もない。長い者に巻かれているだけだ。
「殿、城をご覧になられましたがご意見をいただきたい」
信正は今は正気に戻っている。菓子は飲料水ほど麻薬の効果はない。
「小山。余は穴山信正である。余に縄をかけるとは言語道断。手討ちにするゆえ今すぐ縄を解け!」
信正は喚くが周囲の信正に対する視線は冷たい。すでに小山は信正が武田の姫をもらいながら遊女にうつつを抜かしている事を皆に伝えている。その間に起きた城の異常も。最初は縛られている城主に驚いた観覧席の連中も小山とのやり取りに耳を立てて聞いている。
「なりません。それがしは殿に城を見てどう思ったかを伺っておりまする。皆、呆けていたり笑みを浮かべていたり、時には暴れ、戸や襖は破損し放題。死体もいくつかあります。このような一大事に殿はどこへ行かれていたのか?」
「余が留守の間に城を守るのはお主の役目であろう。お主こそ何をしていたのだ?」
この野郎まともな事を言うではないか。
「殿を探しておりました。このような変事はどう対応していいかわかりませぬ。殿にお知らせするのが一番だと。まさかあのようなところに入り浸っておられるとは。梅雪様はご存知なのでしょうか?」
「ち、父上は関係ないであろう。そうだ、父上は何処へ?」
「駿府へお出かけでございます。お忘れではないでしょうに。それよりこの始末、どうつけますか。お方様のお姿もなくとりあえず使者を駿府へ向かわせました。いずれ梅雪様がお戻りになるでしょうが、このままでは」
信正は息がハアハアし始めた。薬が切れたのか?ここは、あれだな。
「殿に水を持って参れ。喉が乾かれたようだ」
部下が厨房に水を取りに行った。それを見て、
「殿。まずは落ち着いてくだされ。それからご指示を」
そう言って信正が水を飲むまでの間を作った。水が運ばれてきて信正が水を飲むところを皆が見ている。信正は水を飲み一呼吸してから話し始める。
「小山、城は其方に預けてある。其方の責任であろう。何とかせい」
「殿、恐れながら申し上げます。それでは無責任ではありませんか?」
そのやりとりを皆が見ている。
「其方の責任だと申しておる。余はこのような面倒ごとには向いてはおらん。それを補佐するのが家臣の勤めであろう」
もっともらしい事を言ってはいるが、目線が怪しい。遊女の方をチラチラと見ている。小山はそれに気づいて薬が効いてきたとわかり、うまくいったと腹の中で笑う。観覧席を見ると少しザワザワし始めた。それを感じた後、わざとゆっくりと話し出す。
「わかり申した。それでは好きにさせていただきます。城にいるおかしな挙動をする者は全て捉えて牢へ。逆らう者は斬り捨てますが如何に?」
「そ、そうすれば良かろう」
信正は呂律が怪しくなっている。目線は遊女だ。
「殿のお許しが出た。皆の者、城を隅々まで確認し怪しいものを捕らえよ。良いな、行け」
小山は自分の部下に命じた後、国衆、長老衆に頭を下げた後、信正を見るともう心ここにあらずだ。
「殿もご乱心のご様子。それがしが捕らえたいが皆様は証人になっていただけますか否や」
その殿はこの僅かな時間にうちに立ち上がって遊女を抱きしめている。小山はこの後梅雪と対決しなければならない。証人がいなければ信じてはもらえまいと考えていての作戦だった。皆がどよめいている中、小山は声を張り上げて話し始める。
「穴山は武田の親族というから従った。今までも北条や上杉の下で生き延びるために強い者に従ってきた。北条を倒した武田は強い。それがしは燃える小田原城を見た。あれは強者でしかなし得ない光景だ。だが、この穴山殿は敬うに値しないお方のようだ」
そう言うと皆が頷いている。
「それがしは、いやここにいる皆もそうであると思いますが武田に逆らう意思はない。ですが、この状況で城主がこれでは坂東武者の誇りが赦し申さぬ。この者をひっ捕らえよ!」
そう言って小山は配下の者に信正に再度縄をかけるよう命令した。そうすると信正は突然刀を抜いた。
「邪魔をする奴は容赦せん。これ、そっちの部屋へ行こうぞ。ここは賑やかで頭が痛くなるのだ」
信正は薬で頭がおかしくなっているようだ。小山はこれはしめたと大声で、
「殿はご乱心でござる。取り押さえよ!」
と叫ぶが、流石に殿様に斬りつけるわけにはいかない。部下達は刀を抜いたもののオドオドしている。そうしている間に遊女が部屋から逃げようとした。それを、信正が斬りつける。
「と、殿」
そうしてその勢いで部下にも刀を振り始めた。部下達は防戦するしかできない。殿様を怪我させたら後でどうなるかわかったものではないのです。家族親戚一同処罰されるかもしれません。小山は観客席を見て頷いた後、
「ごめん」
と言ってから信正を斬り殺しました。一瞬頬が上がり笑ったようにも見えましたがすぐに元に戻ります。
「殿、こうするしかなかったのです」
そう言うと小山は正座して、腹を斬ろうとしはじめました。もちろん芝居です。それを周囲が止めます。
「小山様は咎められるべきではない。ここは梅雪様が戻って沙汰を下すまで待つべきでござる。腹を斬るのはそれからでも遅くないでしょう」
と言われて従う事にしました。下を向いて涙を流しながら腹の中では笑顔で。それを屋根裏から見届けた風魔のおくには小山城を離れて行きました。




