信正の行方
夏は話を続けます。
「朝、目覚めるといつもと違う感じがしました。何か物足りないというか気分が乗らないというか。体が疲れていてやる気が起きないような。決して疲れてはいないのですが、身体が重いような感じです。喉が渇いていたので水を飲みました。すると身体がスッと軽くなって動けるようになりました。その時は昨日楽しくて疲れていたのだと思っていました」
夏はその後、お幸を呼んで昨日の感想を聞いた。お幸は今までに見たことのない笑顔で
「とても楽しかったです。皆の盛り上がりもすごくて、皆がお方様の事を堅いお方だと思っていたのが勘違いだったと申しておりました。家臣の事を考えておられる素晴らしいお方だと絶賛しておりました。お幸はそれが嬉しくてたまりません」
「お幸、お幸こそいつも堅いではないですか。護衛も兼ねているとはいえ私の侍女なのですからもっと砕けてもいいといつも言っていたのに変わらなかったのが、今日は随分と砕けていますね」
「申し訳ありません。何かまだ昨日の余韻が残っているようで、あらためます」
「ほら、それが堅いのです。私は気にしませんからね」
お幸は下がっていきました。お幸の話し方もだが、私も何か変だ。そう思ったその時、小山が駆け込んできました。
「お方様、大変でございます。井伊直政が突然、女中に斬りかかりましてそれがしがあわてて対応しましたが逃げられてしまいました。申し訳ありません」
夏は驚いて、
「どういう事ですか?なぜ井伊殿がそのような事を。それとその女中というのは?」
「息を引き取りました。井伊直政の行方はそれがしの部下が追っておりますのでご安心を」
小山は夏に見えないようにニヤッと笑いながら部屋を出ていった。小山と一部の部下達は城の水を飲まないようにしている。
夏はもう一度お幸を呼んだ。お幸は慌てている夏を見て、一度水を飲んで落ち着くように話した。夏は水を飲むと気分が楽になり、
「お幸。信じられない事ですが、井伊直政殿が乱心し城内で女中に斬りかかったそうです。その女中は死にました」
「そのような事が。そういえば厨房で女中が水を汲みにいって帰ってこないと言っておりました。例のですが多い女中です」
「そう、亡くなったのはおですちゃんなのね。おの女は井伊直政殿に恋心を抱いていたようですから本望かもしれませんね。こんな時に信正殿はどこへ行ったのやら?」
「お方様。殿は宇都宮に行かれているのでは?」
「あらそうなの?」
「私はお方様からそう伺いました」
「あら、そうだったかしら。変ねえ?そうそう、次のお茶会はどうしますか?」
「お方様、ご用は何でしょうか?」
「用?用が無ければお幸を呼んではいけないの?」
「そうではありませんが、急なご用と伺いましたので」
「急なご用?何だったかしら?」
水を飲んだ夏はなんかどうでも良くなっていました。お幸をこれはおかしいとは思いながら、自分も水を飲んでいたので深く追求はできませんでした。精神的におかしくなっています。
仙台で起きた事件は菓子を食べて人はおかしくなりました。今回はそれよりも服用頻度の高い水です。麻薬中毒になるのに時間がかからなかったのです。
その夜の事、小山の家に計画を知る部下と風魔のおくにが集まっていました。この事は夏は知りません。
夏はそこまで話すとまた倒れるように寝てしまいました。薬が抜け切っていないようです。それを見た幸村が佐助を呼びました。
「佐助、ここからはお主が知った事を話せ。それと調べた事もだ」
穴山は倒れた夏を見ていました。怒りが込み上げてきているのが見てわかります。幸村は、
「穴山様、続きをお聞き下さいませ」
と言って佐助を促します。佐助は穴山を一目見てから夏を助け出すまでの事を話し始めました。
井伊直政が行方不明になった翌日、武田忍びの源がお幸との定期連絡のために小山へ来ていました。勝頼の子供のところへは忍びの者が付いていて、定期的に報告をすることになっています。その情報は錠に集められ、錠から勝頼へ伝わるようになっています。夏のところの連絡担当はお幸でした。ところが時間になっても連絡場所にお幸が現れません。
源はその事を他の忍びへ伝え、自分は小山城下に入りました。その事は忍城へ向かっていた佐助に伝わる事になります。
「それがしはその事を聞き、すぐさま小山城へ向かいました。半刻ほど城の様子を見ていましたが、城の人は皆、頭がおかしくなっているように見受けられました。源を見つけましたが丁度、お幸に斬られてしまい命を落としました。その後、お幸が夏様に近づいていく様子が見えたのでそれがしが夏様の間に入りましたが、飛びかかってきたのでやむなく殺しました。城には信正様の姿はなく、このままではと夏様だけ担いで城を出ました」
穴山は、
「佐助、良くやってくれた。礼を言わせてもらうぞ。ええい、信正は何をしているのか?」
佐助は幸村の顔を見た。話してもいいと促される。
「穴山様、その後の調査で信正様は宇都宮の遊廓にいらっしゃるようです」
穴山の顔が真っ赤になり頭から湯気が出そうだ。




