穴山梅雪葛藤
穴山梅雪は小山城に急いで戻ろうと馬に乗っている。横には同じく馬に乗った錠が追いついていた。いくら忍びでも馬の速度には敵わないので、こういう時のために用意していた駿馬だ。
「お主と共に進むのは珍しいな」
穴山は追いついてきたのが錠だと思って顔も見ないで話しかける。勝頼が派遣したのだなと考えながら。
「穴山様。光栄に存じます。それがしは基本的には大屋形様付きなのでなかなか他の重臣の方とは縁がなく。穴山様、今回の件、忍び同士の戦いになると思います。それと、」
穴山は錠の顔を見て言いたいことに気付いた。そうか、そう見えるのだな、と。
「慌てるな、であろう。其方がいてくれるなら心強い。まずは調査といこう」
焦っていたか、飛んで火に入る夏の虫になっては不味い。夏が狙われていると聞いて我を忘れていたようだ。夏は勝頼からの大事な預りもので信頼の証だ。勝頼が長女を伊達に嫁がせた時、外に目を向けていると思った。親戚衆や重臣には加増がされ皆、城持ち大名になったが縁故も大事だ。実際に穴山家は武田分家の流れで武田を名乗ってもいい家柄で、梅雪の妻も勝頼の姉だ。だが、最近の武田本家の縁組を見ると外の大名との縁故を優先していると感じ、嫡男にご息女をと申し出るのをやめたのだ。ところが、勝頼の方から夏をもらってくれないかと言われ、即OKしたのだった。
その恩には報いなければならない。
「錠、徳様が分析だか解析だかわからんが調べた結果が麻薬というものらしいが、知っているか?」
「はい。この任にあたるに際して姉からは詳しく説明を聞きました。飲用すると気分が明るくなり不安が消えるのだそうです。ただ、薬の効果が無くなると反動で気分が悪くなるため、癖になり薬を求めるようになると。それと、突然暴れたりするのですが、その時の記憶は曖昧になるそうです。仙台で起きた事件とも一致しています」
「そうか、怪しげな物を作りおって。本多正信には以前してやられた。大屋形様が其奴を野に放たれたと聞いた時は何かお考えがあると黙認していたが、我が家族に害をなすとなれば。いや、そうではない。大屋形様に不満があるのではない。夏様までいただいて何かあっては申開きができん」
「姉から聞いた話ですが、あの時は本多正信という男を知らなかった、それと大屋形様は部下を欲していたのでそういう判断になったそうです。それと、これは姉の推測ですが」
「なんだ?」
「秀吉との戦の引き金にするために泳がせたのではないかと?」
あり得る話だ。だがそれで我が身内に被害が出ていいのとは違う。
真剣に考える穴山を見て、錠は余計な事を言ってしまったかと不安になり、
「穴山様。食い止めましょうぞ、それがしの配下が本多正信を追っております。必ずや見つけ出して見せます」
穴山は返事をしないで考え込んでいる。そうこうしているうちに2人は忍城についた。そう、甲斐姫の実家だ。
「穴山殿、お待ちしておりました」
「甲斐姫様、なぜここに?」
「徳様が大屋形様に同行できないそうで替わりに私がと待っておりました」
錠は、聞いてないぞ!とアタフタしている。
「大屋形様はご存知か?」
「いえ、ご存知ではないと思います。私は甲斐から来ましたので。それと、この者も一緒です」
後ろに真田幸村が控えていた。錠はすぐに隠れている佐助に気付いた。姉ちゃん、それほどの一大事って考えてるのか、それにしては本人が来ないのはなぜ?
「真田幸村、お主もか。という事は情報があるな、教えよ」
梅雪は小山城に早く行きたいのですが無策というわけにもいかず情報を求めていました。ここに幸村がいるのは想定外ですが好運と言えるでしょう。
「穴山様、小山城は麻薬中毒者が多数発生しております。夏様はここにいる佐助が救い出しましてこの城で療養させておりますが、他の者は皆」
「なんだと、何があったのだ?信正はどうした?」
「信正様は行方不明にございます。それと、小山城に最後の引き継ぎに来ていた井伊直政も行方が知れません」
幸村はそこまで行って直政のやろう、何やってんだよ!と腹の中で思います。直政と幸村は喧嘩仲間なのです。
「信正め、何をやっているのだ。夏は、夏はどうなのだ?」
穴山はすごい剣幕ですが、幸村はそれに引かずに、
「甲斐姫様。お話ができますでしょうか?」
甲斐姫は少しなら、と穴山を嫁ぐ前は甲斐姫の部屋だったところへ穴山を案内した。錠は佐助を捕まえて話を聞いている。
部屋に入ると、布団から夏が起き上がり梅雪を見るなり、
「父上、申し訳ありません。城が、城が……… 」
「夏、無事でなによりじゃ。それで何があったのだ?信正は行方不明というしわかる事だけでいいから話してくれんか?」
梅雪は優しく語りかけますが顔は怖いままです。精一杯なのでしょう。夏は穴山家の嫁ですが、勝頼の娘です。ややこしいですが甲斐姫の義理の娘でもあります。ちょっと複雑なので怒鳴りつけるわけにもいかないのです。
夏は城で起きた事をゆっくりと話し始めました。




