その名は天海
その老人はスッキリした顔をしていた。何か憑き物が取れたみたいに。そしてキリッと姿勢を正し、
「天海と申します」
と爽やかな声で名乗った。勝頼は驚きもせずに、
「名を変えたのだな。いい名前だ」
と言いつつ、寧々から聞いた天海大僧正と同じじゃん、と思っていた。寧々は、明智十兵衛は天海と名を変えて徳川家康の天下取りを陰から支えたという説があって真偽はわからないと言っていた。寧々の時代の歴史では明智十兵衛は賛否両論ある武将、本能寺の変、この時代の歴史では起きなかった十兵衛が天下人まじかの織田信長を殺すという大事件を起こした漢。その後十兵衛は秀吉に殺されるのだが、それが生き残っていたという話だ。今回、勝頼が十兵衛を助けたのはその話を聞いていたからではない。
勝頼は明智十兵衛が二重人格で、人が変わると服部半蔵から聞いた時、それを利用する方法を考え始めた。十兵衛は昔から変なやつだった。何をしたいのかがわからない。それが二重人格のせいだとしたら?
変なやつとはいえ、信長を支え朝廷と上手くやりここまでのし上がったのは事実だ。
今、目の前にいる十兵衛は………、勝頼は改めて十兵衛を見る。その横には武藤喜兵衛が座っている。喜兵衛も家督を源三郎信之に譲渡して隠居の身だ。今は自由に特殊部隊ゼットの主として強化に励んでいる。喜兵衛は、
「大屋形様、お屋形様。ここにいる天海殿はいい方が残ったようでございます」
と、自信に満ちた目で報告してきました。信勝はおおよその話は勝頼から聞かされていたが、この男に会うのは初めてです。勝頼は荒事は勝頼が、政治は信勝が、と大まかな線を引いて武田家を率いていく事にしています。だが、戦が終わっていないこの状況ではそんな簡単な切り分けはできない。信勝は信勝なりに武将として実績を上げたいと思っている。この天海という男をどう使う気なのだろうか?信勝は勝頼の考えがまだ理解できていない。
それはそうだ。勝頼もまだどう使うかを決めていないのだから。なんせ曲者の明智十兵衛、徳の秘密兵器とやらで斬られて生き残った明智十兵衛はどんなやつなのか、それを見極めてからだ。だからこそ信勝を同行させた。検分、見聞、目は多い方がいい。
「喜兵衛。お前はそう思うのだな。さて、天海殿。今の気持ちを聞かせてくれんか?」
天海は勝頼と信勝に向かって一度深々と頭を下げてから話し始めた。既に頭は丸めており、頭頂がピカピカと光っている。
「拙僧の命を救って下さり御礼申し上げます。拙僧は明智十兵衛光秀という男だったそうですが、既に生まれ変わっております。過去に何のしがらみはございません。今の気持ちというお問いかけでございますが、この拾った命、余命幾ばくもない中でどうこの命を世の為人の為に使う事ができるのか?それ一心のみでございます」
天海は勝頼ではなく信勝の目を見てそう言った。喜兵衛から武田のお屋形は信勝と聞いていたからだ。この瞬間、勝頼と信勝、双方に天海の使い方のイメージが湧いた。そしてその意見は一致していた。
勝頼、信勝、信豊、喜兵衛、それに天海が加わり軍議が何度か開かれた。内容は当然対秀吉だ。都を秀吉が取った。これは大きな転換ポイントになる。方針が決まった後、信勝と天海は駿河へ戻っていった。勝頼はまだ清洲へ残っている。岐阜へ行って久しぶりにお松の顔を見ようと思っていた。勿論それだけが目的ではないが。
岐阜へ向かおうとしたその朝、清洲城に織田信忠と直江兼続がやってきた。あれ?これだとお松に会えなくなるじゃん!絶対兼続のやつだ、あいつがまた余計な事を!勝頼は兼続を気に入っている。三雄と寧々からも直江兼続という男がどういう男かは聞かされていて、実際の兼続も頭が良く、先を読んで行動できる男だと思っている。ただ、先読みするのはいいが相手の気持ちまではわからないのだろう。これも経験が足りないというところか。
「少し待たせておけ、全くもう」
それを聞いた信豊が笑いながら、
「向こうから来てくれたんだからそこは前向きに」
「そうなんだが、なんか癪だ。あいつは父上の時も勝手に探りをいれおって。今回都を取られたのも元はと言えばあいつの手紙のせいだ」
「いいきっかけだったと言ってなかったっけ?」
信豊は信勝が帰ったので通常モードだ。
「それはそうなんだが、癪なものは癪だ」
直江状、兼続が勝手に喧嘩を売ったあの手紙だ。あれがきっかけで秀吉は軍を上げて上杉を攻めようとした。
「直江の事を気に入ってたんじゃないの?俺はあんまり贔屓するのはどうかと思うけど。勝っちゃんは結構好き嫌いあるよね。真田一族の事も好きだよね。あいつらは実力があるからいいけど、根に持っている連中もいる。室賀殿はそこを狙われた」
「室賀は最後まで忠臣だった。だが、組織が大きくなると全部には目が行き届かん。そのために重臣がいるんだ、わかるか信豊」
「なんでこっちに帰ってくるかな!ただ、直江はあくまでも上杉の一家臣、景勝殿の配下だよ。それは忘れない方がいい」
信豊が珍しく苦言を言ってきた。言いたくなるほどそう見えるということか。
勝頼はちょっと一人で考えると自分に用意された部屋に篭った。それを見て、信豊は来訪者の相手をしに行った。




