明智十兵衛 本能寺へゆく
大久保信正が退席した後、十兵衛は頭の中の整理を始めた。明智十兵衛は二重人格です。今は攻撃的な方の十兵衛が表に出ています。
十兵衛は不安だった。ここのところ人手不足で大久保信正に頼りきっている。自分は公家の対応に追われていて外交の対応を信正に任せてきた。特にうるさい秀吉の相手や、周辺の国衆の対応を、だ。十兵衛にも旗本にあたる直属部隊がいるが、彼らは日常は都の警備にあたっている。
信正の言い分には理屈が通っていた。確かに堺に構っている時間はないだろう。だが、訴えは1つではなかった。どちらが正しいのか?
十兵衛は山影を呼んだ。
「山影、正信を調べてくれ」
「殿。前回もそのご依頼で調査いたしましたが、警戒が強く表に見える行動しか捉える事ができません。根来衆を配置しており、これが手強いのです。一人づつでも殺してしまえばいいのですが、集団で来られては勝ち目がありません。それにそれがしの動きも根来衆に見張られております」
「正信がお主を見張っていると言うのか?それはおかしいではないか?」
「殿の動きを見張れば、それがしの行動が気になるのは道理でしょう。それよりも堺を調べて参りました。やはり、紋次郎の死体はもう古く死因は特定できなかったそうですが、死体を見た者の勘では、刀で斬られた跡のような筋があったように思えるとの事でございます」
「そうか。となると代わりにのし上がった宗右衛門とかいうやつが仕組んだやもしれん」
「それが、何も証拠がありません。それに宗右衛門は紋次郎が居なくなった事をしばらく知らなかったようで、堺に噂が広まってから焦ったように捜索隊を自らが結成していました。宗右衛門が手を下したとは思えません」
「だが、金庫の実入りが減っているのだ。キリシタンが居なくなっても税収は入るはずだ。どこへ金が流れているのかを調べてくれ」
山影は部屋を出て堺に向かいました。この様子は大久保信正には筒抜けでしょう。今日の十兵衛様は攻撃的な十兵衛様でした。どうやら性格が変わる時には記憶も入れ替わるようで、もう一人の十兵衛様が武田へ助けを求めた事は知らないようです。
山影は武田へ自らが行こうかと考えましたが、根来衆に見張られています。そしてその仕事を服部半蔵に託したのですが、その半蔵からの音沙汰がありません。山影は武田を頼るしかないと思っていますが、家臣としてそれを口には出せません。あくまでも忍びなのです。十兵衛の言う通りに動くしかありません。今は堺の調査だ、そう決めて出発しました。一体服部半蔵はどうしたのだ?
真田忍びの与助は京にいました。織田との戦の後、武藤源三郎の命令で京に住み着いています。目的は明智の動向調査ですが雲行きが変わってきています。上杉と毛利の戦になりそうなのです。ですが、上杉と毛利は領地が面していません。普通は戦にはなり得ないのですが、なぜか毛利軍は明智領に陣を敷いています。源三郎と与助のつなぎは特殊部隊ゼット、チーム丁のリーダーである山猫が行なっています。
「与助、大殿からの指示だ。すでにつなぎはしておいた」
「仕事が早いな山猫は。わかった、後は任せてくれ。チーム丁はあの場所で待機だ。堺で回収した大筒を使ってくるかも知れん、近づきすぎないようにな」
「わかった。では、頼みます」
大殿とは武藤喜兵衛の事です。武藤家は源三郎が本多忠勝の娘を嫁にもらい家督を継いだので、源三郎の事を殿、喜兵衛の事を大殿と呼んでいます。どんな指示なのか?それはすぐにわかります。
前田利家の軍はまだ丹後を進んでいます。兵が引いたので直江兼続は織田信忠とともに美濃へ戻るところです。前田軍から先行して出発した後藤信尹勢五千は丹波を抜け京は目の前のところまで進んでいました。前田利家は、
「京で何が起こると言うのだ。明智をこの軍勢で攻めて京を抑えるというのはわかる。丹後の国衆はみているだけだし、訳がわからん」
それを聞いた加藤清正は、
「後藤信尹に後で聞いてみましょう。彼奴の考えを」
清正は信尹を信用して先行させています。理由を聞かずにです。
その後藤信尹の元には使者が来ていました。そして信尹は行動を起こします。
明智十兵衛は二条の館からさほど離れていない本能寺という寺に入りました。二条の館を改修するので一時的に寝食を本能寺で行う事になりました。これは大久保信正の指示です。
「これは見事な寺だ。京にこんな寺があったのか?いや、違うな。昔、上様が本能寺に泊ったと言っていたがその時は普通の寺だったぞ?」
十兵衛が驚いていると住職が現れました。
「明智様でございますな。この寺の住職で開眼と申します」
「ご住職殿。素晴らしいお名前をお持ちでございますな」
「はい。名付け親は武田勝頼様のご側室であらせられます徳様でございます」
「………、えっ?あの徳殿ですか?」
十兵衛は久し振りにその名前を聞いた。明智十兵衛にとっては疫病神だ。
「この本能寺は一度焼け落ちてるのでございます。蜂須賀なにがしとやらがたまたま滞在していた武田勝頼様を襲ったのです」
ああ、あの時の。そういえばそんなこともあった。
「それで、この寺は?」
「武田勝頼様がお詫びにと立て直してくれました。毎年寄進も頂いており、いつかお礼をと考えているのですが京にはなかなか近づけないそうで」
それはそうだ。十兵衛は改めて寺をみた。外見上は武田の紋や印はない。でも、中身はどうなっているのだ?




