政虎と勝頼
時を少し戻します。上杉政虎は犀川を渡り善光寺に向けて馬を走らせていましたが、目の前の光景に驚いて馬から降りました。そうしているうちに味方兵が追いついてきます。
「何があったのだ?どこの兵か?」
上杉政虎の目の前にはぐちゃぐちゃになった兵の死体が百ほど転がっていました。 思わず足を止めてしまうほどの惨劇状態です。死体は上杉の、善光寺にいるはずの味方兵のようです。ところが善光寺からの軍勢の姿が見えません。追いついてきた兵が、
「おお、これは宇佐美忠勝様の兜ではないか?何故こんなところに。おお、この鎧には見覚えがあるぞ。宇佐美様に知らせねば。宇佐美様はおいでか?」
兵の声を聞いて義父の宇佐美定満がやってきました。
「何事だ?」
「おお、宇佐美様。これをご覧ください」
「な、なんと。これが正勝なのか。ええい、誰の仕業だ?武田の伏兵がここにいたのか?」
宇佐美定満、並びに政虎に調査を指示されていた兵が報告のため、政虎の前に集まっています。霞又右衛門はそこには近づけませんでしたが、惨劇現場は兵がなんだなんだと集まりざわざわしていたので現状を理解しました。何者かが上杉の後詰め兵を攻撃して撃退したようだと。
「善光寺の兵を指揮しておりました愚息、宇佐美正勝の遺体が転がっておりました。その他、兵が100名ほど死んでいます。遺体は切り傷や刺し傷ではなく潰されたような状態で、何をどうすればああいう遺体ができるのかわかりません。善光寺には多数の兵がいたはずですが、他の兵は見当たりませんでした」
「あいわかった。どうやらここまで来て敵にやられたようだ。鉄砲だ、鉄砲を用意しろ」
政虎は勝頼の方を向いて山に向かって鉄砲を一発撃った。そして満足そうに、
「あの山が怪しいがここでもたもたしていては武田が追撃して来るやもしれん。善光寺まで下がる」
と言って馬に乗って駆け出しました。山にいた勝頼隊はすでに引き上げており、そこにいたのは勝頼、真田源五郎昌幸、玉井、寅三の4人でしたが全員政虎と目があった気がして背筋が震えました。
上杉軍は引き上げていき、武田忍びは数人を残し報告のため戻って行きました。
「四郎様、あれは?」
「父上の忍びだろう。上杉の動きを調べていたのだと思うが」
勝頼は上杉の動きを見て、
「この時間に戻ってきたという事はうまくいったようだ。誰が死に誰が生き残ったのか?諏訪勢は活躍したのであろうか?そのうちに伊那忍び衆も合流するだろうから、我らも高遠まで帰る事にしよう」
勝頼はそう言って引き上げていきました。帰りながら詳細を聞く事にして。しかし上杉政虎、恐ろしい眼力でした。
さて、勝頼達がどうやって善光寺からの増援を食い止めたのか、に話を戻します。
勝頼は玉井に砲弾をあるったけ撃つように指示して上杉軍の様子を見ていました。
「第一砲台撃てー、続いて第二、第三、第四。撃ったら次の準備だ。準備でき次第どんどん撃て、無理に狙わなくていいぞ、兵がいるところに落ちればそれで十分だ」
『ドーン』
『ドーン』
流石にこれだけ音がすればどこから玉が飛んでくるのか気付きます。勝頼達は山に兵が向かってくる事を想定して、鉄砲と矢も準備しています。戦闘は上から下を狙う方が圧倒的に有利です。ところが、
「あれ?向かってこないな。慌ててるだけ?」
「殿。どうやら敵の指揮官に砲弾が当たったようです。山からの攻撃と気づいた者もいるようですが皆逃げ出しました」
「また当たったのか。確か軍師殿が言っていた数撃てば当たると言う状況なのかもしれんな。確か散弾とかいうやつだ」
ちょっと意味は違いますがそんなところです。敵の指揮官、宇佐美正勝は八幡原の戦いに間に合わなくなると焦っていました。その為自ら前線に出ていたのです。そこに運悪く砲弾が飛んできてこの世を去りました。
指揮官を失った上杉軍は謎の攻撃に怯えながら善光寺まで下がっていきました。
「さて、この後だが」
八幡原へ向かうのは不味い。父上からの許可も無いし上杉が逃げてきたらこの人数では勝てない。と言って今撤退すると何かを見落とすような気もするし。
「兵は引き上げさせる。源五郎、玉井、寅三は残れ。ここで様子を見よう」
となって見張っていたところに政虎が戻ってきたという状況でした。どうやら武田軍の追撃も無いようです。
「父上は追撃をしないのか?善光寺の伏兵を恐れたのか?それとも………」
忍びも潜入しているようだし、ここは任せて高遠へ戻っていきました。




