真・直江状
直江兼続の手紙は、三成の中で抑えるべきなのではないか。戦のキッカケには十分とも言える内容だった。ただ、恐らくは最初の三成の手紙に相当な失礼があったはずだ。そうでなければあのような返事は書けない。島左近はそれを三成に進言したが、
「秀吉様の事を如何様武士と書いてあるのだぞ、お見せせねばなるまい」
三成はそう答えた。左近は色々な事に飢えていた。長い浪人生活、何人かの配下は行動を共にしてくれ、生活自体はなんとかなった。だが、この激動の戦国時代に何も活躍できない事が悔しかった。そして次の天下人かも知れない人に仕える事が出来そうなのだ。これ以上、反対はできない。
この手紙をキッカケに木下秀吉は、前田利家に上杉攻めを命じた。加藤清正、福島政則、宇喜多秀家を引き連れ総勢五万の大軍が日本海側を進み始めた。だが、これは秀吉の想定内の事だった。以前、秀吉は腹心の黒田官兵衛と三成について話しをした時に、
「三成を養子にするのは構わん。だが、実績がなければ認めない奴らも多いぞ」
「その通りだ。だが、子ができん以上仕方あるまい。で、次に武田を削りたい。策はないか?」
「でかい組織は内部の争いもあるはずだ。弱いところを突くのはどうだ?」
「それをこの間、あの本多正信がやった。当然、対策は打ってるだろう。あとはあの勝頼は甘い人間だ、滅ぼすのではなく共存とか言って上杉やら伊達をそのまま残している。狙うならそこだが、やはり上杉だな」
「なぜだ?」
「余は上杉に信長様の使者として訪問した事がある。信長様は信玄と謙信が死ぬのを待っていた。それまでは逆らう事なく機嫌を取り、信長様の邪魔をさせないように、できれば武田と上杉が戦い続けて消耗すればいいとな。信長様にとってそれだけ信玄と謙信が脅威だったのだ。まだ信玄めは生きているようだが戦には出ていない」
「信玄は駿府城に籠っているそうだ。たまに釣りをしているらしい。世捨て人と思ってもいいだろう」
「北条が殺したと言ってたのだが、あてにならんものだ。今更信玄を狙うのも馬鹿馬鹿しい。それよりも上杉だ。景勝だったか、したたかなやつだ。あの小僧がよくぞ生き残ったものだ。まずはあやつを揺さぶってみよう」
「どうやるつもりだ?」
「三成にやらせる」
「本気か?上手くいくとも思えんが?」
「結果はどうでもいいのだ。いや、結果は出るぞ、欲しいのはキッカケよ」
この時、秀吉は長宗我部と明智を攻める事を考えていた。明智は中から本多正信が崩すだろう。その間に武田を削っておきたいのだ。
そして三成が島左近を連れて青い顔をしながら報告にやってきた。結果は想定を超えていたが不思議と腹は立たなかった。だが、ここは芝居を打つところだ。
「にゃーんだこのふざけた手紙は。上杉を攻めるぞ!」
と怒り狂った振りをする。しばらく興奮して怒鳴り散らしたあと、三成に、
「どうする?」
と一言聞いた。全て一人芝居だ。三成を試しているのだ。その様子を島左近はじっと見ている。秀吉の一挙一動をじっくりと。三成は、
「前田利家に九州勢をつけて上杉を攻めましょう。このような無礼な奴らを放って置くことはできません」
「武田が出てくるのではないか?」
「戦いを海側で行います。武田が応援を出しても少数でしょう。明智と連携もしようと思います」
「十兵衛は動かんぞ!」
「その時は………、」
「良かろう。好きにやってみろ」
そう言って秀吉は引っ込んだ。島左近は始めて会った秀吉の恐ろしさをその身で感じていた。秀吉はわざとこうなるように三成にやらせた?しかも真の狙いは上杉にあらず、と感じたのだ。
前田利家は軍勢を連れて本州に入ったところだ。宇喜多秀家は出雲で合流する事になっている。利家は戦の理由を直江兼続という男が秀吉に文で喧嘩を売ってきたと説明された。元々は味方になるよう説得の手紙に対し、如何様武士呼ばわりしてきたのだそうだ。三成は自分の事のように怒っていたが、利家としては直江兼続に会ってみたいと思っていた。
「イカサマ武士とは面白い事をいう。そのまんまだな」
利家の独り言に加藤清正が反応する。
「なんの事でござる?」
「上杉に面白い男がいる。今回、この戦もそいつが発端だそうだ。手紙で秀吉様に喧嘩を売ったらしい。文句があるなら一戦交えましょうとな」
利家は肝心のところを説明せずに話す。利家にとっては面白くても、子飼いのこいつには面白くないだろう。
「狙いはなんでしょうか?」
「狙い?」
「今の秀吉様に戦をしようなどと正気の沙汰とは思えません。上杉には何か考えがあるのだと思います」
利家はじっと清正の顔を見た。この男を養子にすればいいのに。
「その考えはワシには無かった。三成めはその手紙を直江状と読んでいた。ワシも見せてもらったが、実に上手いこと書いてある。三成を馬鹿にしたような書面だった」
「三成?三成宛の手紙だったのですか?」
清正は考えている。そして、立花宗茂の配下で最近お気に入りの後藤信尹を呼んだ。
「お呼びでございますか、加藤様」
清正は利家に許可を得て、信尹へ手紙の説明を行った。この男は何かと知恵が回るので重宝している。後藤信尹、その正体は真田信尹、あの真田幸隆の四男である。




