島左近登場
三成は気を落ち着かせてから左近を部屋に通すように小姓に指示をしました。正直いって動揺しました。これはよく話を聞く必要があります。あくまでも冷静にです。三成は動揺した姿を人に見せたくないのです。性格ですね。
島左近が部屋に入ってきて三成の正面に座りあぐらをかきます。そして大声で、
「島左近清興と申す。本日は急な面会に応じていただきありがたく存じます」
実に堂々としています。三成は、これが島左近か、と思いながら答えます。
「木下三成である。左近殿は確か、筒井順慶殿の家臣であったと思うが」
「いかにも。それがしの事なんぞをご存知とは流石に毛利を乗っ取った秀吉様のご養子ですな」
三成は左近の言い方にカチンときた。この時はまだ左近に試されているとは気付いていない。
「ずいぶんな物言いだな。義父上は毛利を乗っ取ったのではない。毛利家の発展と共に結果として毛利家を治めているのだ。だから今でも毛利家の木下秀吉と名乗っておられる」
「そうでございましたか。それは失礼を申し上げました。巷では秀吉様は最初から天下を狙って毛利に来たと言われておりますゆえ。明智十兵衛とも手を組まれているとか」
「明智殿とは協定を結んでいる。お互い無益な戦は避けているのだ」
左近は三成を見て、これはまっすぐな人だな、と思った。左近は仕官先を探している。筒井順慶の跡を継いだ定次と意見が合わず出奔してからは無職なのだ。実際、左近ほどの男であれば誘いは多かった。だが、せっかく自由になったのだ、ここはじっくりと選んでもいいだろうと今まで決めずに来ていた。禄の多さよりも働き甲斐がある方が面白い。それに仕官先を選べるというのが面白くもあった。左近はもういいかと、
「そろそろ本題に入ってもよろしいですか?」
と話を本線に切り替えた。左近は三成の一挙一動を見ている。すでに小姓から要件は聞いているはずだ。でなければいくら島左近が訪ねたとしてもすぐには会わないであろう。三成は忙しいと噂なのだ。上杉からの手紙、これを持ってきたのが忍びではなく左近となれば会わずにはいれまい。
「左近殿は上杉から文を持参していると聞いたが、上杉殿に仕えているのか?」
「そう思われたのですか?」
「そうは思わん。左近殿は上杉では十分な活躍ができまい。武田の下にいる上杉ではな。だが、その手紙をどうやって手に入れたのかが分からん。だから聞いている」
なるほど。
「お話ししましょう」
左近は街で起きた事を話した。
「恐らくは明智十兵衛の手の者が、この手紙を奪おうとした。そこにそれがしがたまたま通りがかったのでございます」
「たまたまか。それがもし本当にたまたまなら、縁だ。ここで私に会うように風が吹いた」
左近もそれを感じていた。それにこの男は危うい、真っ直ぐなだけに誰かが近くで支えないと崩れるだろう。仕事のやり甲斐はありそうだ。
「風ですか。確かに運命のようにも感じられます。それがしをお雇いになりませんか?今、仕官先を探しております」
「お主ほどの男が浪人をしているのはもったいない。よかろう。では一緒に読もうではないか、左近」
こうして島左近は三成の配下となった。実際、この物語の主人公である勝頼も島左近の事を三雄に聞いていて一度会ってみたい、家来にしたがっていたのだが、タイミングが合わなかった。これも運命といえよう。
三成は左近から手紙を受け取り、読み始めた。そして苦虫を噛み潰したような顔になる。
「三成様。いかがなされた?」
「読んでみろ!」
三成は手紙を左近に向かって放った。左近は上手に受け取り読み始めた。
『石田、いや木下三成殿。我が主人、上杉景勝様への貴殿の手紙を読ませていただいた。貴殿は大きな勘違いをしておられるようだ。それも仕方あるまい。あのような猿顔の如何様武士の養子に喜んでなるようなお人だし、世間知らずのようだ。上杉家は義を重んじている。そして上杉家当主である景勝様は武田勝頼様への忠義に疑うところなし。そもそも木下秀吉なる男に義はあるのか?断言しよう、秀吉の行動には義はない。私利私欲のみで戦をする大たわけだ。その養子である三成殿は小たわけなのかも知れんな。二度とこのような手紙をよこさぬ事だ。文句があらばいつでも一戦交えましょう。直江兼続』
直江兼続、聞いたことはある。上杉家の家老だったと思ったがこれは酷い手紙だ。
「三成様。これは返信でございますな。上杉にどのような手紙を出されたのですか?」
「大したことは書いてはいない。武田との戦になった時にこちらへ味方するように言っただけだ。そうすれば領地は安堵するとな」
それだけでここまでの返事が書かれるだろうか?三成の性格から考えると頭ごなしの礼に欠けた文章だったのだろう。やれやれ、だ。だが、これは危険だ。
「三成様、この手紙をどうされるおつもりか?」
「義父上にお見せする」
「それでは戦になります。喧嘩を売られているのですぞ」
「義父上の狙い通りなのかも知れん。それに報告はせねばならん。左近、義父上にお前を紹介する。ついて参れ」
左近はこの手紙を届けた事が日本を大きく動かす結果になってしまったかも知れないと思いつつ、この局面に自分は絡めた事に満足していた。長らく浪人をした甲斐があった。俺はここからだ、と。




