兼続からの手紙
直江兼続はその書状を主人の上杉景勝のところへ持っていった。この2人は主従だが子供の頃からお互いをよく知っていて仲がいい。兼続が直江家にすんなり養子に入れたのも、景勝の後ろ盾があったからだ、というより景勝が兼続に権力を与えたかったという含みもあった。兼続が部屋に入り座ると早速、
「なんと書いてある?」
と聞いてきた。甚五郎の動きは上杉の忍びからすでに報告がされている。
「はい。秀吉ではなく、跡取りの三成という男からの文でした。実に滑稽でございます。文をみる限り面白い男のようです。会ってみたくなりました」
「いずれぶつかる相手。会ってみるのも面白いかも知れんな。で、中身は?」
「武田を攻める際には味方されたし。さすれば所領は安堵いたす。逆らえばいずれこの世から消えて無くなるであろう、と書いてあります」
「それだけか?」
「はい。短い文章ですね。言いたいことだけを言う、よく言えば簡潔。悪く言えば無愛想」
「一方的だな。勝頼殿とはえらい違いだ」
「あのお方が変わっているのです。この戦国であのような振る舞いがまかり通る、まかり通せるのは勝頼様だけでしょう」
「その勝頼殿に気に入られているお前もなかなかだぞ。で、書状を持ってきたのは春日山の百姓だそうだが」
「はい。この近辺の者で甚五郎という者です。昨日、兼ねてから目をつけていた忍びらしき者が甚五郎を訪ねたと報告があり、甚五郎を見張っておりました。どうやら甲賀の草だったようです。昨日まで気がつきませんでした」
春日山近辺は兼続の指示で監視がされている。兼続は秀吉が動くならぼちぼちかと考えて、警戒を厳重にしていた。とはいえ領地全部は無理なので春日山近辺に絞っていたのです。そこに引っかかりました。
「草か。長年、そこに住み、疑われずに情報を流す。根気のいる仕事だが大したものだ。で、どうする?」
「それがしにお任せを」
兼続は三成ではなく、秀吉宛に返事を書いた。書きながらつい笑ってしまっている。
「我ながら傑作。さて、三成とやらはどれほどの男なのか?」
兼続は返事を書き終わると、落ち着かない様子で返事を待っていた甚五郎にそれを手渡した。甚五郎はそれを持って逃げるように春日山城を出て、家には戻らずにそのまま廣島へ向かった。兼続は手紙を出した事を勝頼へ伝えるべく、改めて文を書き始めた。
木下三成は忙しい。秀吉の弟、秀長が番頭さんのように働き配下からの信頼が厚いのに嫉妬している。配下は三成を頼らずに秀長を頼る。権力を持った秀吉は結構無茶を言う。それに応えられないと処分を喰らうこともあるのでどう対応するかで困った時に、皆、秀長を頼るのだ。
秀吉はわかっていてそうしている。秀長は本当に頼りになるのだ。黒田官兵衛は戦には強いが外交や縁の下の力持ち的なところでは普通でしかない。前田利家は兄貴分のような感じで現場を統率できる。秀吉は今でいう適材適所に人を当てがい、使う事が上手だった。そして秀長の働きを、三成にもそれを見て学んで欲しいと考えていた。
三成も秀長が素晴らしい人だとわかっている。ただ、それとこれは別問題、自分は跡取りである。木下家の、ゆくゆくは天下人の跡取りなのに味方は2人の兄しかいない。味方が欲しい。自分は普通にしているつもりなのだが、避けられている感覚を受けている。
なのでとにかく働くことにした。働けば成果がでる。秀長のように振舞えば、そうすればいいと単純に考えた。だが、三成は不器用だ。結局何かをやろうとすると人を使うことになる。そうすると三成は人使いが荒いという噂が広がっていく。負のスパイラルに陥ってしまっていた。
噂を聞き、表向きは平静を装うが腹の中ではピリピリしている。そんな時にある男が三成を訪ねてきた。
甚五郎は直江兼続が書いた手紙を上杉景勝が書いたものと信じて丹後まできた。ここは明智十兵衛の支配下にあるのでまだまだ気が抜けない。甚五郎は旅の武士の格好をしている。普通に歩き普通に飯を食い、忍びには見えないようにしている。丹後に入ったところで上杉の忍びは尾行をやめた。兼続から武田の領地をでたら追わなくていいと指示されていたのです。
甚五郎は丹後を抜けて備中、備後を通り安芸に入った。ここまで怪しまれずに来ることができた。俺もなかなかなものだろうと心の中で自画自賛している。ところが、もうすぐだというとこで、街中で甚五郎を知る者に出会ってしまう。
「もし、甚五郎殿ではないかえ。越後の?」
甚五郎は浮かれていた。初めての旅、異国、そしてもうじきお役目が終わるという達成感から緊張感が無くなっていた」
「いかにも。甚五郎ですが……… 」
甚五郎は振り返りその男を見て固まった。その男は上杉景虎の配下だった柴田盛道という男だった。御館の乱の時に兵糧を求めてよく農村へ来ていて、村長とともに対応していて親しくなったがてっきりあの戦で死んだと思っていた。生き残れるような戦いではなかったはずなのになぜ安芸にいるんだ?しかも町人の格好だ。
「面白い事もあるものだ。こんなところで再会するとは」
柴田は嬉しそうにしている。いかにも怪しい。




