木下三成
勝頼は再び諏訪原城に来ていた。三雄とまた来月お願いします、と約束をしていたのだ。明智十兵衛については三雄の意見も聞きたかった。いつも通り、諏訪神社の横の木に話しかける。
「三雄殿。来ていらっしゃいますか?」
すると三雄ではなく、女性の声が聞こえてきました。
「勝頼さん、私です。寧々です。お父さんですが、具合が悪くてこれなくなってしまって、私が代わりに来ました」
「そうなのですか。もうお年ですからね。無理はなされないようにお伝えください」
「ありがとうございます。これからは私が来ることになると思います。話は父に伝えますのでご安心ください」
「そんなに悪いのですか?」
寧々は少し悩んでから正直に話します。
「ガンという病気です。そちらで言うと臓物のできものというのでしょうか?」
それは大病です。寝たきりで痛がるやつです。
「それではもう助からないのではないですか?」
「こちらの時代ではガンは死なない病気まで医学が発展しています。ただ父の場合は、延命しても三年と言うところでしょうか。見つかるのがもう少し早いと治ったのかもしれないのですが、なんせ不摂生でしたので。自業自得とでもいいますか」
「私と知り合った所為でだいぶ無理をされたのではないかと思っております。私に出来る事があればいいのですが」
「父からの伝言です。焦るな! そう言っていました。勝頼さんが父が生きているうちに天下を取ろうと考えるのではないかと心配しているのです」
確かにそういう気持ちもある。会うたびに老けていく三雄を見ていたらそういう気持ちにもなる。
「わかりました。三年、確かに焦らないと実現できませんね。気をつけます。その気持ちはきっぱりと捨てます。それでこちらの状況なのですが………… 」
本多正信の動向、服部半蔵を解放した事を説明した後、直江兼続が秀吉に手紙を出したという報告があった事を言うと、
「直江兼続が手紙を出した?勝頼さんに断りもなしに勝手に?」
「まあそこら辺は自由にさせているので。全部私の指示待ちでは。こういうのを指示待ち族というのですよね。徳に教わりました」
そんな言葉は戦国には無い。徳の知識は現代人並みなのだろう。恐るべし、徳。
「確かにそうですが、内容によると思いますよ。だって、それって今後の戦局に影響大きすぎません?信玄、お父様はなんて言っていましたか?」
「けしからん、と。上杉が勝手に戦を仕掛けるなど謙信が生きておったならあり得ん事だ。とお怒りでした」
それを聞いた寧々は笑いながら、
「予想通りのお答えで満足です。で、どうされるのです?」
信玄ならそう言うだろうな、と自分の想像する信玄と一致した事に大満足した後、手紙の内容を細かく聞く事にした。
直江兼続の手紙、一体なんなのか?話は木下秀吉が上杉を調略しようと仕掛けた事に遡る。秀吉は九州の戦がある程度進むとすぐさま次の作戦に移った。九州はもう勝手に決着がつく。大友宗麟さえ倒せれば後はもう時間の問題だ。そうなると次は明智だが明智のバカタレは武田に負けた後、小さくなっている。どうしようかと考えていたらそこに上手いこと本多正信が入り込んだ。その報告を聞いた秀吉はターゲットを切り替えた。明智は後回しにして武田の戦力を削る方向にだ。
明智は京を治めている。これは日ノ本の王を意味する。せっかく京にいてそこそこの戦力も持っているのだから将軍にでもなればいいのに、明智は源氏ではないから将軍にはなれないと諦めたようだ。わしなら誰かの養子にでも無理やりになって将軍になるというのに。京は欲しい。京を手に入れ権力を手に入れれば将軍の名のもとに武田を攻めることもできる。
本当はそんな大義名分など面倒くさい、さっさと攻めて仕舞えばいいのだが、ここまで大きくなるとそうもいかないと小うるさい利家や官兵衛に言われている。次の世代に天下をつなげるには民意が重要だというのだ。それに跡取りも。
跡取り問題は頭がいたい。夜は毎晩女を抱いている。若い側室、それも大名の娘で若く元気な者を選んでいる。それなのに誰一人として懐妊しない。試しに子沢山の大名の嫁を無理やり離縁させて側室にしてみたのだが、それでも子供ができなかった。
そして結局養子を取る事にした。それが石田三成だった。こいつは頭がいい、人を人と思わないで指示ができる。無理とか大変とかという言葉を知らないのか、ここまではできるというような表現をする。そして不器用だ。不器用だから人を使って事を成し遂げようとする。
人を使って事を成す。これこそが重要だと秀吉は思っている。秀吉もそうやって大きくなってきたのだ。他人をどれだけ利用できるか、それが大事なのだ。その理由で三成を選んだのだ。
秀吉は三成に武田に味方する連中の調略を命じた。上手くいくとは思ってはいない、ただの揺さぶりだ。ただタネを蒔かねば実はならない。決戦までに少しでも効果があれば恩の字程度の気持ちだ。
だが、これが波紋を呼ぶ事になった。




