十兵衛からの手紙
勝頼は丸まった文を解こうとしている。それを見た徳が、
「幸村殿、こういう時はあんたがやるのよ」
と怒ります。幸村は先に内容を見てはいけないと遠慮していたのですが、毒を警戒しているという事でしょうか?俺なら死んでもいいと?
「これは気が効きませんで申し訳ありません。お屋形様、先に見てしまいますがよろしいのですか?」
徳は、おい、こら!とばかりに
「違うでしょ。読めるようにしてからお屋形様に渡すのよ。全く喜兵衛殿は息子の教育がなってない」
徳は源二郎が甘やかされて育ったと思い込んでいます。決してそんな事はないのですが、徳の視点はゼットの面々や研究所の教育基準ですので、普通の教育は激甘に見えてしまうのです。
「いい、幸村殿。死ななきゃいいのよ、死ぬ事以外はかすり傷と思いなさい。そしてあなたはお屋形様のために生きるのよ」
徳は結構無茶苦茶な事を言っています。しかも話が飛び過ぎです。勝頼は笑いながら、
「余は部下を危険に晒してのほほんと生きる気はないぞ。幸村、そなたをこの部屋に入れたのは今後の活躍を期待しているからだ。武藤喜兵衛の息子としてではなく、真田幸村として、だ。」
そう言いながら、幸村が広げた文を受け取り読み始めます。文を記した紙に毒があるかはわかりませんが、2人とも徳に言われて手袋をしています。幸村は、なぜ自分なんかにお屋形様や徳様がこんなに良くしてくれるのかわかっていません。跡取りでもないただの次男坊なのに、です。徳が自分をお付きにすると言った時に、目的を考えました。徳という人はただの側室ではありません。発明家であり、指導力も指揮力もあります。父上や信豊様でさえ、徳様には逆らえません。そんな人が自分を必要にしている、必要だというのです。考えても目的はわかりませんでした。徳に聞いてもそんな事は気にしないだわさ、としか言いません。今の幸村はただ、この恩には報いなければとは思っています。
勝頼は静かに手紙を読み終えた後、ふう、とため息をつきました。そうしてから手紙を徳に渡します。徳は同じくじっくり読んだ後、顔色を変えずにそれを竹中半兵衛へ渡しました。竹中半兵衛は、
「これは、一体?明智十兵衛殿は何を考えておられるのか?これはわからなくなりましたぞ」
半兵衛は、手紙を掴んだまま考え始めます。幸村だけまだ手紙を読んでいません。それなのに、
「幸村、どう思う?」
勝頼の質問が飛んできました。さっきの話の流れからすると、まだ読んでませんよ、とは答えられません。期待されているのです、この俺なんかにです。
「まずは捕らえた服部半蔵ともう一度話をするのが良いかと存じます」
「うむ、余もそう考えていたところだ。後で付き合え。徳、お前はどう思う?」
「これはあたいの知っている明智十兵衛が書いたものではない。別の誰かよ。罠と見るか、それとも二重人格を信じるかね。半兵衛殿の意見は?」
竹中半兵衛はまだ手紙を読んでいる。幸村の機転に勝頼は満足したようだ。幸村は勝頼といい徳といいめんどくさい領主と嫁だと思いながら、半兵衛の答えを待っている。一体何が書いてある?明智十兵衛とやらは何を連絡してきたのだろう。幸村は明智十兵衛の事を知らないのだ。
半兵衛は何度か手紙を読み返した後、考え込みます。幸村はやっとその手紙を見ることができました。
『武田勝頼殿 大変ご無沙汰である。明智十兵衛光秀でござる。一昨年の戦ではお主の配下にうちの者がいいようにやられてしまった。徳殿を抑えれば勝てると思っていたのだが、戦は水物。負けるはずが無くても負ける。思えば足利義昭様も織田信長公も戦であっけなく死んだ。私は最近考えるのだ。天下を取り、帝を支え、帝による戦の無い世の中を作ろうとしてきた。だが、それではいけないのだ。キリシタン共は、宗教を使ってこの国を牛耳ろうとしている。私はキリシタンの金を使い、戦費に当てた。これによりキリシタンの力を削ったと思っている。だが、その代わりに布教を認めてしまった。一向衆の戦いでわかったように戦に宗教が絡むと手強い。私は考えた。この状況を打破し、この日ノ本を良くするにはどうしたらいいかを。私は最近おかしいのだ。感情が攻撃的な自分と保守的な自分がいるような感じだ。この先、私は秀吉と戦うことになるだろう。お主と戦うのは無駄な戦だ。日ノ本のためにはならないだろう。秀吉が天下を取らせるわけにはいかない。あの男は日ノ本の事を考えて戦をしているのでは無い。自分の欲に忠実なだけだ。お主に手紙を書いたのはキリシタンを排除し、秀吉を倒すのに協力して欲しいのだ。もう1人の私はこれには反対だ。武田を敵と考えている。この手紙を山影という忍びに託す。可能であるならば京で会いたいものだ。十兵衛』
なんだこの手紙は?何が言いたいのかがわからない。話もあっちへいったりこっちへいったりで繋がりがない。これがあの明智十兵衛が書いたのか?徳様の感想の意味を理解した幸村だった。考え込んでいた竹中半兵衛は、
「こちらから行く必要はありません。ありませんが、十兵衛殿は動けないのでしょう。放っておくのが得策と考えます」
と言って勝頼の顔を見ました。確かにこの手紙を信じて動くのは早計すぎる。
「幸村、少し付き合え」
勝頼は幸村を連れて牢へ向かった。




