決着の時
「申し上げます。妻女山から武田軍が続々と山を降りこちらに向かってきます」
「ええい、ここまでか。良いか、皆の者。全ての陣を西へ移動させろ。背後からの武田軍を食い止めつつ武田軍の西側を突っ切り善光寺まで引き上げる。この戦は我らの勝利ぞ!」
上杉政虎はそう叫びますが、そうは問屋が降ろしません。上杉軍が西に移動し始めたのを見た武田軍も西へ移動し通せんぼしようとします。逃げるなら西側なのはお互いにわかっています。兵がぶつかりあいますがそこの留まっていては上杉は全滅してしまいます。必死に活路を開き逃げ出そうとしていましす。
そうこうしているうちに馬場、真田隊が山から追いついてきてました。
「政虎はどこだ?本陣は?」
「あの少し丘のように高くなっているところと思われます」
「よし、真田にも教えてやれ。どっちが政虎の首を取るか勝負といこうではないか」
馬場隊と真田隊は政虎本陣を見つけ左右から攻撃を始めました。政虎は配下の早く逃げて~という嘆願を聞き、単騎で馬に乗り武田の兵を槍で叩き殺しながら走り出します。敵を倒し、なぎ払い、そして遂に晴信本陣横を駆け抜けます。流石に本陣は守備が固く兵も多いため、そこは避けました。後の世に伝わる信玄と謙信が太刀をふるって軍配で受けるなんてことは実際には起きませんでした。
「善光寺の軍が来ておれば………」
政虎はそう呟きながら敵陣を駆け抜けて、いち早く犀川を渡りました。そこで見たものは衝撃的な景色でした。
上杉軍は前後を武田軍に挟まれ大苦戦しています。このままでは全滅してしまいます。政虎の指示通りに西側によって武田軍を通り抜けてなんとか逃げ出しました。当然、武田軍は追撃を仕掛けます。それを退きながらも一方的にやられるのではなく武田軍の追撃を食い止めながら退いていったのです。武田軍も今までの辛抱から攻める方になりノリノリで攻めかけています。追撃戦とはいえ大激戦になりました。
その中を馬場民部は政虎の首を取るまでは、と追いかけます。山に閉じ込められた鬱憤を晴らしたくて自分が抑えられません。馬場はもっと早く山を降りていればという自分の失策をなんとか取り戻そうと必死でした。
「政虎〜、どこだー!」
ところが上杉軍の抵抗が厳しく思ったように追撃ができません。時には敵に取り囲まれたりもしています。
「ええい、政虎の首を取るまでは終わらん、終わらんぞー!」
後に鬼美濃と呼ばれる馬場民部は槍を振り回して上杉軍を蹴散らし、敵の中に突っ込んで政虎を追いかけています。ですがすでに政虎は視界に入らないところまで逃げています。
晴信の方は旗本と5000の兵を残し八幡原に留まっています。本陣は動かしません。動かざること山の如しです。そして山で奮戦中の小山田隊を助け上杉側の信濃勢を捕らえ処刑しました。
「我が軍の勝利ぞ。掛け声をあげよ。えい、えい、おー!」
『えい、えい、おー!』
八幡原で勝利の掛け声が響く中、典厩信繁の部下、諸角豊後守の部下、それに晴信の忍び達は武将の首奪還に動いています。上杉に首を持っていかれたままでは勝利とは言えません。なんとしても首級を取り返さねばと必死に追いかけています。上杉軍の抵抗が厳しいなか、首を取っていった者達を見つけなんとか首を奪還しました。自分の上司の首を持ってった人の目印を覚えていて、必死に探し奪還したのです。大したものですね。
馬場民部はまだ政虎を追いかけています。犀川を渡り善光寺まで追いかけようとしていたその時、撤収の法螺貝が鳴り響きます。
「何故だ、もう少しというのに」
すでに夕方になっています。夜戦になる事、昨夜から戦い続けている山の兵の疲労を考えた結論でしょう。悔しいながらも追撃をやめ八幡原へ引き上げていきました。
実際、上杉軍、武田軍ともボロボロでした。追撃すれば決着はついたのでしょうが犠牲も増えます。晴信は兵を殺すのが戦ではなく、領地を増やすのが戦と考えていたのです。このあと、信濃はほとんどが武田領となります。晴信としては目標達成したと言えるでしょう。
八幡原に戻った馬場民部は、晴信に食い下がります。
「お屋形様。敵は疲れております。夜討ちの許可をいただきたい」
「ならぬ」
「では善光寺の町に火をつけましょう。このまま上杉を逃すわけにはまいりません」
「善光寺は我が領地になった。自分の領地に火をつけることはない」
そう言われて引っ込みましたが、なんとか追撃しようと考え始めました。
上杉軍の情報を取るべく、晴信の忍び達は引き続き上杉を追いかけています。武田忍びの棟梁は霞又右衛門という男で晴信が家督を継いだ頃から使っている信用のある男です。
撤収の法螺貝が聞こえた後、追撃モードから潜入モードに切り替え、配下全員上杉の兵に変装しバラバラになって紛れ込んでいきました。上杉軍は犀川を越えて善光寺に行く途中で止まっています。霞又右衛門は、
「何故だ?撤収して危険が去ったと判断したのか?」
そろりそろりと近づいて行きます。




