大久保信正堺へ行くの巻
堺の商人という言葉がある。元々堺には港があり、漁港から発展した港町があった。そこで商売をする者達が集まり、商業町になっていった。織田信長が堺の港を発展させ大きくさせたのは税収が目的だった。そう、織田信長が裏で暗躍して堺は大きくなったのだが堺の商人達はそれを知らない。自分達の力で堺を大きくしたと考えていて、支配しようとする信長に反抗しようとした。だが、実際は信長が宣教師を利用して南蛮貿易を活性化させることにより堺は大きくなったのだった。
その時はお互いの利害が一致していた。
信長は堺に税を払わせ戦のための資金源とした。貿易で硝煙や鉛も海外から購入した。港を持つ利点は大きかった。その分、キリシタンは広まっていった。信長が死んだ後、誰が堺を押さえるのか、堺の商人は不安だった。堺の治安は自主警察のような機能もあったが、法治という意味では不十分で信長の威光は大きかったのだ。その事をよく理解していた明智十兵衛は堺が金になると知っていて、その弱みにつけ込み素早く堺を押さえる事に成功した。だが、裏ではキリシタンが動いていた。堺をまとめている商人には派閥ができていた。紋次郎と宗右衛門、この2人が大きな力を持っていて紋次郎は南蛮から武器を仕入れているキリシタンだ。宗右衛門は九州や四国から特産品を仕入れて商売をしている。
キリシタン、いや、宗教を利用して国を乗っ取ろうとしている連中は、信長亡き後の利用する相手を探していた。まずはキリスト教を広めなければならない。もっと、もっと、もっとだ。国を乗っ取るのはゆっくりとじっくりと行わないとうまくいかない。自国からこの国を攻めるのには無理がある。この国の武士は強く手強い。ならば内部から乗っ取ってしまえばいいのだ。そして明智十兵衛に狙いを定めていたところ、向こうから接触しにやってきた。
堺の商人で最大派閥の主、紋次郎はキリシタンだ。南蛮貿易を一手に引き受け莫大な利益を上げている。宣教師は紋次郎と共に明智十兵衛に面会し、堺の治安維持の代わりに資金援助を約束した。キリシタンを広める許可も得た。極秘にだ。というのは、明智十兵衛は帝の近くにいる。帝は日本の神に等しい存在だ。キリシタンはある意味異教徒なのだ。それを都を治めている十兵衛が認めては話がややこしくなる。
明智十兵衛が金を求めているのはわかっていた。戦には金がかかる。だが、キリスト教を広めるには後ろ盾が必要だった。それには金を惜しんでいる場合ではない。
紋次郎は裏で宣教師と共に金や武器を明智に寄付した。武田や毛利にも接触してはみたが、距離が遠い。毛利に至っては、キリシタン大名の大友宗麟と戦をしている。論外だった。
ところが、その明智が織田と戦をして負けた。織田信長が死んだ後、勢力を失っている織田にだ。散々資金を与えてたのに戦に負け、土地も兵も失った。信じられなかった。織田は死に体ではなかったのか?今のところそれ以上の事は起きてなく、堺の平和は守られてはいるが明智を頼る事に不安になってきている。
織田が勝ったのは武田が味方したからだという。だが、武田勝頼はキリシタンに寛容ではないとの話だ。以前使者を出した時に見向きもしなかったそうだ。武田は東北の戦も勝ち東日本を手中にしたという。このままではいけないと考えていた時に、あの男が接触してきた。
「堺の紋次郎殿ですな。明智十兵衛が家臣、大久保信正と申します」
「これはご丁寧に。紋次郎でございます。私のようなしがない商人にどんなご用でございましょう?」
「何を仰いますか。この堺は紋次郎殿無くして語れませんと聞き及びます。紋次郎殿はキリシタンだそうですね」
「はい、そうです。デウス様を信仰しております。明智様にはキリスト教の布教を許可していただき大変感謝しております。それで大久保様のご用件は?」
「それがしは明智家では新参者でしてな。それまでは浪人をしておりまして世の中を見て回っておりました。織田信長公に多大な税を納めているお姿も影から拝見しておりました」
紋次郎は、この大久保という男が明智家でどんどん存在が大きくなっていくのを傍目に見てきた。会うのは初めてだが人当たりのいいお方だという印象を持った。
「そうでしたか。ご苦労をされたのですね。以前はどこへ御奉公をされていたのですか?」
「徳川家康様でございます。武田に滅ぼされて以来、長く浪人をしておりましたが、ご縁がありまして明智十兵衛様に拾っていただきました」
「そうでございますか。ところでご用件は?」
なかなか要件を切り出さない大久保信正に度々催促をするが信正は、
「今日はお顔を拝見するのが目的でございました。流石に堺を抑えるお方、立派なお方でございました。今後ともよしなにお願いいたす」
それだけ言って帰って行きました。紋次郎は訳がわかりません。最近勢力を伸ばしている御仁なので、金の無心かとも思ったのですが拍子抜けです。
「顔合わせが目的?次に来るときはなにか要求があるだろう」
と、紋次郎は軽く考えていました。その大久保信正は、その足で紋次郎のライバルである宗右衛門のところへ出向きました。




