大久保信正とキリシタン
本多正信は大久保信正と名前を変えて明智十兵衛に仕えている。
「上手いこと潜り込めたものだ」
信正は特に変装はしていない。かえって疑われる事を警戒している。ただ、本多正信を知る者はこの世の中には少ない。武田の忍びも末端までは正信の顔は知らないだろう。東へ行かなければ見つかる事はないと思ってはいたが、あっけなく明智の中に入り込めた。
「簡単すぎて拍子抜けじゃわい。だがこれも天の導きというものよ。世の中、同じ事を行なってもうまく行く時といかない時がある」
信正は天運を信じている。これは、三雄が勝頼に言った話と同じ事だ。流れに逆らわない、不思議と好機が訪れてうまくいく。岡崎城の一件では一色という都合のいい男がいて上手くいった。武田に入り込むのは無理だったが勝頼を直に見ることができた。あれは味方するより敵に回した方が面白い。信正は天邪鬼なところがある。敵は強くて大きい方が楽しいのだ。民のために戦ってきた本多正信はもうこの世にいない。若い頃は民のために武士があり、領主がいるべきだと信じていた。三河一向一揆を起こしたのも、松平信康が家の事ばかり考えて領民に増税をした事を嗜めようと始めた事だ。だが、力には勝てなかった。三河を飛び出て師事した本願寺顕如も、結局はただの俗物だった。本願寺の戦を終えて、人は欲のために争う生き物だという事に気がついたのだ。己の欲?それは何かと考えた。
そして木下秀吉につく事にした。あの男は面白い。あれを天下人にしてやろうではないか。正信、いや信正は自分が一番には向いていない事を良く知っている。二番手で支えるのが面白いのだ。しばらく秀吉には会っていない。風魔を通じて連絡だけは取ってはいるが行動については好きにしろとしか言われていない。そこでもう一つの巨大勢力である明智十兵衛光秀を調べる事にした。今では十兵衛の信頼も掴み、困ったことがあると相談される様になっている。
十兵衛のところへは公家が無心に現れる。公家にも派閥があり、現関白の近衛家と前関白の二条家は仲が悪い。信正は公家に個人的に寄付を行い情報を取っている。少しずつだが、木下秀吉の宣伝をして少しずつ少しずつ頼りになるのは秀吉というのをすり込んでいる。信正の資金源は秀吉だが、懐はだいぶ厳しい。あまり秀吉に無心するのも気分が良くない。
「この京を秀吉にくれてやろう。それにはどうするか、だが」
信正はある時、宣教師が十兵衛のところに訪問に来ているのを見かけた。キリシタン?そういえば明智の資金源はどこだ?公家には十兵衛も結構な金をばら撒いているが、これは調べる必要がありそうだ。早速、服部半蔵を呼んで調べさせた。
「正信殿、わかったぞ」
「おい、わしは信正だ。気をつけろ」
「そうであった。すまん。信正殿、明智十兵衛は織田信長と懇意にしていた宣教師を手なづけて、宣教の自由を約束する代わりに金を巻き上げている。堺の商人にキリシタンが増えて、商売からも税を取り、商人が出したお布施も宣教師から巻き上げているんだ。ただ、宣教師どもは国からの援助も莫大にある様だ。あいつらの狙いは日ノ本の植民地と言っていたが、意味がわかるか?」
「キリシタンがそう言っていたのか?」
「そうだ。港に南蛮船が泊まっていて、その中で南蛮人と堺の商人が話していたのを聞いたのだ。南蛮人同士の会話は南蛮語なのでさっぱりわからなかったが、商人とは我らの言葉で話をしていた。その時に植民地にすると言っていたよ」
「布教か。わしは神ではなく仏を信じていた時期があったがまやかしよ。布教の目的は国の乗っ取りだ。植民地というのはそういう意味だ」
「異国人に国が盗られるというのか?一大事ではないか!」
「そんなに簡単ではあるまいて。それこそ数百年かけて乗っ取るのだろう。知らないうちにキリシタンの領地が増えて、気がついた時には遅い。わしなら上手くやるがな、所詮は異国人。日ノ本の事は理解できまい。だからこの国の者に盗らせ、根こそぎふんだくるのだろう」
「酷い奴らだな。宗教とはそういうものなのか?」
「神や仏を信仰するのは自分の日々の生活を安定させるためだ。働くための生き甲斐のような物だと考えると良い。自らの心を安心させるために必要なものと言えよう。生きるために金を稼ぐ。生きるために人を殺す。それは家族のため、自分のためと言い訳をする。そこに宗教が入り込む。宗教の教えはまともだ。人を殺めてはならぬ。盗んではならぬ、女を犯してもならぬ。神を信じて祈りを捧げ、お布施を出せば人を殺めても許されるのだ。民は何かにすがらないと生きていけない者が多い。それは主君であり、家族であり、そして宗教だ」
「わしにはよくわからん。三河の一向一揆の時も、味方だった者達が敵に回り、死を恐れずに攻めてきた。わしには気が狂ったとしか見えなかった。そんなにいいものなのかと調べてみたが、デウスとかいう神の事もよくわからなかった。大日如来の事かと思ったが」
「それは仏教の仏だぞ。まあいい、その境の商人だが、会ってみたい。手筈を頼む」




