正信の行方
勝頼は直政の考えを聞いてスッキリした気持ちになりました。
「直政。いい考えだと思う。それかも知れんな」
山県昌景は、
「お屋形様を値踏みしたという事ですか。あわよくば内部から混乱させようと。お屋形様、次もあるかもしれません」
山県昌景は、これだけではないと言っています。武田は急激に勢力を拡大しました。その反動で内部での争いが起きる、それを人道的に起こされる事を気にしているのです。
「山県。よくぞ申した。確かにその通りだ。内乱ほど無駄な戦はない。すぐに関東へ行ってくれ。それと、信豊と織田信忠にも岡崎に来るように伝令を頼む。それから信平」
「はい」
「お前は狙われやすい。武田の次男で一大名に成り下がる。だが、普通の者は大名には簡単にはなれない。彩に今川氏真の事を聞いてみるといい。この戦国で大名でいる難しさを、だ。それと今回、信豊の戦を見ただろう。まずが結城家の当主として勤めよ。そこでも誘惑は来るだろう。だが、余はお前が武田を側面から支えてくれると信じている」
勝頼は誘惑に負けるなと言ってくれている。その言葉の裏には敵に回ったら容赦はしないというのが含まれている。聡明な信平はそれを理解した。
「父上、いえ、お屋形様。これよりこの結城信平、一度古府中へ寄りましてから自領へ戻ります。山県様、忠勝様、色々とありがとうございました。直政、行くぞ!」
信平は部屋を出て行った。城を出る時に直政が直虎にヘコヘコしているのを横目で見ながら、
「いい旅であった。我は己の出来る事を!」
岡崎城を出た本多正信は、街道ではなく山へ入っていった。ゼットの面々は旅人や農民に扮して街道沿いを張っていたが、多くの者が空振りとなってしまう。それでも一部の者たちは気付かれないように距離を取りつつ尾行、何人かは先回りをして監視を続けていた。
だが、山道の尾行はどうしても目立ってしまう。山に潜んでいた伊賀者に尾行はバレてしまう。その伊賀者もゼットに気づいたものの動けない。伊賀との繋がりはまだ隠しておきたいという正信の意向だ。正信の後ろをゼットの尾行者が通過してしばらくしてから街道に戻って動き始めた。伊賀者は安城に待機している服部半蔵にその事を伝えた。伊賀者の存在がバレると本多正信との関係を疑われる。特に本多忠勝は服部半蔵を良く知っているのだ。
「やはり尾行されているか。では、当初の作戦通りに進めよう。元治殿、頼みます」
「承った。今回ここにきている者は手練れではないが、なーに、戦闘にはなるまいて。5人で良いでござるな?」
「お願い申す」
風魔の元治、秀吉に言われて本多正信の情報連絡係として遣わされた風魔忍者だ。風魔の手練れは前の戦で殆どがやられてしまい、棟梁の小太郎以下数名しか残っていない。それ以外は風間与太郎率いる半武士半忍のような連中だ。元治は中堅で戦闘はできないが変装術の権威だ。今回は一緒に連れてきていた風魔の者を使う。変装は風魔独特の手法を使う。いくら仲間だとて伊賀者には見せられない。
本多正信は、風魔を服部半蔵に預けた。そして万が一城から追い出された場合の指示をしていた。
「しかし、正信殿の言う通りになりましたな。あのまま武田勝頼に仕え、中から情報を取れれば面白かったのですが」
半蔵は本多正信を信用してはいるが、ダメだった時の事まで用意しているのに恐ろしさを感じた。思えば、以前徳川家康に追い出された時も、追い出されると思っていて行動したのだろう。普通なら三河一向一揆の時も今回も殺されてもおかしくはない。それを聞いた元治は、
「私は本多正信殿を良くは知りませんが、策士と聞いております。私の主人は風魔の小太郎のみです。風魔の小太郎に指示に従っているだけです。風魔の小太郎は次の指示があるまでは服部殿に従えと命令されました。ですが、おっしゃる通り面白いですな。武田勝頼も本多正信も」
そういうと元治は仲間にところに行ってしまった。正直半蔵は面白くない。なんだ風魔って?伊賀者だけでは不十分だとでも言うのか!半刻後、半蔵の前には5人の本多正信が現れた。
「な、なんと。そっくりではないか?これが噂に聞く風魔の変装か」
服部半蔵は心底驚いた。伊賀者も変装はするが、それは町人や農民に化けるのであって存在する人間にそっくりになることはできない。
「それでは早速。本多正信殿にはここに立ち寄ってもらいそこから籠に乗って西へと移動していただきます。服部殿もご同行願います」
「俺もか!伊賀へ戻ろうと思っていたのだが」
「伊賀はすでに武田に落とされました。戻るところはありません」
そうなのか?
そして尾行を撒いた本多正信が現れた。服部を見ると、
「半蔵、上手く行かなんだ。武田勝頼、面白い男だ。倒し甲斐がある」
「本多殿、西へとの事。あの風魔という連中、話には聞いてはいましたが恐るべき技」
「秀吉が寄越したのよ、まあ秀吉への手土産とまでは行かなんだが将が減り、内乱も起きた。勝頼の弱点も見えた」
「弱点ですか?」
「秀吉と根本的に違うのは、自分よりも周囲を大事にするところだ。大事にし過ぎだな、故に俺も解放された。尾行を付けたのは背後を気にしたのであろうが、風魔が上手くやってくれた」
そして播磨へ向けて出発する正信と半蔵だった。




