直政の見解
城の会話は続いています。
「それがしは信豊殿や源三郎殿の戦を遠目ながらに見ることができました。それぞれの兵は上からの指示に基づいて行動していました。機を見て押す、引く、源三郎殿の指揮は見事なものでした。それには目的がありました。動きだけ見ているとわからないのですが、兵の動きには結果的に目指す意味がありました。目的を達成するための策でした。その視点で考えると、今回の本多正信の行動の目的は一体?あの男の策は一体?」
「源三郎か、あれが指揮を取っていたのか」
勝頼は山県昌景をみた。山県も嬉しそうだった。源三郎も源二郎も生まれた頃から知っているのだ。勝頼は話を続けた。
「信平、良く考えたな。褒めてつかわす。実は余もそれをずっと考えていた。その上で今回、彼奴とあって見ることにしたのだ。お前の言うその目的を探るために」
信平の言う通りだった。武田に潜り込むのが目的なら何もこんな事をしなくてもいい。それこそ美濃や木曽、関東でもいい、どこかの配下になり情報を取ればいいのだ。それがスッキリしなくてもしかしたら本当に通りがかりに巻き込まれた可能性もあるのか、と会って話をすることにしたのだった。
「お屋形様。発言をしてもよろしいでしょうか?」
井伊直政が声を上げた。直政は自分の考えを話し始めた。
「お話を聞いていて思ったことがあります。本多正信はあわよくばこの三河に領地を欲しかった、ですがそれが目的ではなく……… 」
「直政、お前の話はまどろっこしいんだ」
「信平様。今はそれがしが話をしているのです。出しゃばらないでいただきたい」
「なんだと、お前は誰の家臣だ?」
「信平様に決まっているでしょう。もうボケたのですか?」
「たわけが、」
「たわけはお前だ、信平!直政、続きを話せ。信平は少し黙っていろ」
勝頼の喝が飛びました。勝頼はこの2人の様子をみて、信平はいい家臣を手に入れたな、と安心しました。本当なら本多忠勝を家臣に欲していた信平に、父親として与えてあげても良かったのですが、勉強を兼ねて本人にやらせたのです。結果は良かったようです。
信平は悔しそうにしています。直政はそれを申し訳なさそうにしながらも話を再開しました。
「お屋形様に会ってみたかったのではないでしょうか?」
場がシーーンとしている。会ってみたかった、ただそれだけの為にこんな大事をしでかしたのか?誰もが直政の言葉を聞いて考え始める。だとしたら一体?勝頼は直政に尋ねた。
「直政。なぜそう思った?」
「はい。本多正信殿という男のことを、忠勝様から伺いました。そこに疑問が生じました」
「どんな?」
「はい。徳川家康という人の事は先代、直虎から聞いたことがあります。今川に人質になっていて桶狭間をきっかけに独立して三河を取り返した、と。直接会ったわけではありませんが、立派な人に感じました。当然、家臣に恵まれていなければ出来ない事でしょう。それがしは今回、信平様に付いて信豊様の戦を見る事が出来ました。戦は殿様だけでは出来ません。優秀な家臣がいて、その通り動く兵が必要です」
忠勝はその通りとばかり大きく頷いています。勝頼はそれを見ながらも直政へ続きを催促します。
「そうか。お前はそこで見た事はこれからの生き方にいい影響を与えるだろう。そこであった事の詳細はまた後で聞かせてくれ。続きを話せ」
「はい。その優秀な家臣が主君を裏切り敵に回った。主君を鉄砲で撃ったそうです。そこで先程の目的という視点で考えました。この正信は一体何がしたかったのか、と」
それを聞いた忠勝が勢いよく手を挙げます。発言させろと言っています。
「忠勝、今、部屋が揺れたぞ。話せ」
勝頼はこれが敵でなくて本当に良かったと改めて思いました。一騎当千とは正にこの男です。
「それがしはその時、一向一揆衆と戦いました。敵は手強く死を恐れずに向かってきました。悲しかったのはその時、正信だけでなく多くの同胞が一揆側に付いた事です。一揆が終わり、家康様は敵に寝返った家臣をお許しになられました。それが徳川家臣団の強みとなったのです。ですが、」
忠勝はそこで一息ついた。大きく深呼吸をしてから話を続けた。
「ですが、後からその同胞を調略したのが本多正信だと判明しました。仏への信仰心を利用して主君を裏切らせたのです。あれは、あの男は人を操って動かすのが好きなだけの糞です。目的というなら、今回室賀様を操って武田を混乱させたかった、それがしはそう考えます」
「忠勝。お前の考えはわかった。確かに人を動かすのには長けているな。で、直政、続けてくれ」
勝頼は忠勝の顔を立ててから話を戻させた。直政は一度忠勝を見てから、
「はい。正信は本願寺で戦をしていたそうです。恐らくは戦が好きで戦から離れられない。自らが戦うのではなく、人を使って動かして戦果をあげるのが面白くてたまらない」
「武藤喜兵衛に似ているな。戦好きかはなんとも言えんが」
「武藤様はお屋形様の為に戦をしています。それがしはそれをこの目で見ました。ですが、正信は違う気がします。恐らくはすでに誰かの配下となっていて武田を混乱させようとしている。そしてその武田の頭領を見てみたかった。これから戦う男の顔を、です」




