信平と忠勝
井伊直政は本多忠勝を初めて見たが、先代の井伊直虎から忠勝の噂は聞いていて一度会って見たいと思っていた。槍の名手で敵なしの武人と聞いている。その忠勝を見たときに想像通りの風貌をしていたため、少し興奮気味ではあったが、その感情を抑えて岡崎城の異変の事もあり早く向かいたいので、皆を急かすように直政は言った。
「本多様。岡崎の異変に事は聞き及びでしょう。信平様とそれがしは様子見に先駆けて行くところでございます。ご同行していただけませんか?」
ここに本多忠勝がいる事は、今回知り合った特殊部隊ゼット、チーム丁のリーダー影猫から忠勝が西尾の戻っているはずだと信平が小耳にはさみ寄って見たのだ。本来なら岡崎に直行すべきだが、忠勝には会っておきたかった。なんせ忠勝は本当なら………、もう無くなった話ではあるが信平としては顔を見ておきたかったのだ。当のその忠勝は、
「実はな、わしはお屋形様から来るな!と言われておってだな。行きたいのは山々なのだがさすがにお屋形様の命令を破るというのもどうかと思って、だがわしが行かねばという気持ちもあって困っておるのだ」
なんだそりゃ、どっちだよ、とそれを聞いた信平が可笑しそうに、
「忠勝殿らしくないではないのでは?こういう時にお家の為なら主君にも逆らうのが忠勝様では?」
「信平様。痛いところを突かれますな。戦で成長なされたのは本当の事だとこの忠勝、感服いたしました。ただ、この度ばかりは命令違反が格好つかないというか何というか」
どういう意味だろう?この2人にはわからなかった。が、結局この2人が来たのをキッカケに忠勝は岡崎城へ向かう事になったのだ。
その3人とお付きの者達が忠勝の拠点である西尾城を出て岡崎城へ向かう途中のこと、道中では話が弾んでいた。
「本多様はあの高名な上泉伊勢守様のお弟子であると聞きました。それがしはご縁ありましてここにいらっしゃる信平様と関東へ行く事になっています。関東には武芸者が多数いると聞き及びます。対抗するわけではありませんがそれがしに手ほどきをしていただけませぬか?」
「ほう、関東へとな。信平様が結城家へ養子に行かれる事は聞いておる。だがお主がそれについていく事になったのか?お屋形様はご存知なのか?」
それを聞いた信平は、
「実は色々とありましてな。忠勝殿は関東で兄上と一緒だったと聞いておりますが、兄上からは話を聞いてはいないようですね」
「むむ?そういえば何やらお市様と信勝様がそれがしが信勝様と親しくしようとすると困っておりました。それが何かわかり申さぬ」
信平は笑い出した。そんな事があったのか。それはさぞかし困った事であろう。
「その時の兄上の顔は見てかったですね。あの兄上がどんな顔をしたのかと思うと笑いが止まりませぬ。いや、決して兄上を軽んじているわけでなないですよ。改めて弟想いのいい兄だと感心したのです」
信平は、嫡男の信勝とは年子だ。ほんの数ヶ月生まれが遅かっただけで信勝は跡取り、信平は一大名となる。頭ではわかってはいても、唆したり持ち上げたりする家臣も出てくる。その悩みは今回の戦で吹っ切れた。武田信豊との会話が信平を大きく成長させていた。
「どういう事でござる?信勝様もお屋形様も話してはくれませんでした。これも何かの縁、教えてくだされ?」
縁?確かに縁とも言える。忠勝が勝手に関東へ行ったために、忠勝を貰いに三河へ行った信平は空振りとなった。忠勝がいてとしても話は変わらなかったかもしれないが、忠勝本人がなんと言うかで変わったかもしれない。そのせい?でここにいる井伊直政が信平に従う事になった。直政とは縁があり、忠勝とは縁が無かった。そう思えばいいのかも知れない。
「忠勝殿。お主と私は縁が無かった。それだけの事よ」
信平は急に冷たく言い放った。
「信平様、それではなんのことかわかりませぬ。そうだ、井伊直政殿、教えてはくれんか?そうだ、教えてくれたら槍の手ほどきをしても良いぞ」
忠勝は餌を吊るした。なんか必死になっている。信平はそれを聞いて直政を見ると、餌に食い付きたそうな顔をしている。
「直政、話してもいいぞ。別に隠すことではないしな。だがなんだその物欲しそうな顔は、情けない」
「情けないとは何ですか?それがしが強くなりたいのは信平様のためなんですよ。それを情けないとは、うちの主人の方が情けない」
「何だと、貴様またそのような口を!」
突然始まった2人の言い争いに忠勝はどうしていいか分からず見守っている。
「それがしが強くなって得をするのは信平様なのです。それがわからない信平様ではないでしょう。本多様、お教え致しましょう。実はですね、これこれしかじか………………… 」
井伊直政は、信平が三河へ行った本当の目的について説明した。そしてその顛末も。
「おお、そういう事であったか。武藤様はそれがしを信平様にお付けになるより手元に置いておく方を選んだということか」
「その煽りでそれがしが関東へ行く事になりました。それがしもまだ、先代には報告しておりませぬゆえ何と言われる事か、はあ」
「いや、直虎殿はそれを咎めるお方ではないぞ。あのお方は強い、それにお主にとってもいいことだとわしは思う。それより武藤様が断ったのは、……… 親心かも知れんな」
「親心ですか?」
信平は不思議そうに呟いたが、忠勝はそれには答えなかった。その時、武藤喜兵衛の嫡男、源三郎信之は大きなクシャミをしていた。




