時は来た
前方は乱戦に見えていたが何やら兵の動きがおかしい。何かお見合いをして戦闘が止まっているところもある。室賀は長篠城の菅沼に、
「何か様子がおかしくないか?見て参れ!」
「その必要はありません。殿、ご覚悟を!」
菅沼がそう言うと兵が室賀を囲んだ。旗本が慌てるが菅沼の兵に斬られてしまう。
「どういう事だ?菅沼、血迷ったか!」
「うだつの上がらない殿よりもいい上役を見つけました。もうじき現れますよ。おい、室賀を縛りつけろ!」
前方で兵がお見合いをしていたのは同じ山家三方衆として顔見知りの者同士が突然敵になったからでした。田峰城の菅沼兵と作手城の奥平の兵は仲がいい者も多いのです。菅沼の声が響き渡ります。
「怯むな!朝比奈、奥平は敵だ!戦わねば敵とみなす。戦えば恩賞は思いのままぞ!」
菅沼の兵は我に帰ったようにがむしゃらに攻撃に転じた。奥平の兵も応戦するが前後挟み撃ちではどうしようもない。奥平を始め朝比奈の兵も皆死に絶えた。奥平が死に際に
「は、話がち、ちが……… 」
と言ったが誰の耳にも届かなかった。そして一色も戦に巻き込まれて死んでいた。菅沼は一色の首を取った。この首は使えるのだ。
城から鉄砲を担いだ男と忍びらしき男が出てきた。本多正信と服部半蔵である。両菅沼が前に出て跪く。
「うむ、ご苦労であった。だが、まだこれからだ。ここからが難しい。半蔵、優柔不断の者は洗い出せているな」
「はい。始末しますか?」
「ああ、菅沼よ。武田に、特に武藤喜兵衛にはバレてはならぬ。意味はわかるな?」
両菅沼は顔を見合わせてから、
「はい。仰せの通りにいたします」
そこからは地獄絵図だった。身内だろうが仲間だろうが優柔不断そうな者は殺された。菅沼の兵も半分は殺され、生き残ったものに報酬が渡された。単純に死んだ人間の財産が分けられた。この後、文句をいう死んだ者の家族も殺される事になる。
これは口を漏らせばお前もこうなるという脅しも兼ねている、一種の洗脳だった。
室賀はその様子も見ていた。というより見させられていた。何が起きたのかまだ理解出来ていない。城を攻めていた。今まで味方だと思っていた山家三方衆のうち菅沼が敵についた。だが、なぜだ、いつだ、いつからだ?考えてもわからなかった。奥平だけ知らなかったのだろうか?
そもそも一色が現れてからこんな事になった。まさか一色と本多正信が組んでいたのだろうか?だとしても意味がわからない。なんでわしを巻き込む?本多正信とやらは城を奪った。それとわしがなんの関係があるというのだ?成果は出ているのに、一体何が目的なのだ?
本多正信が室賀の前に来た。室賀が元々座っていたところに大将としてどんと座りいやらしくニヤっと笑う。そしてそのまま黙って室賀を品定めでもするように見ている。菅沼が室賀の猿轡を外し、再び下がる。菅沼の様子は室賀が今まで上だったとは思えない動きだ。今風に言うと仕えるべき上司が変わったみたいに室賀を見下し、本多にヘコヘコしている。
「お前が本多正信か。何故このような真似を」
「室賀殿だったか。いい男よのう。わしに仕えんか?」
そんな気は全くないが、なんとなく口から出てしまった。この男にはここで死んでもらわねばならない。
「ふざけるな!わしの問いに答えよ!何が目的だ?」
「そうだのう。面白い事を考えたのだ。それを実行できたのはそなたのおかげ。しかしこんなにうまくいくとはのう。これも運命か」
室賀は本多を睨む。何を言っているのかわからないのだ。このままでは死にきれないし死んだ信玄公にもあの世で顔向けができない。
「面白い事とはなんだ?武藤喜兵衛が憎いのではないのか?」
「武藤喜兵衛?わしはそんな男は知らないし興味がない」
「武藤の城を奪ったではないか?そうだ、一色はどうした?」
「ん?一色なら死んだぞ。朝比奈とかいう男をその手で殺したから満足しただろう。その武藤とやらを憎んでいたのは一色だ。わしではない」
「なら、貴様の目的は何なのだ?」
「そうだなあ。まだわからんか?」
「このままわしを殺しても、戦を終えた武藤喜兵衛が戻って来れば貴様なんぞ。ま、まさか!それでわしを!わしを嵌めたのはまさか、そんな……… 」
「さすがは武田信玄お気に入りの武将だ。よくぞ見抜いた。褒美に一思いに殺してやろう。死んだ後も働いてもらうぞ。木下秀吉のためにな」
「お屋形様は貴様なんぞには騙されない。それにわしはすでにこの城のことを報告済みだ」
「菅沼!」
本多正信は田峰城の菅沼を呼んだ。菅沼は控えていたが、はい、と返事をした。
「その伝令とやらはどうした?」
「ご心配には及びません。すでに葬っておりまする。すでに別の使者を送っておりまする。室賀正成、山家三方衆と共に謀反と」
室賀は唖然とした。まさか、そんな事が。
「まさか、それで奥平を殺したのか?そこまでして」
本多正信はまたいやらしくニヤっと笑い、勝頼を迎える準備に入った。室賀はその夜首を切られた。




