裏切り
朝比奈が二の丸の門を破ろうと準備をしていると、山家三方衆がやってきました。今回の室賀の兵の殆どがこの山家三方衆の配下です。山家三方衆とは、奥三河の国衆で作手城の奥平、長篠城の菅沼、田峰城の菅沼の事を言う。この三家は縁戚でもあり上下関係はなく、物事は相談しながら決めている。元は今川についていたが、今川義元の死後、徳川家康についた。武田の三河攻めの際に武田に下り領地を安堵され今は室賀の与力となっている。長篠城の菅沼の兵が城門をこじ開けたので次は作手城の奥平勢が朝比奈に協力して門を開けるようです。
「室賀様、門が開いたらどうされますか?二の丸の入り口は狭く大勢での移動はできません」
聞いて来たのは田峰城の菅沼です。順番では菅沼の出番になります。
「いいところに来てくれた。お主達、どう思う?」
それを聞いて奥平は答えます。
「敵兵の事ですな。本丸で腹を空かして動けないのではないですかな?」
「奥平殿。物見が死んでいたのが気になるのだ。わしはそんなに楽観はしていない」
室賀は軽い感じで答えた奥平を睨みつつ厳しい口調で咎める。それを聞いた長篠城の菅沼が焦ったように体裁を整えようとして、
「奥平殿。殿のおっしゃる通り敵の正体がわからぬ以上楽観はできますまい。殿、とは言っても中へ入ってみなければわからぬという物。ここは進むしかないと存じます」
山家三方衆は今までお互いに助け合って生き残ってきた。菅沼は奥平を庇ったのだ。室賀はそれがわかっていて話します。
「そうだな。朝比奈殿とそなた達の兵で本丸を攻めてもらおう。わしはここで待とう」
それを聞いてここまで大人しく聞いていた一色が、
「それがしも発言してよろしいか?」
室賀が許可すると一色は、本多正信について話し始める。
「それがしが聞いた話では、本多正信は射撃の名手との事でございます。物見は弓矢で殺されていましたがそれは恐らくその事を隠す為。室賀様が大将と判れば狙撃される可能性が大きいと存じます」
「ここにいては狙われると?」
「敵の方が高所にいるため、狙われやすいのは確かです。周りを兵で囲み移動された方がいいかと存じます」
それを聞いた奥平が今こそ汚名返上とばかりに、
「一色殿の言う通りと存じます。殿にもしもの事があっては一大事。それがしが先に朝比奈殿と突入しますので、後から菅原殿と一緒に進まれたら?菅原殿、殿をお願いいたす。ごめん」
言う事だけ言って奥平は二の丸の門へ走っていきました。室賀はなんなんだあの男は、と思いながらも
「一色殿の言うのが真なのかはわからんが一理ある。わしも移動することにしよう」
門の前では城門の時と同じように兵が大木を持って扉に激しくぶつけている。
「セーの!」
掛け声を掛けているのは朝比奈だった。気合いが入っているのがわかる。大木を持っているのは朝比奈の兵の生き残りだ奥平の兵はその後ろにいて突入の用意をしている。近隣の武藤喜兵衛の配下は自分の城の護りがあって動けない。主人不在の時にこれ以上問題を起こすわけにもいかず、正しい判断だといえよう。つまり朝比奈は少ない兵で戦うために室賀を頼ったのだ。
朝比奈こそ汚名返上に焦っている。
何回か大木を打ち付けると門が壊れた。するとその空いた穴から鉄砲の弾が飛んできた。
「ダーン、ダーン!」
前方にいた朝比奈の兵が銃弾に倒れる。慌てて兵は引き下がろうとするが後ろに奥平の兵が詰めていて下がれない。今度は矢が飛んでくる。
「引けー、引けー!」
朝比奈は大声を出し、なんとか兵を下がらせるが犠牲を多く出してしまった。門を打ち破る事に集中していて備えをしていなかったのだ。犠牲になったのは朝比奈の兵だけだった。
兵を下がらせて安心できるかと思いきや、敵兵が出てきて奥平の兵と争い始めた。二の丸広場で突如戦が始まったのだ。敵はこの時を待っていたかのように朝比奈と奥平に襲いかかる。
後ろでそれを見ていた室賀は田峰城の菅沼に奥平の応援に行くように指示して自らも後詰の準備にかかった。護衛は旗本と長篠城の菅沼だ。ふと横を見ると一色が居なくなっていたが、今はそれどころではなかった。
敵は門からぞろぞろと出てくるがそれを防ぐ術がない。だが、出口が狭いため一気に大勢は出てこれない。そのうちに奥平の方が優位になりつつあった。その時、
「グア!き、貴様〜!」
一色が背後から朝比奈を槍で突いたのだ。それを見た兵は動揺し動きが止まった。そこを城の兵が攻めてまた城側が盛り返した。
「朝比奈、貴様が裏切らなければ今川はまだ保った。太守様だけの今川ではない、家臣がいての今川なのだ。これで義元公も浮かばれよう」
「……… 」
朝比奈はもう声が出なかった。
その様子は室賀からは見えていない。朝比奈死す!の伝令も来なかった。伝令になる兵がいなかったのだ。朝比奈の死をきっかけに田峰城の菅沼勢は城の兵ではなく奥平を攻撃し始めたのだ。奥平は前方に城の兵、後方に菅沼と両方向から攻められあっという間に倒れていった。




