あの男が現れた
室賀は武田を出たらどうなるかをシミュレーションしたが、天下を取るのは武田か毛利か明智か、それとも秀吉かというところに行き着いてしまう。武田を出ても生き残らなければ意味がない。今更土地勘のないところへ後づて無しでは生きてもゆけない。戦国は動いていて既に今川も徳川もいない。勝頼が東北へ行っているのだからいずれ東北も武田のものになる。西も戦になっている。明智と織田・武田の戦いだがさすがに武田が勝つだろう。つまり残るのは武田だ。
五郎盛信の裏切りは武田に衝撃を与えたがすでにその影響は無くなっている。そもそも武田を出ると行っても何処へ行くのか?秀吉だけには味方をしたくなかった。今までのやり方を話に聞く限り利用されるだけだ。結局は武田を出ることなどあり得ないという結論になった。
「俺がやりたいのは武田を出ることではない。武田の中で大きくなる事だ。それには真田を蹴落とす」
信玄の時代でも、重臣達の中にはウマが合わない連中がいた。穴山と内藤は仲が悪い。内藤と跡部もだ。つるむというが、人が増えると自然とグループができる。グループ間では喧嘩も起きる。武田では仲間同志の喧嘩は両成敗、厳しい仕置が待っているので表立って喧嘩はしないが、酒の席では悪口の言い合いになったりはする。
室賀と真田は同じ小県の国衆だった。それこそ川を挟んで東が真田、西が室賀だ。隣である以上いざこざは今までもたくさん起きている。だが、今はもう隣村の喧嘩ではすまない。直接の喧嘩はできないと言ってもいいだろう。
「真田ではない、次は室賀が活躍する。それにはどうすればいいのだ?武藤喜兵衛めは徳様に気に入られておかしな武器を使うというし。真田よりも成果を出さねばならん」
再び一色がやってきました。
「この署名をご覧ください。旧今川、徳川の者達です。室賀様が立てば味方をすると言ってくれています」
???、どういう事だ?室賀が署名を見ていると、
「室賀様、この署名は真田を憎む者達の証です。武藤喜兵衛が城主の岡崎城を奪い返すのです」
「ちょっと待て。何を言っている?身内の争いはご法度だ。戦功を競うならまだしも味方の城を落とすことなど出来ん」
「味方の城ならばそうでしょう。ですが敵に奪われた城を奪い返すのなら罪にはなりますまい」
「どういう事だ?」
「城主の武藤喜兵衛が伊勢へ出兵している間に謀反が起きたのです。今、岡崎城では戦になっているのです」
「なんだと!」
「武田信豊も勝頼も、他の重臣も皆出兵していて留守を守っている旧今川勢が城を奪われました。奪ったのは松平の残党を率いる本多正信という男です」
「知らん名だ。何者だ?」
「家康に仕えていましたが、一向一揆の際、一揆側について家を追い出された男です。その後石山本願寺にいたそうですが、本願寺も落ち、三河へ戻ったようです。其の者が松平の残党を掻き集め千名の兵で岡崎城を奪い取ったのですl
「だが、お屋形様が徳川の家は復活させたと聞くが」
「本多正信が集めたのは反武田の連中です。徳川家を継いだのは本多忠勝に説得された弱者だと言っているそうです。本多忠勝は真田にへりくだる裏切り者だと言っています」
「その話を聞くと裏切り者はその正信とやらに聞こえるが?それにその署名をした者達は謀反に加わっていつのではないか?」
「正信は口が上手く人を騙すのに長けています。室賀様に味方すると署名をした者達は今回の謀反には加わっていません」
「だとしてもその本多正信は何をしたいのだ。武藤喜兵衛が戻って来るまでの命ではないか?」
「武藤喜兵衛が死ねばどうなりますかな?」
「あれは負けんよ。それに武田は強い。海軍もいるしな。だが、もしも武藤喜兵衛が戻らなければ確かに面白い事になるな」
武藤喜兵衛が負ける。それは織田信忠の死を意味します。美濃、尾張、三河は大騒ぎになるでしょう。そして明智が攻めてくるまでの間に三河を制圧してしまえば………、そう上手く行くわけがありません。武田の残存兵も多くいるのです。室賀もその1人です。
「草によると明智は武田の海軍を動けなくしたそうです。殿、今こそ立つ時です。今、岡崎城を殿の手で取り返せば勝頼様もお認めになるでしょう。武藤喜兵衛が戻って来れば貸しになりますし、戻って来なければ三河は室賀様の物になるでしょう」
「話が上手すぎる。それにお主に草がいるのか?浪人と言っていたではないか!」
「それがしのような者にも仕えてくれる者がいるのです。これでも先祖は三河守護ですぞ」
「守護に返り咲きたいのか?」
「いえ、それがしの目的は以前も申し上げましたが朝比奈泰朝の首です。今回、朝比奈は居留守を預かっていた岡崎城を奪われました。朝比奈は朝比奈で城を奪い返すべく動いています。それより先に奪い返せば朝比奈は切腹でしょう」
室賀は室賀の庄を出て野田城へ向かった。山家三方衆と呼ばれる配下達のところへ。あくまでもとりあえずだ。もっと情報を取らなければ判断はできない。




