上杉の誤算
上杉政虎は関東管領です。以前、上洛した時に朝廷から直々に関東管領に任命されました。関東管領は上杉憲政が勤めていましたが有名無実といいますか、名前だけの関東管領で実際に治める力は持っていません。関東は戦が絶えませんでした。そこで、関東管領を引き継ぎ、名を長尾景虎から上杉政虎に変えたのです。簡単に言うとスローライフになった上杉憲政が景虎を養子にしてのーんびり余生を過ごしたいのと、名目が欲しい景虎と利害が一致したという事です。実際は継ぐの継がないの色々もめたようですが、景虎はそういう大義名分というか名前に価値を求める男だったのです。
さて、上杉政虎は関東を治めるべく小田原へ出陣したのですが、その間に武田に海津城を作られてしまいました。実はこんなに早く城が完成するとは思っていなかったのです。関東を制圧してから戻っても対応できると考えていたのですが、武田晴信は何より時間を優先するよう指示を出していたのです。
結果として上杉軍は小田原城の包囲を解いて越後へ戻って行きました。関東諸侯が長い戦に耐えられなかった事と、武田軍が上州を牽制していた事、そして最も重要な出来事が海津城完成の報告だったのです。
「晴信め、どうやってこんなに早く城を完成させたのか。あそこは川中島を見下ろすのに最高の位置だ。このまま放置していてはあの付近は武田に取られてしまう」
上杉政虎は越後へ戻ってすぐに川中島へ向かいます。まだ兵の疲れが抜ける前に。
さて、小田原城を落とすのが早いか、海津城ができるのが早いかの勝負は武田の勝ちでした。どうやってこの短期間で城が作れたのでしょう。時を一年ほど戻します。
古府中に勝頼が訪れていました。定期報告です。
「お屋形様。川中島に城を作ると聞きました。長尾景虎が北条を攻めに行っている間に作ってしまおうという事でしょうか?」
「よくわかったな勝頼。その通りだ。これは景虎と余の勝負なのだ。これに勝てば次の戦は勝てる。信濃の決着を早くつけねばならぬ」
「駿河ですか?」
「ほう、わかるのか。太郎には黙っておけよ」
晴信は安倍金山が一日も早く欲しいのでした。この頃、安倍金山は掘れば掘るほど金が出ると言われていました。
「お屋形様。勝頼に策がございます。城を早く完成させる手段が」
海津城の築城には信濃の国衆だけでなく甲斐からも作業員が集められ、日々汗を流していました。ある日、勝頼が護衛200の兵とともに築城現場に現れました。よく見ると若い女性を20人連れています。勝頼は早朝、工事を始める現場作業員を集めて朝礼を行いました。
「皆の者。伊那四郎勝頼である。これから班わけを行う。5人一組となり、築城に精一杯努めてもらいたい。今日からだが、1日に1回、ソーセージか肉が食事に出る。また、たまにだが米も出る。蕎麦や稷を焼いた食事では力はでないであろう。それと、5日毎に班毎の成果を調べる。働きの良い上位20チームにはここにいる女を1人与えよう」
「おおおおおおおおおおおおおお、俺はやるぞ!」
「馬鹿め。あれは俺の女だ」
「ソーセージってなんだ?」
「知らんのか?俺は以前高遠で食った事があるがあれはうんまい。あれを食って女とやるのか。いかん、よだれが…………」
築城に従事している作業者は200名ほどです。つまり半分の作業者が恩恵に預かれます。一度味わえば次も味わいたくなります。負けられない戦いがそこにあるのです。
最初の評価の日、築城のペースは今までの2倍にもなっていました。その次はさらにペースが上がって行きます。性欲が満たされない班もいますが食事が良く、次こそは俺らが勝つ、という気迫が全体を底上げしたのです。
結果として上杉政虎が想定した工事期間より1年も早く築城が終わったのです。
勝頼は最初の2週間だけ川中島に滞在しました。そして護衛の中から10名を残して高遠へ戻って行きました。この10名には川中島の地形を調べるように指示して。
海津城完成の報告を聞いた晴信は勝頼を軍議に呼び出し、重臣の前で褒めました。晴信は勝頼の子供の頃からの功績を一部の重臣にしか話をしていません。飢饉の時、勝頼の情報と寄贈された食糧で多くの民が助かったのですが、それが勝頼の手柄と知る者は少ないのです。それは情報の出所が不確かな事、自分の子供を贔屓しては規律が乱れると考えたからです。
勝頼も14歳、そろそろ親戚衆として重臣達に勝頼のアピールをしたい晴信にとって今回の手柄はグッドタイミングでした。
「此度は四郎の発案で築城が思った以上に早くなった。見事な采配だ」
晴信の発言に重臣達も揃って誉めたたえます。それを聞いた太郎義信が、
「女を使うとは。子供とは思えない発想だな。そういえばもう妾がいるそうではないか」
「兄上。いつまでも子供扱いはやめていただきたい。もう戦にも出れますぞ」
「そうムキになるところが子供なんだ」
太郎義信は自分の知らないところで四郎が活躍していたのに驚きながら、ちょっとムカついていました。そこに早馬が届きます。
「上杉政虎が春日山城を出て川中島へ向けて出陣しました!」




