相模へ
勝頼はゆっくりと進み、忍城に入りました。すでに周辺の国衆は武田に従う意思を表明しています。ここまでは予想通りでした。問題はどっちつかずのこいつらを真の武田家臣にする事です。忍城では城主の成田氏長が平伏しています。勝頼は上座に座ると威厳を持った声で、
「武田勝頼である」
とだけ言って、成田を睨みつける。今までの勝頼とは雰囲気が違い、同行していた宇都宮国綱も驚いている。
「忍城を治めております成田氏長でございます。武田様にお会いできて恐悦至極にございます」
「どこの強者が来てもそのように振る舞うのか?上杉が来れば上杉に、北条が来れば北条に。そして今度は武田か」
「意地の悪いことを申される。それがこの武蔵という国の性質。そうでなければ生き残る事はできませぬ」
「ほう、では今回武田が出てきたが北条からは何か話しがあったのか?」
「決して降伏するなとお達しがありました。ですが、毎度のことでございます。ですが、武田様のおっしゃる通り、強い者に従うのみ。ですが、」
「なんだ?」
「いつまでもこのような事を続けたいとは考えておりません。上杉謙信公が小田原を囲んだ時にはやっと戦のない世が来るかと思いましたが、叶いませんでした。恐れながら申し上げます」
「申してみよ」
「今回の武田様の進軍、小田原と決着を付けるお積りでしょうか?」
「それを聞いてどうする?」
「そうであれば成田は武田様に賭けたいと思いまする。おい!」
成田が声をかけると奥から10歳くらいの美少女が現れました。茶々に劣らない美少女です。勝頼は一目で甲斐姫を気に入ったもののそういう事かと理解して困りました。
成田が目配せをするとその美少女が、
「甲斐と申します。お屋形様のお目にかかれて嬉しゅうございます」
これがまた、可愛い声で。たまりません。いやいや俺にどうしろと。頭に彩、お市の呆れた顔が浮かびます。その後で徳がにやけている姿が浮かびます。
「勝頼じゃ。甲斐と申したな。まるで甲斐の国のために生まれてきたような名だ」
「甲斐に行ってみたいと思っておりました。お許しいただけませんでしょうか?」
はい、許します。そりゃーもうーなんでも言う事聞いちゃう、いや、ちょっと待て。何も俺でなくてもいいわけだ。でも信勝には茶々がいるし、信平は養子に出す予定だしな。やっぱ俺か。
以前三雄に聞いた話では秀吉は子がいなくて苦労したそうだ。逆に家康はお盛んで側女多数に子沢山だったおかげで各地に譜代を置いたり、縁戚で敵方を懐柔したらしい。ならば嫁は多い方がいいし、まあいいか。
今回勝頼が威圧モードで対応したのには理由がありました。信玄が死んだ事になっています。初めて会う連中は勝頼を値踏みするでしょう。舐められてはいけません、最初が肝心なのです。成田は勝頼を見て覚悟を決めたのでしょう。想定外の贈り物もありましたが。
甲斐姫を古府中へ預かる事になりました。成田は武田が関東を治めると信じて愛娘を人質に出したのだった。これには家臣が反対したが、氏長がお家継続のために強く言い切り押し切った。なにより当の甲斐姫が乗り気だったのだ。早速、護衛をつけて古府中へと送り出した。もうお市は古府中へ戻っているだろうから、お市と彩に文を書いた。関東制圧のために必要な事だと念押しして。ここも最初がです。
そして成田を先鋒にして岩槻城へと向かった。
武田海軍は里見を訪問し、船の凄さを見せつけ従う事を約束させた。大砲の射程距離を見て抵抗する気力を失ったのだった。今回の戦では里見に北条の味方をさせないのが訪問の目的だったので、そのまま動かない事を指示した。伊丹率いる武田海軍はそのまま相模湾へと向かった。巡洋艦甲斐に乗った徳と合流するために。
さて、このところ大人しくしている北条氏政は木下秀吉と甲賀を通じてやりとりをしていた。相模と播磨では距離があり、タイムリーには情報がやりとりできなかったが、途中に武田や明智の領地を通るのになぜか文の行き来が可能だった。甲賀はあちこちに草を置いている。そのため1人の忍びが長距離を動くのではなく、現地に住んでいる者が短い距離を動きながら文を運ぶので怪しまれずに済んでいたのだった。
秀吉は3年堪えてくれと言ってきていました。3年で毛利を我が物にし東へ討って出ると言うのです。東北の伊達と最上は味方にしたから協力して武田を抑えるようにとの事でした。氏政の思惑は上杉を乗っ取り武田が東に出れないように抑える予定でした。ところが隠し玉の風魔まで投入したのに失敗してしまい、武田が関東に進出してきました。
そこに大道寺、用土の寝返りです。その情報は武蔵や下野の国衆にも伝わり、武田を迎え撃つどころか皆、動揺して武田の方へ付く動きが見られました。冗談ではありません、起死回生を狙って武田信玄の命を狙いました。
信玄は死にました。なのに武田の勢いが止まりません。それでも氏政は余裕でした。3年で形勢は変わるでしょう。この小田原城を落とした者は過去にいないのです。




