桶狭間の真実
「まあ、こんな感じかな。たぶん」
「ねえ、だいぶ端折ってない?元康とどんな約束をしたかとか、信長と勘助の関係とか」
「そうね。後は勝頼ちゃんに聞いて。実際はどうだったのか」
翌月の定例ミーティングで、三雄は桶狭間で何が起きたのかを知りました。勝頼は伊那の吾郎の部下を1年前から桶狭間の農家に紛れ込ませていたのです。
「三雄殿。ご依頼の件、これでよろしいか?」
「よろしいも何もありがとう。あ、そうそう。まだ見つかっていない金山が西伊豆の土肥というところにあるから将来、手に入れた後、掘ってみるといい。それと鉄なんだけど」
日本は資源に乏しい国ですが、取れる物もあります。港が無い武田家は直接輸入も難しく今の所は国内で調達できるものは集めておかないとなのです。三雄はいずれは港と水軍の必要性を教えるつもりですがまだ時期早々ですね。
さて、桶狭間ですが、勝頼の時代でも終わってしまいました。後世に伝わっている通り、今川義元、重臣の多くが死に織田信長が尾張を守りました。それを機に松平元康は今川家から独立する動きを見せています。今川家には松平を責める余裕が無い状態で、後を継いだ今川氏真は戦闘向きではなく今が楽しければいい感じの人間でしたので、松平家は徐々に三河から今川勢を追い出していきます。それが許されるのですからどれだけ今川が混乱していたかがわかりますね。
では、大石恵子の想像は当たっていたのか、ですが概ねその通りに進んだようです。全てを観察することはできませんからね、忍びが見た事実として、
・吾郎の配下が善照寺砦に入る山本勘助を見た
・穴山信君が大高城にいた
・急に豪雨になり、鳴海城へ向かっていた今川軍が大高城の方へ進路を変えた
・今川義元の死後、松平は織田と戦闘をしていない
・穴山信君が岡崎城へ入った
この事から想像すると、武田は織田の今川攻めの手伝いをし義元を討たせた。そして松平元康と手を組み今川の勢力を衰えさせる方向へ向けさせた。この時点で松平と武田は組んでいたことになります。
雨が降らなければ?今川義元が進路を変えなければ?たらればはキリがありませんが、おそらく信長はそれでも奇襲に成功したのでしょう。その場合、松平元康は今川義元の背後をつく作戦だったのかもしれません。
「だってさ。恵子さんの予想はしてだいたい合ってるね」
「そうね。でもここで穴山が岡崎城に行ってるとは思わなかったわ。これが例の布石なのかしら?」
「例のって?」
「ほら、武田と手を組んだって信長に言われて長男殺しちゃう事件よ。自分の子供より家康の子供の方が出来がいいのを危険視した濡れ衣説もあるけど、いやいやこれはなんとも。私はステキな彼氏を持っている見たいね。どんどん真実を教えてね、もう勝頼ちゃん大好き」
「俺は勝頼を悲劇に合わせたく無いんだけど。そうすると歴史を変える事になる」
「私は歴史を変えたくは無い。真実が知りたいだけ。でも勝頼ちゃんに借りが増えていくのよね、どうしよう?」
もうすでに歴史は変わっています。武田家は飢饉を乗り越えて国内火薬も独占しました。火薬は絶賛増産中です。少ない平地での米の生産も始まりました。水もいいし気候も米作りには向いています、ただ平地が少ないので量は確保できませんが無いとあるでは大違いです。
2人は諏訪の帰りに新府城跡を訪れました。近くに穴山駅があるのがなんとも言えません。
「この長い階段を上るとそこは本丸跡みたいだ。行ってみよう」
恵子も初めてのようです。上田には何回も行ったと言ってるのにまあそんなものでしょう。三雄は階段を登る途中で不思議に涙が溢れて止まらなくなりました。
「なんで泣いてるの?」
「わかんないよ。でもなんかここって不思議な感じがするんだ」
本丸跡に着きました。勝頼は躑躅ヶ崎の館では敵の軍勢を防げないと各方面を見下ろせる高台の上に城を作ったのです。ここに住んで2ヶ月程で織田軍に追われて城に火を放ち放棄したと言われています。勝頼はどんな気持ちでこの城を去ったのか、どんどん味方が減っていき自害へと進んでいく歴史。
「だめだ。この城を作ってはダメなんだ。歴史を変えないと勝頼は………」
「気持ちはわかるけど」
「手伝ってくれないのか?」
「私の好きな信之様の未来も変わってしまう。それはダメ」
武田が滅び真田が自立して関ヶ原が起きて、大阪で豊臣が滅んで、そこからが真田信之の真骨頂なのです。それが変わってしまう事は恵子にとってはあってはならない事なのです。どうしたらいいのか、2人ともわかりませんでした。静岡へ戻る車の中、2人は一言もしゃべりませんでした。




