開戦
桶狭間の戦いの起こる以前、今川と織田は激しくぶつかっていました。織田は今川の城、大高城の周りに丸根砦、鷲津砦を。鳴海城の周りには丹下砦、中嶋砦、そして善照寺砦を築き大高城と鳴海城間の連絡を断ち圧迫していたのです。ここは織田家にとっては知多と那古野を繋ぐ重要拠点でした。元々は織田家が抑えていたところを今川に奪われたのです。織田としてはなんとか取り返したいところですが、今川は強大で砦を作って抵抗するのが精一杯でした。
松平元康、後の徳川家康ですが最初は織田家の人質になっていました。それが上記の今川と織田の戦で人質交換という事態になって今度は今川家の人質になりました。今川、織田の間で人生を振り回されてきたのです。そして今、今川軍の一員として、松平家の当主として戦に臨んでいます。
「松平家の誇りの為、俺はここで手柄を立てねばならぬ」
元康はこの戦がチャンスだと考えておりました。松平家ここにありと示す絶好機なのです。元康のところには監視役として朝比奈泰朝が付いています。出陣前には織田の間者も現れ、織田に付くようにと説得に来ています。当然それは今川にもばれています。どちらに付くべきか、勝つのはどっちなのか?どうすれば松平は生き残れるのか?悩んでいるところに山本勘助が現れました。6月9日のことです。
「お久しゅうございます。勘助にございます」
勘助は今川家にも仕えている。当然、信康とも面識があった。
「これは山本殿。ようおいで下された」
「この度のご出陣、おめでとうございます。松平元康様としてご活躍される場ができた事、心よりお祝い申し上げます」
「そうだが、茨の道よ。この松平元康、世に恥じぬ戦いがしたい」
「迷うておられるのでは?」
「何を迷う事があろう。織田を滅ぼし、松平の旗を上げるのみだ」
「左様でございますか?実は本日参ったのは………」
6月11日の夜、松平元康は大高城へ兵糧を運ぶよう命じられた。当然のごとく朝比奈泰朝がオマケのようにくっついてくる。が、朝比奈隊はついてくるだけで大した労働はしていない。大高城へ到着してすぐに新たな命令が下される。
「元康殿。ご苦労であった。早速だがお屋形様よりすぐに丸根砦と鷲津砦を攻めるようご沙汰があった。出陣をお願い申す」
「承った。すぐにこの松平の手で砦を攻略して見せましょうぞ」
その様子を穴山は静観しています。そう、穴山信君は今川義元に松平信康を見張るよう言われていたのです。朝比奈泰朝は今川家の重臣として松平をこき使っています。それは当然の事でここで成果を出せなければ松平家に未来はありません。それに三河武士の強さを当てにしていたというのもあり攻撃は松平に委ねられました。ただ、朝比奈の松平に対する横柄な態度は行き過ぎと感じていました。穴山はこれならば、と思っています。
午前3時、松平は兵を二手に分けて砦2つに同時に夜討を仕掛けました。丸根砦は酒井忠次が、鷲津砦には本多忠真が兵各1000名を使い攻めかかりました。松平軍の全軍です。松平家の重臣達はこの日の為に精進しこれだけの兵を集めてきたのです。全員が元康を慕っているといっても過言ではないでしょう。それに加えて朝比奈隊500名が後詰で控えています。後詰というよりは松平の動きを見張る監視です。戦は砦の織田勢も今川が仕掛けてくる事は予想していた為、備えがありました。それ故に奇襲とはならず激戦となり、戦いは10時頃まで続きました。砦からは夜討を受けた事を知らせる早馬が清洲城へ走っています。
織田信長は早馬の報告を聞き、いきなり動き始めます。
「出陣だ、今すぐだ!」
信長はさっさと馬に乗り駆け出します。それを見た旗本達が追いかけて、熱田神宮に着いた時には兵は2000人にもなっていました。ですが、今川軍は2万と言われています。1/10の兵力でどうしようというのでしょうか?
松平信康は、午前10時に砦を攻略しました。一晩中戦ってもうヘロヘロです。砦の守備を今川軍に任せて、大高城へ戻り朝比奈泰朝に報告をしました。
「砦を落として参りました」
「さすが三河衆は強い。お見事でござる。次でござるが、すぐに鳴海城へ向かっていただきたい。織田に動きがあったそうだ。何やら活気づいておると」
「我らは今戻ったばかり。朝餉すら取っておりませぬ。このような状態では存分な戦はできませぬ」
「戦場で腹が減ったなどと通るわけがなかろう。そんな事だから三河は舐められるのだよ」
「なんと仰せられる」
横で聞いていた本多忠真が食ってかかろうとする。それを見た元康は、忠真を抑え
「承知しました。ですが、一刻程時間をいただきたい。軍備を整えるゆえ」
それを聞いてさらに文句を言おうとしていた朝比奈に向かって、
「元康殿。戦を見ていた我が兵の報告によればお見事な戦いぶりであったそうな。さすがは三河衆。朝比奈殿、元康殿の軍は疲れきっております。戦であれば我ら武田勢が出向きましょうや」
と、大声で穴山信君が現れた。
「穴山殿。出しゃばらないでいただきたい。これは今川の戦でござる」
「ならば、朝比奈殿がご出陣なされてはいかが?」
朝比奈は、苦虫を噛み潰したような顔をした後、
「よかろう、一刻後出陣していただきますぞ、元康殿」
朝比奈はそう言って戻っていきました。松平勢の怒りは収まりません。
「なんだあの態度は。自分で行けばいいだろうに」
元康は、
「今川にも事情があるのであろう。穴山殿、助かり申した」
「なになに、大した事ではございません。元康殿、いや元康様。先般のお話、よろしくお願い申し上げます」




