再び川中島
真田信綱は勝頼と錠のやり取りを聞いて、そういう事かと
「遺言状の本物はどこに?」
「さすが真田だ。気付いたか。元々錠が持っていた遺言状は偽物だよ」
錠はえっという顔をして、
「えっ、では最初からですか?俺は偽物を大事に運んでいたのですか?酷いっす。必死に守ったのに」
「悪い悪い、いや、敵を欺くにはまず味方からにしろと竹中半兵衛に言われててな。恨むなら半兵衛を恨め」
酷いです。高天神城でくしゃみをする半兵衛が頭に浮かんできます。
「お屋形様。大体の話は伝令から聞いてはおりますが、この先どうするおつもりで?」
真田はだいぶ先読みして聞いてきました。さすがは武藤喜兵衛の兄、まあ焦るな。
「お主の言いたいことはわかる。だが、それにはまず余の偽物が何者かを突き止めてからだ。敵に変装の名人がいるという事だが、いつ誰に化けているかわからんのは危険だ。甚内の弟子か、それとも………」
その後穴山信君が善光寺に到着しました。勝頼は穴山に善光寺に滞在し、何かあればすぐに動けるようにと指示を出しました。そして勝頼は真田信綱とともに海津城へ向かいます。
さて、偽の遺言状をせしめた賊は主人のところへ向かいました。賊の名は風魔の悠次郎、北条氏政に雇われ今は氏邦に仕えています。上野の厩橋城からはすでに五千の兵が海津城へ向かって進み始めています。北条氏邦は春日山城へ向かうか海津城へ向かうかで悩みました。武田が介入すれば景虎は勝てないでしょう。ならば武田を抑えるのが氏邦の役目と判断しました。小田原への急使も走らせ駿河、甲斐を牽制する事を頼みました。もう引き返せません。氏邦は悠次郎が遺言状を手に入れられない場合を想定して軍を進めました。北条の中で最も戦向きな氏邦は戦が速度とわかっています。もう武田との戦は避けられません。上杉を手に入れ武田を滅ぼす、その方向に動き出した以上先手を取る、先手必勝です。
軍を進めている氏邦のところに風魔の悠次郎が現れました。
「おお、悠次郎、首尾は?」
「氏邦様、上杉謙信の遺言状を手に入れました」
「なんだと。それに景虎と書いてあればそれを持ってこのまま春日山城へ行く。なんと書いてある?」
「こちらに」
悠次郎は氏邦に遺言状を手渡しました。
「開封の儀、うーむ緊張するぞ」
氏邦は一度座り直してふーと長い息をついてから遺言状を開きました。
「な、なんだこれは」
『これを手にされた方は武田勝頼の敵という事。お相手いたしますので十分にご用意を』
氏邦は遺言状を破り捨てます。悠次郎は何が起きたかわかっていません。
「偽物だ、悠次郎、これは一体どういう事だ?」
「これは計られましたか。それがしが盗んだのは間違いなく春日山城から出た遺言状そのものです。つまり、最初からすり替えられていたという事です。武田勝頼という男、体捌きも一流でしたが知力も一流のようです」
「最初から?では遺言状などないというのか?」
「いえ、遺言状は存在します。これは間違いのない事です」
「勝頼に計られたというのか?では本物はどこにある?」
「春日山城にあるか、勝頼がどこかに隠しているかですが、勝頼は海津城へ向かっていました。勝頼本人が持っていると思います」
「このまま海津城へ向かう。もう引き下がれん!」
その動きを箕輪城にいる内藤修理は監視していました。ただ、勝頼の指示は北条が動いても攻めかけるな!でした。それに従い城の守りを固めています。ですが北条軍はこちらには見向きもせずに信濃へ進んでいきます。
「命令には従わないと。海津城へ使者を出せ、我らはここから動かん」
海津城へ向かう道すがら真田信綱は勝頼に問いただしました。
「お屋形様。話の続きですが」
「そうだったな。まず遺言状はそこのゆずの荷物に紛れ込ませてある。本人もそれが遺言状だとは知らんよ」
「ええーっ!」
ゆずと徳が大騒ぎです。
「うるさい、静かにしろ。それ失くすなよ。さて、お主の質問だがどう答えるべきか。父上が武田幕府を開きたいと言ったのは知っておるな?l
真田は頷きます。
「余も同じ気持ちだ。戦を無くしたい、それには戦で勝たねばならぬ。矛盾しているようだがそうではない。犠牲を少なくする事、1人でも死傷者を減らす事、それはこの勝頼にしかできないと思っている。誰が戦に勝ち、将軍になったとしても余よりは多くの犠牲者を出すであろう。余の軍師の事は聞いたか?」
「はい。喜兵衛から聞いております。その知識を使って徳様や喜兵衛が新しい武器を製作している事も」
「知識はあってもそれを活用しなければ意味がない。軍師の知っている歴史と我らの歴史は似て非なるもののようだ。軍師の歴史では謙信が死んで景虎と景勝が戦い、景勝が勝つらしいのだがそれは北条と武田が最初に景虎に味方して途中から武田が景勝に鞍替えしたからだそうだ」
「金ですか?」
「そうだ。武田は戦をするのに金が足りなかった。それを景勝から手に入れた。だが、この我らの歴史は違う方向に進んでいる。武田は中立ではない、景勝を立てる。そして、」
「そして?」
「上杉を従え北条も従える。従えば、だが」
「北条とは戦になります。すでに厩橋から北条軍がこちらに進んでいます」
「真田の情報か。早いな。情報も早いが北条も早い、氏邦が率いているのか。となると、」
「?」
遺言状は氏邦かもしれんな。勝頼は心の中で呟いた。
海津城。そこには馬場美濃守信春と武田信玄がいた。なんと武田対北条の川中島決戦になろうとしていた。




