誰が殺した?
上杉景虎が部屋に戻ると、そこに忍びが控えていました。甚内の弟子との連絡係の者で名を佐一といいます。
「軒猿はどうした?」
「頭は遺言状を追って行きました。川中島の方へ向かっているようです」
軒猿というのは甚内の一番弟子です。猿のように素早く木の上を飛び回るので名付けられました。景虎は遺言状がある事を軒猿から聞いて知っていました。勝頼が遺言状をどこかに送っていて今この春日山城に無い事も。
「なんとしても手に入れるのだ。どちらの名前が書いてあるのか、景勝であったならなんとかして書き換えねばならない」
遺言状を書いたのは昨日。勝頼が遺言状を送ったのが昨日の夕刻。謙信が殺されたのは昨日の夜中だ、つまり軒猿は遺言状を追っていったので謙信が死んだ時にはこの城にいない事になる。そう、景虎は謙信殺しを命じてはいなかった。
謙信を殺したのは誰か?俺でないとしたら一体?景勝とは思えなかった。景勝は同じ長尾家の人間だし殺す理由がない、俺と違って。
上杉景勝が部屋に戻ると樋口兼続が待っていました。幼少の頃から景勝に仕えている弟のような男です。
「殿。大変な事になったようで」
「何が何やらわからないというのが本音だ。そなたの知恵を借りたいと思っていた」
景勝はわかっている事を掻い摘んで兼続に説明した。兼続は次のように整理した。
・謙信公を殺したのは誰か?手練れの護衛も殺されていて朝まで誰も気がつかなかった→忍びの可能性
・謙信公を殺して得をするのは誰か?家督相続発表の前日に殺された→相続で得をするため。景虎?
・なぜ遺言状を残したのか?謙信公は殺される事を覚悟していた?誰に?
・武田勝頼が関わるのはなぜ?謙信公が呼んだのは本当か?
しばらく脳内で考えた後、兼続は
「殿。殿は家督を継ぐおつもりで?」
「無論だ。景虎殿が継げば上杉は北条家に乗っ取られる事になる。それはできない」
「わかりました。謙信公はどちらを選んだと思われますか?」
「わしだ。わし以外は考えられん」
兼続は安心した。謙信公を殺したのは景勝か景虎どちらかの手の者のはずだ。万が一それが景勝であったなら、味方はできなかった。今の景勝を見ればその可能性はない。とはいえ、いくら景虎とはいえ謙信に手をかけるとは思えない。そんなに悪い男には見えなかった。と、なると、
「外部の者の仕業でしょうか?殿、梟はどうしていますか?」
梟とは景勝についている忍びで死んだ甚内の二番弟子です。
「お呼びでしょうか?」
梟が兼続の後ろにふっと現れた。兼続は飛び上がって驚いた。
「おおい、心の臓に悪いであろう。ああ、驚いた。梟、謙信公を殺めたのは誰だ?」
「わかりません。ただ、軒猿ではありません。軒猿とはお互いに見張り合っておりましたので。上杉の手の者ではないと思います」
「そうか。だが甚内を物音を立てずに倒すとは普通ではない。手練れの忍びであろう」
「心当たりがございます」
兼続の目が見開かれた。軒猿ではないという事は景虎ではないという事か?その上で心当たりだと!?
「どこのどいつだ」
「風魔」
「聞いたことがない。どこの忍びだ?」
梟は風魔と言いました。箱根の山中を拠点とする忍び集団です。一般にはあまり知られていませんが忍びの間では変わった集団と言われています。
「恐らくは北条と組んでいると思われます。風魔は変わった術を使うと言われていますが詳細はわかりません。それがしは北条攻めの時に師匠と同行していて風魔の忍びと戦ったことがありますがやられる寸前でした。師匠に助けてもらわなければあの時命を落としていました」
「その風魔がお屋形様と甚内を!」
「風魔は変わった眠り薬を使います。師匠もだいぶ年を取られ勘が鈍くなったといっていました。恐らくは動きが鈍くなっていたところを狙われたと」
景勝は黙って2人の会話を聞いていましたが、ぼそっと
「証拠が欲しい。さすれば勝てる」
勝頼は穴山信君、徳、ゆず、はな、かな、ゼットの紅と旗本達を連れて馬に乗り善光寺へ向かっています。遺言状をおいかけてです。すでに馬場美濃守は海津城へ、真田信綱は善光寺へ戻していました。みんなでいても仕方がなかったこともありますが、なんとなくです。謙信の遺言状はゼットの錠と桃が先行して海津城へ運んでいる最中です。全速力で走っていましたが途中で真田兵と合流して進んでいます。善光寺で待機させていた真田からは善光寺から兵を出して途中何箇所かに兵を待機させていると連絡が来ていました。遺言状を運ぶなんて事は想定していませんが、春日山城で何が起きるかわからないので備えあれば憂いなしといったところでしょうか。錠達はその20名の兵と上手いこと途中で合流できました。鍛えている錠達ですが山道を全速力で移動するにも限界があります。なんとなくですが尾行されている気配も感じていました。移動速度は落ちますが護衛の兵がいるおかげで体力の回復もできますしこのまま善光寺まで辿り着ければ安泰です。
錠達を尾行していたのは景虎の忍び、そう、軒猿の配下です。頭の軒猿は遺言状の事を知り景虎に報告した後、配下の者に遺言状を見張らせていました。遺言状を持って城を出た者がいると知り、配下に尾行させたのです。軒猿自身が動くと景勝側の梟にばれてしまいます。ここは我慢でした。
ところが、謙信公が殺されてしまいました。手口は忍びです。ですが、甚内を倒せる程の忍びで心当たりがあるのは梟のみ、その梟は軒猿とお互いに見張り合いをしており犯人でない事は確かです。誰が謙信公を、と思いましたが謙信公が亡くなった今、春日山城にいるより遺言状を手に入れるべきとすぐさま配下を追いかけ始めました。
錠達の進み具合が遅くなった事もあり、軒猿は配下の者と合流できました。そして距離を置いてチャンスを伺い始めました。




