内輪揉め
氏邦はふてくされて部屋を出て行きました。勝頼は氏邦め、と思いながら穴山に
「俺が来る前はどんな話をしていたのだ?」
と聞いたところ、
「探りを入れてきました。武田はどっちにつくのかと」
と答えてニヤッと笑います。穴山を含め連れてきている重臣達には勝頼の考えは伝えています。どう転ぶかはまだわかりませんが。氏邦の発言はまあそうだろうな、というところです。氏政の指示は、早馬なら今日にも届くだろう。それを聞いて氏邦の態度がどう変わるかだ。北条はどう出る?
翌日、謙信からは音沙汰がなく景虎、景勝双方に会う事にしました。双方から面会の申し出がしつこいくらいにきていました。両方に会うのは中立である事をアピールするためでもあります。順序で悩みましたが年長の景虎から会う事にしました。
「!!! 」
部屋に入るとなぜか氏邦が同席しています。全くこいつらは! 勝頼は出来るだけ戦は避けたいと考えています。勝頼を見る氏邦の顔はなぜか自信に満ち溢れています。この1日で何があったのでしょう?北条の使者らしき者が氏邦を訪ねた事はわかっています。さて、氏政の指示は?
「景虎殿。氏邦殿がなぜここに?」
「我が兄でござる。同席しても問題はないでしょう」
「余は上杉謙信殿の見舞いに参ったのだ。その謙信殿は上杉家の後を余に任せると言っているが、断った。上杉の事は上杉内で決着をつけるべき。そうであろう、氏邦殿?」
氏邦は笑いながら、
「おっしゃる通りでございます。ですが、このままでは景虎殿と景勝殿で戦になりますぞ。その場合、武田殿はどうされるのです?」
「何もしない」
「なんと仰せられる?」
「何もしないと言ったのだ。上杉内で勝手にやれば良い。その上で武田に火の粉が飛ぶようなら全力で払いのける」
「身内で戦が起きるのを放って置かれるとおっしゃるのですか?」
「そうは言っていない。戦にならないように協力はする。だが、戦になったならあとは勝手にやれと言う事だ」
「北条家が景虎殿に味方すると言ったら?」
「謙信殿が景虎殿を跡取りにするのならそれで良し、景勝殿を選ばれるのなら武田は謙信殿の意志を尊重する」
北条氏邦は座り直し姿勢を整えた。そして、
「北条家が、いや北条氏康が三郎を上杉に養子に出したのは元々は武田様に対抗するためであった。ところが武田様は上杉、北条と同盟を結ばれた。そして父、氏康が死んだ時、三郎は一度小田原へ戻った。そこで当主である氏政はこう言った。三郎、いや上杉景虎殿。上杉を継ぐのだ、と」
「氏康公は立派なお方であった。その氏康公が申したのではなく、氏政殿が申したのだな。氏康公は武田と争うのを避けていたと思っていたが氏政殿には伝わっていないのか?氏邦殿、昨日小田原から使者が来ていたようだが氏政殿からではなかったか?」
「よくご存知で。ですが使者は兄上からのものではありませんでした。それ故に兄上の指示は景虎殿に家督を継いでもらう事でござる」
「そうか。使者が来たのは事実、だが氏政殿からではないと (おかしい小田原からの使者に間違いはないはずだが) 。では使者は何を伝えに来たのだ?」
「それは武田様には関係ない事でござる。北条家の事ゆえ申すまでもない事。武田様、北条にお味方していただけませんか?」
「おかしな事をいう。北条、上杉とは同盟を結んでおる。すでに味方であろう」
「景勝に味方すると?」
「余は今はまだ中立だ。だが、北条が上杉を乗っ取る気なのはわかった」
「武田様。北条にも水軍がありましてな、なにやら面白い事が起きたようで。こちらに関わっている時間はないのではありませんか?」
海で起きた事は陸ではわからない。北条水軍はある程度知っていると見た方が良さそうだ。
「北条もなかなかの情報網を持っているようだ。なに、大した事ではない。心配していただかなくても結構だ」
勝頼は景虎の部屋を出て一度あてがわられた自室へ戻りました。気に入らない、実に気に入らない。勝頼は錠を呼び、北条について調べるように指示をしました。特に昨日の使者についてです。小田原からの使者なのに氏政からではないとはどういう事なのか?それに氏政は何を考えている?
一通り部下に指示をした後、景勝の部屋に向かいました。今度は徳が一緒です。景勝の部屋に入ると、景勝と嫁に出した妹の菊がいた。
「兄上、お久しぶりでございます」
「菊ではないか、息災か?」
「はい!」
「これ、女が出しゃばるものではない。勝頼様に失礼であろう」
景勝が菊を叱った。この時代は女性は控えているのが普通です。武田家は里美が女武者だったり徳が色々やらかしたり女性が活躍していますがそれは特例なのです。
「景勝殿、妹が失礼した。昔からやんちゃでな、迷惑をかけていないかと心配しておったのだ」
「まあ、兄上ったら」
「これ、菊! さて勝頼様。もうお気付きだとは思いますが、景虎が北条と組んで家督を継ごうとしています。お助けいただきたい」
「気持ちはわかるが余は謙信殿の意志を尊重する」
「ですが父上はどちらかには決めないと仰っています」
「そう焦るな。そんなにすぐに逝ったりはせんよ」
その後、世間話をしてから勝頼は席を立った。そして徳を連れて謙信の部屋を訪れた。




