盛信暗躍
秀吉が帰った後、盛信は3日の間、自室にこもりました。その後は、織田信長の養女として嫁いできた雪姫との子、信高と遊び、美濃との国境を視察したり代わり映えのない日々を過ごしていました。その裏で、秀吉の忍びが暗躍していたのです。
ある日の夜、自室で書き物をしている盛信に屋根裏から声をかけてくる者がいました。
「盛信様、お話がございます」
「吉兵衛か。精がでるな、よく働く。だがな、まだ答えは出ていないぞ」
「そうでしょうとも。人生の一大事でござりますゆえ」
吉兵衛というのは秀吉が盛信の監視につけた忍びだった。秀吉は甲賀の忍者を使っています。なぜか?それは秀吉が甲賀の血を引いているからなのですがその話はまたどこかで書くとしましょう。今は盛信です。
「で、吉兵衛。話とはなんだ?」
「盛信様は駿河にある造船所をご存知で?」
そういうものがあるという事は聞いていた。それだけだ。それがどうした?
「武田軍は不思議な武器を使われるとか。毛利水軍が使う焙烙火矢を野戦で使ったと聞いております。それの大型の物が造船所で作られている船に装備されているらしいのですが、警戒が厳重で近寄れないのです」
「兄上は武田忍びと伊那の忍びを使っている。甲賀よりも強いという事か?」
「地の利というものがございます。武田忍びが甲賀へ入れないのと同じ事です」
吉兵衛が面白くなさそうに答えると盛信は、
「悪気はない、許せ。で、それと俺がなんの関係がある?」
「お市様がそこにいるとの噂があります。古府中から逃げ出したと」
盛信は亡くなった雪姫に似ているお市に恋心を抱いている。そういえばお市も勝頼に取られた。
「お市殿か。お美しいお方だ。だがすでに兄上のお手付きだ。今更……… 待て。逃げ出したとはどういう事だ?」
「そこまでは。厳重に口止めがされているようでして。そのお市様が造船所にいるそうでございます。それはともかく、武田水軍が毛利にとってどのくらいの敵なのかを知りたいのです」
「船か。兄上は突拍子も無い事を行い父上に認められた。川中島で武田が勝ったのも兄上のおかげだという。その船も不思議な船だろうとは思うが、武田は水軍を持っていなかった。今川の連中を水軍にしただけだ。大した事は出来ないだろう」
「そうでしょうか?秀吉様は勝頼を恐れております。いずれ天下を獲りにいく時に最大の敵になるだろうと。ですので盛信様にはお味方になっていただきたいのです。それでですが、船を手土産に毛利へ来ていただけませんか?手筈はこちらで整えますので」
「前にも言ったが俺は武田信玄の子だ。父上に弓引く事は出来ん」
「太郎義信様は弓を引かれました。信玄公もお父上に弓を引きました。武田家では珍しい事でありませんよ。今日はこれで失礼いたします。よくお考えを」
盛信は密かに古府中の様子を探ってみた。確かにお市は娘を置いたまま行方不明になっていた。吉兵衛はたまに現れては世間話とともに情報を置いていく。そして織田信長が鉄の船を作っている話をし、毛利水軍が負ける事もありえるという。
「武田の船はなんと言ったか、そう、戦艦富士と駿河だ。戦艦と言うのだからそれなりであろう。織田の船よりもすごいのではないか?」
「盛信様なら造船所に近づけます。お市様とともに船毎毛利へ、いえ、秀吉様の元へお越しくださいませ」
「まだ俺は決めていない」
「迷っておられる?」
「迷いなどするものか」
「もう決めておられるのでは?このまま一家臣として過ごされるのも良いでしょう。武田には馬場、山県、真田達優秀な重臣が威張っていますので盛信様には大きな出番は来ないでしょうし、それも人生。ですが男として何かを成し遂げるなら秀吉様にお味方すべきです。武田盛信様ならきっと成し遂げると信じております」
「うまいことをいう。だが、俺には実績がないぞ。そんな俺を秀吉はなんでそこまでしてほしがるのだ?」
「私は秀吉様に盛信様との会話を全て報告しております。また、秀吉様もここにおいでになり直接お話をした時に、さすがは武田信玄の子だ、と感服しておられました。実績がないのは活躍の場を与えられていないからであって、それで評価すべき事ではないと。秀吉様にお味方していただければ、活躍の場を与えられ実績を上げられれば勝頼亡き後、真の武田家跡取りとして甲斐に戻れましょう」
「わかった。実はもう決めておったのだ。きっかけが欲しかった」
「では、手筈通りに」
盛信は100の手勢でこっそり飛騨を抜け出し、駿河へ向かった。途中5人グループに分けて目立たないように工夫をした。息子の信高も連れてきている。駿河に入り、焼津の海岸で全員集合した後、海沿いに大崩に向かった。
途中検問があったが、
「仁科盛信である。お屋形様の命令で造船所に行く、通せ」
というと、流石に親戚衆、しかも盛信という事もありそのまま検問を通る事ができた。途中、木の上に監視役もいたが何事もなく造船所についた。造船所のさらに奥には秘密の研究所がある。だがその存在を盛信は知らない。
「船を見せてくれ。それとここにお市様がいると聞いたのだが?」




