敵は本能寺にあり
近衛前久は大満足でした。初めて食べる美味い料理に美女の歌と踊り、まるで竜宮城に来たような気分です。機嫌がいいのを見た勝頼は、
「近衛様。近衛様は上杉謙信公と懇意と聞いております。この勝頼も謙信殿とは親しくさせていただいており、武田、上杉、北条の三国同盟により、関東の平和は守られております」
近衛前久は、以前関東の争いを終わらせようとしばらく関東に滞在していたことがある。まずはご機嫌取り兼、自己アピールから入った。
「関東が収まった事は本当に嬉しい。上杉殿から聞いたが、勝頼殿は不思議な武器を使うという。しかもあの謙信公がベタ褒めであった。天下を治めるのは織田ではなく武田勝頼だと申しておった。あの上杉謙信がだぞ。ありえない事だ。その武田勝頼がどんな男か、麿は今日を楽しみにしていたのだ」
「上杉殿は話を誇張しておられるようです。ところで近衛様から見て公方様の今回の招集はどうご覧になられましたか?」
「あの男は何がしたかったのであろうか?集まった大名は皆、そう思ったであろう。麿が思うに、足利義昭は力を欲していた。ただそれだけだと思う。あの男も不憫ではある。足利義輝が死んだ後、突然に担ぎ上げられた。本人は一生寺で住職をするつもりであったろうに。それがいきなり将軍だ、それも名前だけの」
「近衛様は明智十兵衛という男をご存知ではありませんか?」
「知っておる。幕臣だが、内に秘めたる物を持っていそうな男だ。麿は十兵衛が義昭を担ぎ上げたと思っておる」
「何のためにでございましょう?」
「出世。聞けば十兵衛は斎藤道三の配下だったという。道三死後、浪人になり家族に苦労をかけたそうだ。そんな輩はごまんといるが、志高く幕臣にまで成り上がったのだから大したものだ。足利義昭はいい獲物であったのだろう」
「獲物、でございますか?」
「そうだ。成り上がるきっかけとしてはこの上ない条件だ。部下のいない頼れるものがいない将軍に、顔が広く知識もある十兵衛は頼りになるように見えたであろう。家臣になるといえば喜んで受け入れたのではないか?」
「随分と明智十兵衛を警戒しておられるようですが、何か気になる事でも?」
「あの男の考えている事が分からん。何をしようとしているのか、何がしたいのかだ」
「それはそれがしもそう思います。頭がいいようで、変な事をする。わざとやっているのだとしたら恐ろしい事です。公方様の行動を止めるべきところもわざと止めずにやらせているとしか思えない時もあります。今回の大名招集も、十兵衛は止めなかった。止められなかったのではなく、止めなかったのではないでしょうか?」
「勝頼殿は人を良く見ておられるようだ。上杉謙信が惚れ込むわけだな」
「上杉殿には教わる事も多く、今後もいい関係を続けられればと思っております」
「謙信殿の跡取りの事が心配でな。昨日もその話をしたのだが、勝頼に任せてあると言っておった。どういう意味だ?」
「そんな事を。実は………… 」
勝頼は謙信と話した事を説明した。跡取りを決めない理由、そして勝頼に託した意味を。
「そういう考え方もあるのか。さすがは上杉謙信!日ノ本広しといえども謙信ほどの男はいないであろう」
「そう言いますが、託された方の身にもなってください。戦にならない方法はないかと悩んでいるのですから」
「戦か。半年後、織田は戦を仕掛けるのであろうな。まずは朝倉、そして毛利か。だがそれには東を抑えねばならないだろう。勝頼殿が織田を攻めればどうなる?」
「それがしは戦が嫌いなのです。戦にならずに解決できればいいと考えておりますが上手くいきません。この世から戦を無くすにはどうしたらいいか、その答えは、やはり一番強くなるしかなさそうです。矛盾していますが何度考えてもそういう結論になってしまいます。ただ、敵を皆、殺してしまってはその土地を治める者がいなくなってしまいます。大将だけを殺して、残りを配下にする。織田を攻めるという事は織田信長を殺す事になります。あの男は誰かの下に付く事を選ばないでしょうから。ですがそれが日ノ本から戦を無くす近道なのかどうかがわかりません」
そこに信玄が割り込んできました。
「近衛様。武田信玄でございます。勝頼は未来を見ているのです。それがしは戦戦の毎日で領地を広げる事しか考えていませんでした。それが領民や部下の生活を豊かにする事だと信じていたのです。今でもそれは間違ってはいないと思っています。ですが、勝頼の戦い方は何か違う、そこに謙信めも惹かれたのでしょう。武田と上杉が結ぶなど、それがしがお屋形であったら実現はしなかったのです」
確かにそうであろう。この勝頼という男が戦国を終わらせてくれるかも知れん。近衛は黙ってソーセージを食べながら考えています。
「ところで近衛様。本願寺へ秀吉が現れたそうですが、あの男は今どこにいるかご存知ではないですか?」
「秀吉か。あれも曲者だ。あれなら今は毛利に仕えていると言っておった。本願寺顕如へ一緒に信長を攻めようとけしかけていたぞ」
毛利か。やっぱり西へ行ったんだな。と、その時、外で物音がして慌てて吾郎が入ってきました。
「どうした吾郎?お前はお市を探しに行っていたのではなかったか?」
「お屋形様。敵襲です。野党の群れがここを襲おうとしています」
ちょうどその時、本能寺の前に集まった兵300、槍、刀、弓で武装した集団が本能寺へ突入しようと準備していました。大将と思われる男が呟きます。
「敵は本能寺にあり!」




