謙信の思惑と予期せぬ出会い
上杉謙信は上杉家の未来を勝頼に託しています。織田信長が副将軍で世の中が収まるとは思えません。謙信は確信していました。勝頼こそが天下の覇者になるべきだと。先程までの勝頼との問答はここにいつ曲者だらけの大名達に勝頼という男を見せたかったのです。上杉と武田が組んで勝てる大名がいるでしょうか?
否!
今のこの2人が組んだら誰も勝てないでしょう。問題は謙信が死んだ後のことです。その時に織田が副将軍だと何が起きるかわかりません。
謙信の思惑はともかく、義昭の命令に謙信が逆らったのをキッカケに各大名も好き勝手に意見を言いはじめました。
「官位をいただけるのはありがたいが、官位を餌にするとは底が浅いわ!」
「副将軍とはなんぞや?どのようなお役目なのだ?」
「なぜ織田信長なのだ?尾張のうつけ者風情が!」
最後に怒鳴ったのは朝倉義景です。朝倉義景はこの間まで織田信長と戦をしていました。納得する訳もありません。足利義昭や明智十兵衛の面倒を見ていたのは朝倉義景です。その朝倉を将軍は軽く見ています。恩を仇で返す将軍に敬う価値などあるものか!
「ご一同、お静かに願いたい。公方様の御前である」
声を張り上げたのは織田信長です。信長は話続けます。
「まずはこの織田信長、副将軍は辞退いたします」
焦ったのは足利義昭と明智十兵衛です。事前の打ち合わせではここで信長が副将軍を受けることになっていました。その時伝令が十兵衛のところにきて、十兵衛は慌てて外へ出て行きます。
「信長殿。なぜじゃ?副将軍となって余を支えてはもらえないだろうか?ここにいる大名も皆、過去において足利将軍の恩恵を得て今があるはず。この戦乱の世を終わらせて平和な世の中を作るにはそこもとらの協力が必要なのだ」
「今日この場において、この織田信長を副将軍と認める者はいない。名ばかりの副将軍など何の意味もない。公方様。公方様も同じ事、名前だけの将軍にすぎない事をお判りか?」
それを言ってはいけないよ、勝頼はこりゃなるようにしかならないと信長がどうするのかを黙って見ることにした。後ろを振り返ると信玄が真っ赤になって怒っている。信玄は考え方が古いところが未だに多いのです。
足利義昭は手を握りしめてブルブルと震わせながら、
「無礼者!余は足利義昭である。足利尊氏公から数えて15代目の将軍である。余に従うのが大名の勤め。それが天下の理りである」
「それでは公方様にお伺いしたい。将軍のお力で戦が無くなったか?今のこの戦国の世にどうしてなった?足利将軍が腑抜けだからでなないのか?ここに織田信長は宣言する。足利将軍を退け、この織田信長が天下を治める。大名方、従うならば良し、従わぬなら力で言うことを聞かせよう!」
信玄はさらに真っ赤になっている。勝頼は父上、冷静に、と呟いています。その時、廊下で大きな足音が響きました。だれか来たようです。
入ってきたのは明智十兵衛でした。
「前の関白様がお見えです」
近衛前久、ついこの間まで天皇を補佐する関白の地位にいました。現在は織田信長によって京から追放されています。これは足利義昭の命令によるもので、近衛前久が義昭の兄、義輝殺害に関わっていたと疑っていたからです。近衛前久は上杉謙信とは縁が深く、以前謙信が上洛し関東管領に任じられたのもこの近衛前久の戦略でした。当時は織田信長の台頭はなく、腐敗した足利幕府を謙信の手によって復興させようとしていたのです。関東制圧後、上洛の暁には…………、と言う下話もありました。ところが、謙信は信玄によってなかなか上洛出来ず、その間に織田信長が出てきました。関白も解任されいいところがありません。ですので近衛前久は足利義昭を良くは思っていません。
近衛前久と一緒に現れたのは菊亭晴季でした。菊亭晴季は武田信虎の末娘、つまり信玄の妹と結婚しています。勝頼から見て叔父にあたります。今の近衛前久には権力はありません。それ故に菊亭晴季を連れてきたのでしょうか?
各大名が勝手な事ばかり言い合っていたさなか、公家の親玉クラスが突然現れました。これは計画外で十兵衛は焦っています。
「近衛様と菊亭様はこの集まりがある事を聞いて駆けつけたとの事でございます。別室で待機をお願いいたしましたが皆様のお顔が見たいと仰せられお連れいたしました」
十兵衛は俺は悪くないもーん、と言い訳モードですが内心というか頭の中では脳みそフル回転中です。近衛前久は京からどこへ行っていたのだったか?そうだ、石山本願寺!
各大名達は目まぐるしく変わる展開について行けず静観しています、というより単純に思考が追いついていません。そんな中、近衛前久は
「近衛前久である。途中、話が聞こえたが副将軍がどうとか。ご一同が賛同され戦が無くなるのであれば素晴らしい事と思う」
「お初にお目にかかります。菊亭晴季と申します。このように皆様がお集まりになる機会などそうそうあるものではございませんゆえ、お邪魔させていただいております。天下が収まり、民が落ち着いて暮らせるよう皆様がお勤めなさいます事をお願いいたします」




