戦闘モード
十兵衛と別れて謙信の部屋に行くと何やら賑やかです。
「武田勝頼でござる。連れを迎えに、うわぁお!」
目の前に扇子が飛んできました。片手で受け止めて部屋に入ると、ゆづが、
「あ、お屋形様。申し訳ありません。扇子が飛んでしまいました」
「何をやってるんだ」
「稽古よ!謙ちゃんがここで稽古していけっていうので甘えてまあす」
徳が悪びれずに猫なで声で言ってきたのでつい怖い顔をすると、
「勝頼、すまんすまん。余が徳の歌を聞きたくてな、無理を言ったのだ。勘弁してやってくれ」
「上杉殿がそういうのでしたら仕方ありませんが。ですが上杉殿、徳を甘やかしすぎではありませんか?気安く謙ちゃんなどと失礼千万!」
「うーむ、勝頼。お主はまだ若いな、歳を取ると丸くなるというが、不思議と余は腹が立たん。徳でなければ切腹モノだが。それは徳の甲斐性というもの。いいところを伸ばすのも主君の勤めではないか?それが分からん勝頼でもあるまい。そうだ、なんなら徳をくれぬか?」
「あげません。徳はそれがしの宝ゆえ」
それを聞いた徳とゆづがハイタッチをしている。謙信もにやけている。あれ?なにこれ?もしかしてはめられたのか、こいつらに?謙信もグルだと!どういうこっちゃ!? ムカついたが冷静に、
「上杉殿。戯れはそれくらいにして先ほど明智十兵衛が席次で悩んでおったので円陣を提案してきました」
「そうか、あやつめ悩んでおったか。余も少しからかってやったのだ。円陣とは面白い。信玄はどうするのだ?」
「当主のみのようですので円陣の外側にでも座らせます。両上座を父上とそれがしでと思ったのですが目立ちすぎますし」
「それは喧嘩を売っているのと同じだな。あやつをからかった余がいうのもなんだが今回は喧嘩をしにきたわけではない。公方の招集に従っただけだ。この会合の後、いや結果で日ノ本は大きく変わる。そういえば、伊達や最上もきているそうだ。東北へ向かうには避けられない相手だが、どんなやつか見るだけでも損はない。勝頼は当主では一番若いのではないか?舐められぬようにな。父親を連れてる甘ちゃんと思われるぞ」
「そう思わせるのもいいかもですね。信玄がいないと何もできない小僧とでも思ってもらうと得もありそうです」
「嘘をつけ。天下に武田ありと知らしめるつもりだろう?」
「それは成り行き次第。ところで徳の稽古はもういいのですか?ぼちぼち仕度をしないと。徳、我らの部屋に戻るぞ」
「わかりました。上杉様、どうもありがとうございました」
「謙ちゃんでいいぞ。今日は良いものを見せてもらった。また機会があれば頼む」
「かしこまりました。ゆづ、はな、かな、行きますよ」
皆は部屋に戻りました。謙信は、改めて上杉家の行く末を思います。子がいない謙信は養子を取りました。同盟のために北条から人質として取った氏康の子である景虎に上杉を継がせるつもりは毛頭ありません。といって景勝に継がせて景虎を北条へ返せば同盟は崩れます。北条と同盟を結んでいる勝頼はその時にどっちにつくのか?
謙信はあえて跡取りを決めませんでした。ですがこの会合次第では考え方を変えなければいけなくなるかもしれません。
「まずは会合次第。これは戦だ」
時が近づいて各大名がぞろぞろと大広間に集結しています。入り口には明智十兵衛がいて、席の意味を話しています。
「上下はございません。お好きなところへお座り下さい。公方様を中心にしての円陣隊形になります」
勝頼も信玄とともに部屋に入りました。勝頼は空いている席に座り、その後ろに信玄が座りました。傍目には本当に息子を心配して付いてきた親のように見えます。勝頼の右隣には伊達輝宗が座り、左隣は毛利輝元が座っています。誰も会話をしていません。情報共有の場ではないのです。誰から見ても、敵の大将が勢ぞろい状態、ここで刀を抜いて全員切り殺せば天下は俺の物…………とはいきません。最後は孤立無援になるだけです。強者揃いですので、簡単に殺せもしませんのでそれは誰も考えていません。
謙信が入ってきて勝頼の対面に座りました。さっきとは別人のように大きく見えます。戦闘モードとでもいうのか、オーラが人一倍大きいのです。隣に座った最上義光は完全にビビっています。最上義光は勝頼と同い年、家督を継いだばかりで家内がまとまっていません。そのゴタゴタに親戚筋の伊達輝宗が割り込んできてなんとか伊達を切り離そうとしている時の大名招集でした。最初は参加するつもりはなかったのですが、伊達輝宗が行くと聞いて仕方なく参加しています。
足利義昭が織田信長を先導に部屋に入ってきました。義昭が中央の席に座り、信長は空いていた最後の席に座りました。義昭は皆に、
「大儀である。面をあげい」
と言って皆が顔を上げたので一人一人の顔を確かめます。ほとんどが初対面で誰が誰なのかわかりませんが、オーラが大きいのが数名います。
「足利義昭である。初対面の者もいるのでまずは一言づつ名乗ってくれ。そうだな、勝頼殿からお願いしよう」
「承知。武田勝頼でござる」
勝頼の後ろに座る坊主から出ているオーラが一番大きい。あれが武田信玄かと誰もが思った。皆の興味は勝頼ではなく信玄にあった。




