秀吉の行方
織田信長は他の大名よりも早く京へ入りました。そしていきなり木下秀吉を放免したのです。
「と、殿。それがしが何かしでかしましたでしょうか?このように放免されるなどというような覚えはありませぬ。お考え直しをお願い申し上げ奉りまする」
「口説い!ならば言おう。長政を手にかけたであろう」
「長政?浅井長政の事でございましょうか?それならばご報告いたしましたように近江の国衆に襲われたのだございます」
「ほう、見ておった者がいるのだがな」
「そのような者の言うことなどあてにはなりませぬ」
「猿、そういえば岐阜城の床下にお主の忍びが死んでおったのだが、何を調べていた?」
戻ってこないとは思ってはいたがそんなところで死んでおったのか!秀吉は動揺を隠しながら、
「そのような者は知りませぬ。それがしが殿の話を盗み聞きなどする意味がありませぬ」
「そうか。盗み聞きをしていたのか?」
「違います、違いますぞ殿。床下で死んでいたと聞いたので盗み聞きが目的と思っただけでございます。それがしの手配ではありません」
「余の忍びがお前の忍びだと言っていたのだが、それでも違うと?」
「それがしの知らぬところで起きた事にございます」
秀吉はとことんしらばっくれた。信長は呆れた結果、切腹ではなく放免を選んだのです。これは明智十兵衛との約束でした。信長の家臣になるのなら秀吉を罷免しろというのが条件だったのです。十兵衛にとって秀吉は危険な存在でした。邪魔者は排除するのが勝利への鉄則です。その秀吉は京から追い出されどこかへ消えて行きました。その一週間後、お市は京に到着しましたが秀吉を発見する事は出来ませんでした。途方に暮れたお市は京にある勝頼の祖父、武田信虎を頼りました。
武田信虎。まだ生きていました。信玄によって家を追い出され、今川の元で隠居生活。今川が滅んだ後は、信玄に言って京に武田屋敷を作らせそこで悠々自適、ではなく、現在はなんと幕臣になっています。信虎は上洛経験があり、足利将軍の元で働く事に喜びを感じていました。役職は明智十兵衛と同格ですが、足利義昭は信虎を重んじています。戦上手の信虎をです。ただ、義昭は信虎を表舞台では使いませんでした。織田信長を頼っている以上、武田を使っている事は隠しておきたかったのです。義昭は十兵衛ほど信長を信用してませんでした。武田、上杉、毛利、他の大名も当てにしたかったのです。
信虎の存在は十兵衛、秀吉でさえ知りません。信虎はここでは佐々木信綱と名乗っていました。同じ源氏の佐々木姓を使っていたのです。なので、十兵衛にしろ秀吉にしろ、義昭が雇った物知りの老人という認識しかありませんでした。信虎こと佐々木は、諸国の情報をよく知っており義昭の話し相手になっていたのです。
お市は勝頼から祖父が京で健在であり、資金援助をしていると寝物語に聞かされていたので、ふと頼る事を思いついたのです。信虎はお市から事情を聞き、とりあえず匿いました。そして自らの調査網で秀吉の行方を探り始めました。お市の要望でここにお市がいる事は信玄や勝頼には知らせていません。信虎はこの歳になって、信玄や勝頼に知らせずに事を進める事が楽しいのです。
「お市殿。京にはそなたの兄上も来ておる。外出は控えてくれ。不自由はさせぬからな。そなたに何かあっては勝頼に顔向けが出来ぬ。まだ勝頼には会った事がないのだよ、この爺は」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。秀吉が見つかれば直ぐに出て行きますので」
「信玄も勝頼も上洛してくるそうだ。ここには来ないよう伝えてはある。幕臣の佐々木家に武田が知り合いではおかしかろう。どこか寺ででも落ち合うつもりだ。だから焦らずに長居して良いぞ。孫の嫁なのだから遠慮はいらん」
武田信虎。暴君だったこの男も歳を取って丸くなったようです。孫の嫁にデレデレしています。
さてそれはさておき、大名達が徐々に京へ集結してきました。四国からは長宗我部元親が明智十兵衛に説得されての上洛です。そして九州から大友宗麟が、毛利の領地を抜けて現れました。長宗我部も大友も毛利と争っていますが今回は休戦となっています。
そして毛利輝元が到着しました。輝元の輝の字は、足利義輝から貰ったもので毛利は将軍家に対して悪くは思っていません。それ故に休戦しています。他の大名が自領を通過するときに護衛までつける気の使いようです。そんな毛利輝元が到着するやいなや、織田信長に面会を求めました。
「織田殿。毛利を攻めるという噂が流れておるが真意を聞きに来た。公方様のお言葉を聞く前に本心を聞いておかねばな」
「ふん、そのような噂を気にするとは毛利も大した事はないな」
「織田殿もそんなつまらん駆け引きをするようでは思っていたより小さい男だな」
「なんだと!良かろう、答えてやる。今は西といっても毛利までは手が出んよ。いずれはわからん」
「正直だな。答えてくれた礼ではないが、木下秀吉という男を知っているであろう。そいつは今、うちにいるぞ」




