十兵衛の野望
十兵衛は足利義昭の元へ戻るなり面会を申し出ました。京の護衛は木下秀吉が担当しているからか治安は以前より良くなってきています。待機室で待っていると予想通り現れました。そうです、あの男が。
「これは十兵衛殿。急な出立でござったが殿のところでござるかな?それがしは戦にも出られずこの京でのーんびりしておりました。何か殿から言付けでも?」
「木下殿。公方様の手紙を信長様へ届けて参りました。信長様から特に木下殿へは、ああ、そうでした。しっかりと励めよとおっしゃっておられました」
「励めと?今のそれがしのお役目は公方様の世話係のような物です。それを励めと?殿のお考えになる事はこの秀吉めにはわかりかねます。それで明智殿は今日はなんのご用で?」
「信長様からの回答をお届けに参りました」
「それはそれは大変なお役目でございますな。それで殿はなんと?」
「公方様へのお話でございますので」
「それがしには言えんと。明智殿はヒソヒソ話がお好きなようですな。それでは失礼します」
やっぱり聞かれていたか。部屋を変えて正解だな。この男は早く排除しなくてはだが信長は返事を保留した。能力はあるから捨てがたいというところであろうが、こいつは危険だ。
十兵衛は足利義昭に戦が止まった事を報告しています。
「織田信長様は公方様のお考えを理解された様子。大名集結に賛同しておられました」
「そうか。でかしたぞ十兵衛。さすがは十兵衛だ。これで朝倉にも浅井にも顔が立つというものだ」
「公方様。ですが織田信長様の苦しい立場もご理解ください。戦を途中でやめるのは大変な事ですので。それと大名集結の最も難解な課題はどうやって安全を保証するかです。敵国を通らねば京まで来る事は出来ません」
「余の名前で一時休戦規定を結ばせよう。これでどうじゃ?」
「…………、公方様。公方様のお名前には確かに価値がございます。ですがそれだけでは」
「ダメか?ならばどうする?」
「もし他国の大名が通過中に何かあれば国賊として罰すると御触れを出すのです。それと、この京での安全も確保しなければなりません」
「それは、あの秀吉とかいう者がやるであろう」
「お忘れですか?あの男の正体を!」
「そうだが、あの男を見ているとそう悪い奴には見えんのだ。忠義を尽くしてくれておるぞ」
十兵衛は呆れた。義昭は人が良すぎるのです。こんな男に将軍が勤まるわけがない。担ぐ相手を変えて正解だと改めて思いながら、
「京の治安はそれがしが担当いたします。将軍家の家臣として大名を向かい入れましょう」
「そなたに任す」
この会話も秀吉に筒抜けになるであろう、わしが秀吉を嫌っている事も。
十兵衛の予想通り、床下には秀吉忍びが潜んで聞き耳を立てていました。岐阜城で信長との会話を盗み聞きした手練れの忍びです。
「お忘れですか?あの男の正体を!」
十兵衛の声が聞こえました。あの男とは秀吉の事でしょう。将軍と明智は何かを知っているようです。忍びは引き続き会話に集中しています。そこを、
「うっ!」
毒の吹き矢が喉に刺さりそのまま息絶えました。そして忍びを殺した男は同じように聞き耳を立てています。そして会話が終わると何事も無かったように立ち去っていきました。
3ヶ月後、勝頼は久し振りに古府中へ戻りました。将軍家から大名集合の命令が出ました。元亀2年6月11日に二条御所へ集合しろだそうです。各大名は他の大名が領地を通る時の安全確保も命じられています。足利義昭の手紙には徳も連れて来てくれと書いてあり、勝頼は頭を抱えています。
集合までは3ヶ月ありますが、甲斐からでは結構な時間がかかりますのでさほど余裕はありません。時間がないのに甲斐まで戻ったのは本多忠勝の家族が人質で来ていたのを見届けるため、というのは口実で、信勝、信平の顔を見たかったのです。古府中に着くと、
「彩、信勝はどこだ?」
「お帰りなさいませ。いきなりですね、私はどうでもいいのですか?」
「そうは言っておらんだろう。彩にはいつも感謝している。よく出来た嫁で嬉しい限りだ」
「まあ嬉しゅうございます。信勝なら隣の部屋で茶々と遊んでいますよ。信平も一緒です」
「子供同士仲が良いのはいい事だ。お市はいないのか?」
「ご存知ありませんでしたか?徳さんが連れ出して戻ってきておりません」
「???、どういう事だ?」
彩はお市が精神的に参っていた事、それを徳に話ししたら気分転換に連れ出して行った事を説明しました。
「いつの話だ?」
「一月ほど前の事です。すぐに戻ると思っていたのですが一向に」
何やってんだあいつ?あっ、徳も京へ連れて行くんだった。不味くない、これ?
「お屋形様。織田掃部様がお見えです」
えっ、またなんでこのタイミングで来るのよ。見張られてるって事だよね。どうやら織田信長は真剣に勝頼を探っているようです。
「これは掃部殿、久しいの?さっき古府中へ着いたばかりだというのにお主も運がいい」
「さようでございますか?普段の行いですかな。さて、勝頼様。織田信長様からの伝言をお持ちいたしました」
「伝言ですか。お聞きしましょう」
「お伝えいたします。京へお市を連れてこい との事でございます」




