第十六章 記憶の彼方
これで4巻分の投稿は終わりです。
5巻はまだ発行できそうにないので、しばらく投稿は止まりそうです。
その間、活動報告に書いていますように、新しい小説を投稿していきたいなと思っています。学園もののコメディでほのぼのな憑依ものになる予定です。どうかよろしくお願いします(>_<)
思い出すのは星空の下に揺れる黄緑色の髪。
耳をくすぐる笑い声。
くるくるとよく動く表情。
誰よりも大切な存在で、誰よりもそばにいたいと思っていた。
「私も・・・・・一緒に行っていい?」
月明かりの下、瞳と共に、黄緑色の少女の手は微かに震えていた。
「えっ?」
スカイブルーの少年が戸惑ったように目を丸くする。
「今までもそうだったみたいに、私、これからも・・・・・ずっと、ソディの横にずっと歩けたらいいな、って思ってるんだ・・・・・」
少女は、大きな瞳を潤ませてうつむく。
「・・・・・駄目かな?」
ソディと呼ばれた少年はゆっくりと息を吸い、そして微笑んだ。
「駄目なわけ、ないだろう」
黄緑色の髪の少女はぱあっと顔を輝かせた。まるで星のように――月のように。
「一緒に行こう。 これからもずっと、この世界を一緒に冒険しよう」
「・・・・・うん」
「・・・・・これからもずっとな」
ソディは陽光を浴びた大木を見上げて一人、そうつぶやいた。
あの時、君に出会えたことが運命だとしても。
もう二度と会えない運命だとしても。
ルーンと会いたいと思っているから・・・・・。
ルーンにもう一度会いたいから・・・・・。
また、巡り合える。
きっと・・・・・。
それは願いだった。決して叶わないかもしれない――だが、叶うと信じているソディとルーン、二人だけの祈りだった。
その時、リンフィ王国の歴史上、最も暗い一日が始まった。
空は逆巻き、急速に黒く染まっていった。
見渡す限り、厚い雲に覆われ、夜のように真っ暗になった。
時折、雲の中に稲妻が走り、青白く光る。
体を揺さぶる振動がますます大きくなる。
「何事だ?」
国王が鋭い声を上げる。
「陛下!」
その声に応えて、幾人の兵士達が駆けつけてきた。
国王は再び、同じ疑問を口にした。
「何事だ?」
「それが何者かがこの城を攻撃しているらしいのです」「そんなの、インフェルスフィアの連中に決まっているわよ!」
テレフタレートが突っ込むが、国王は無視して話を続けさせた。
「インフェルスフィアの者どもか?」
「はい、恐らく。 ですが、それだけではありません。 ダオジス=ロイド=ルイヤも、この城の城門の前に現れて彼らと交戦中とのご報告が入っております」
「なに!?」
「どういうことなんだ?」
レシオンの問いに、国王は質問で返した。
「これはそなたらの仕業か?」
「そんなわけないでしょうが!」
冷静に尋ねる国王に、テレフタレートがむっとした顔のまま、食ってかかった。
「・・・・・もしかして、この城にあるという『海の秘宝』を狙ってきたのか・・・・・!」
ソーシャルは自分の剣の柄をじっと見つめた。
もしかしたら、このまま、インフェルスフィア達だけではなく、ダオジス達とも戦わなくてはならないかもしれない。
いくらこのリンフィ王国が結界によって護られているとはいえ、彼らの攻撃にどれくらい耐えられるかは分からなかった。
視線を転じて、ファティに向かって声をかける。
「・・・・・ファティさん達は、オルファスさんと連絡を取る方法とかは知りませんか?」
「つ、ついに私が活躍する時がきたですね!」
「・・・・・大丈夫かよ」
自信満々で告げるファティに、メイルは疲れ果てたように溜息をつく。
「大丈夫です! ずばり、オルファスさんと連絡を取り合うためには、この糸電話を使えばいいのです!」
やっぱりか・・・・・。
分かりきっていたこととはいえ、メイルは落胆した。
そんなわけないだろうが・・・・・。
だけど、当のファティは、糸電話を取り出し、喜々として叫んでいた。
「見て下さいです! こうして糸を伸ばしたら、不思議なことに向こうの声が聞こえてくるのですよ! すごいのです!」
「ふっ、読みが甘いな。 ファティ様」
「えっ・・・・・?」
突如、エレジタットにそう言われて、意外なところを突かれた、という顔をファティはした。
かくして、エレジタットは言った。
「糸電話では、遠くにいるオルファスの元には届かない・・・・・。 これは、近くにいる人用だ!」
「・・・・・あ、ああっ」
エレジタットの力強い言葉に、ファティはよろめいた。
「・・・・・つまり――!!」
ビシリ!! と指差し、エレジタットは言った。
「遠くの人と連絡を取り合うためには、このエレジタット様特製、双眼鏡が必要だということだ!!!!」
どーん、と効果音が聞こえそうなくらい、痛烈な一言だった。
そしてさらに恐ろしいことは、ファティの言い分もエレジタットの言い分もどちらも正しくはなかったことだ。
エレジタットに突きつけられた痛烈な言葉に、ファティは顔を白黒させた。
がくっ! とファティは、地面に両手を突き崩れ落ちた。
「そっ、そうだったのですかっっ!?」
「・・・・・いや、どちらでも無理ですって」
呆れたように、レシオンは頭を抱えた。
「あんた達、もう少し、危機感、持ちなさいよっ――!!!」
テレフタレートは怒りのあまり、地団駄を踏んで叫んだ。
確かにそうだよな。
と、レシオンは思った。
あのインフェルスフィア達だけではなく、ダオジス達まで攻めてこようとしている。
それなのに、こちらには戦いのとなるオルファスさんがいない。
これって、かなりやばい気がする。
「どうみても、大ピンチでしょうが!!」
「そうは言われても、ここから出られないしな」
「ああ」
テレフタレートの言葉に、レシオンとソーシャルが相次いで言った。
当然、テレフタレートが肩を怒らせて反論する。
「だったら、ここからさっさと出しなさいよ! って、あれ?」
「あの―、テレフタレートさん、もういないみたいですよ」
ファティの突っ込みに、テレフタレートはハッとした。
いつのまにか、国王だけではなく、他の兵士達も姿を消していたのだ。
「あっ! あいつら、いつのまに!?」
テレフタレートは、むくれた顔のまま、不本意だと言わんばかりに噛みついた。
「・・・・・いや、それよりも、これでもうここから完全に逃げられなくなったってことじゃ・・・・・」
レシオンは国王達がいなくなったそのものよりも、別のことが気がかりだった。
「その点なら、心配はいらないぞ」
エレジタットが溜息をつき、やれやれといった感じで首を振った。
「どういうことですか?」
「これは、ついに俺様の出番がきたということだ!」
エレジタットは興奮を抑えきれずにレシオンに言った。
「だから、どういうことですか?」
レシオンはさっきと同じ疑問を口にした。
「・・・・・つまりだな――」
「つまり、何よ?」
エレジタットの台詞を、テレフタレートは不愉快そうにつぶやく。
「俺の『邪魔者を排除する能力』を使えばここから逃げ出せるということだ!」
「・・・・・『邪魔者を排除する能力』? あっ! あの役に立たない能力ですよね? でも、あれを使っても、ここからは出られないってさっき自分で言っていたと思うんですけれど・・・・・」
レシオンが反論すると、フレデリカはかすかに微笑んだ。
「そんなことはないです。 先程、いかなる力も魔力も受けつけはしないとおっしゃられていました。 ということは、それ以外の――力でもなく魔力でもない『邪魔者を排除する能力』なら効果があるということです」
「さあ、活目して見よ!! 俺様の秘儀中の秘儀、『邪魔者を排除する能力』!!!」
そう叫ぶと、エレジタットの両拳から光が放たれる。そこから、赤い眼光を放つ番犬が姿を現した。
それを彼の真横で見つめていたフレデリカは目を輝かせて言った。
「出たわ、エレジタット様の能力! 番犬――狼が、敵を――邪魔者を排除する――」
フレデリカの言葉は途中で途切れた。
何故なら、番犬は結界に触れた瞬間、そのまま、消し飛んでしまったからだ。
ファティは、呆れ果てているメイルに訊いた。
「これで終わりなのですか?」
「終わり・・・・・だろうな」
唖然としたまま、メイルが答える。
「まあ、期待はしていなかったけれど、やっぱりか・・・・・」
レシオンはしみじみとそう納得する。
「何が秘儀中の秘儀よ! 全然、効いていないじゃない!」
「まあ、秘儀中の秘儀だからな!!」
「だから、威張って言うなぁぁぁぁぁっ!!」
どごごっ!
テレフタレートがいきなり拳をエレジタットに叩きつけた。たちまち床がえぐり取られ、無残な穴が開いた。エレジタットは・・・・・かろうじて生きているらしい。
吠えまくるテレフタレートの姿を横目で見ながら、ファティが不思議そうに小首を傾げた。
「あの、テレフタレートさん。 今、思ったですが、扉や壁や天井などは破壊できなくても、床が破壊できるのなら、そこから穴を掘って脱出とかはできないですか?」
「っ!」
お気楽なファティの声に、ようやくテレフタレートはそのことに気づき、ハッとした。 テレフタレートはみるみる顔を真っ赤に染めた。
いつのまにか、早くも復活したエレジタットが満として言った。
「うむ。 まさに、灯台下暗しだな」
「うっ、うるさいわね! あんた達が変なことばかり言うから、気づかなかっただけよ!!」
テレフタレートは拳をぶんぶんと振り回しながら、八つ当たりのように床に何度も何度もフルスイングで叩きつけていくのだった。
やっぱり、ここに来てから、すべての調子が狂いっぱなしである。
テレフタレートがバンッ!! と勢いよく、牢屋から掘った先につながっていたその部屋のドアを蹴り破り、城の外に出ると、レイチェルとストラの二人と交戦をしていたダオジス達が退屈そうにテレフタレート達を見た。
「追いつめたわよ! ダオジス!」
「また、貴様らか」
ダオジスはレシオン達を一瞥すると、再び、レイチェル達の方へと向き合った。
「あっ、無視するな!!」
そのまま交戦を始めようとするその背中に、テレフタレートは慌てて大声を上げた。
テレフタレートの声に反応して、ダオジスは再び、レシオン達の方を振り向いた。特に自分が睨みつけられているわけでもないのに、レシオンは背筋が冷たくなるような感じがした。彼はその目でテレフタレートを一瞥すると、再びこちらに背を向けてレイチェル達の方を振り向いた。
「こらっ! 無視するなぁぁぁぁぁ!!」
と、テレフタレートはまたその背中に絶叫した。
「何であんた達がここにいるのよ! 『海の秘宝』なら、この間も手に入れたって言っていたでしょうが! 『海の秘宝』って、そんなにたくさんあるわけ? ちょっと質問に答えなさいよ? また、逃げる気!」
テレフタレートの台詞の最後の部分に、彼は足を止めた。
「逃げる・・・・・だと?」
「そ、そうよ! あんた、私達とまともに戦うのが怖いんでしょう!」
レシオンはこの時、ずいぶん突拍子もないことを言い出したなと思った。
前にあっさり一掃した相手に、何を怖がることがあるんだろう?
というかむしろ、らないでほしいんだけど。
「怖い・・・・・だと?」
「そうよ! あんた、私達とインフェルスフィア達、両方と戦うのが怖いんでしょう!」
じっと黙ってテレフタレートの言葉を聞いていたダオジスは、突然「ふふふっ」と笑い出した。
「なっ、何がおかしいのよ!」
「私は恐れはしない。 インフェルスフィアにも、もちろん封印の魔女ユヴェルにもだ」
まだ笑いながら、ダオジスはテレフタレートに歩み寄り、突然、右手を突き出し魔法を放った。はらりとテレフタレートの前髪が少し切られ、地面に落ちた。テレフタレートは驚きのあまり、息を呑んだ。
彼は続けた。
「実にくだらんな。 私は何も恐れはしない。 『海の秘宝』さえ全て手に入れれば、私は全てを超越した存在になる。 そうなれば、インフェルスフィアも封印の魔女ユヴェルも私の敵ではない」
「ふふっ、随分大きいことを言うのね。 ダオジス」
ダオジスと向かい合っていたレイチェルが面白そうに言った。
ダオジスはレイチェルを見据えると、不愉快そうに聞いた。
「茶番はやめてもらおう。 貴様らはここに何をしに来た?」
レイチェルの声をさえぎり、強い調子でダオジスは言った。
「貴様らも、この国にあるという『海の秘宝』を狙ってきたのか?」
レイチェルはただ首を横に振った。
「そんなものに興味ないわ。 何も意味はなさないし。 今日、私達がここに来たのは『イドラ』を捕獲するためよ」
「『イドラ』だと・・・・・! 貴様らは『イドラ』を捕らえて、何をするつもりだ?」
ダオジスの疑問に、レイチェルは笑みで答えた。
「分からない? ユヴェル様が復活するためには、『イドラ』の力が必要なのよ」
失望を隠そうともせずに、ダオジスが言った。
「それこそ、くだらんな。 『海の秘宝』も、あとはこの城にあるかけらを手に入れれば完全なかたちで復活する。 そうすれば、私は全てを超越した存在になる。 インフェルスフィアも封印の魔女ユヴェルも、もはや私の敵ではない!」
ダオジスの台詞をあざ笑うかのように、それまで黙っていたストラが「くっ、くっ」と喉を鳴らした。
「はははっ! 何も知らないっていうことは、本当にラッキーなことだったな! 『海の秘宝』も所詮、ユヴェル様が造りだしたもの。 従って、『海の秘宝』でユヴェル様を越えることなんてできないのさ!」
笑いながらそう告げるストラに、ダオジスは一瞬で顔色を変えた。
「なんだと? 『海の秘宝』が、封印の魔女ユヴェルが造りだしたものだと?」
「その言い方は違うよな? なあ、レイチェル。 封印の魔女と呼ばれている存在はインフェルスフィア様のことで、ユヴェル様のことを示しているわけではない。そもそも『封印の魔女』と『ユヴェル様』は、別の存在のことを示しているんだよな」
「なに!? どういうことだ?」
その台詞に、ダオジスが動揺をあらわにして問いかけた。
「『海の秘宝』の力で、あなたはユヴェル様を超えられると思っていたみたいだけと、そんなことはできない。 あなたにはユヴェル様を超えることはできない。 あなたはまんまと身も蓋もない噂に踊らされただけなの!」
屈辱がダオジスのすべてを包み込み、恐怖とは違う感情にダオジスは打ち震えた。そして小刻みに震える身体を必死に押さえつけながら、自分に屈辱を与えた二人を睨みつけた。
「・・・・・なら、ためしてみるか?」
と、ダオジスが冷たく告げた。
「ダオジス様!」
城の中からイグニスが駆け寄ってきて、何かを手渡した。どうやら、それが『海の秘宝』のかけららしかった。
「『海の秘宝』が見つかったようです」
「・・・・・む? そうか・・・・・。 見つかったか」
満足そうに頷くと、ダオジスはレイチェル達に告げた。
「これで『海の秘宝』は甦る。 貴様らの言葉が虚言が、そうでないかもこれですべて分かる」
「――な、なに? この感じ?」
突然の急展開についていけなかったらしく、声もなく事態の推移を見守っていたルーンが切羽詰まった声を出した。
「あの人の元にすごい力が集まってきているみたい!」
ルーンのいう通りだった。ダオジスの周囲から黒い瘴気が立ち昇り、周囲の空気を振動させていく。
「こ、これって――」
ルーンと同じように事態の推移を見守っていたレシオン達は瞳を大きく見開き、言葉を詰まらせる。
「どうするんだよ? 本気で俺達とやりあうつもりだぞ? インフェルスフィア様がいない今、こちらが不利じゃないか?」
「何言っているのかしら? すべて、あなたが望んでやったことでしょう?」
「まあ、そうだけどな」
レイチェルとストラが会話を一つ交わすごとに、ダオジスの周囲から立ち昇る黒い瘴気は勢いを増していった。
「・・・・・久しぶりですね? ダオジス=ロイド=ルイヤ」
「・・・・・あ、ありしあ?」
気がつくと、テレフタレートがそうつぶやいていた。
いつの間にか、ダオジスの前に白いコートの女性が立っていた。まるでこの地を照らす月の光のような美しい金色の髪。そして、アクアマリンのように淡く青い瞳がダオジスのことを見据えていた。その女性の容姿を見て、レシオンとファティとメイル以外のみんなは驚きの色を隠せなかった。何故なら、彼女はありしあと瓜二つだったからだ。
レシオンとファティ、そしてメイルは彼女のことを知っていた。
「あなたは――」
「あの人って――」
レシオンとファティは同時にそれぞれの言葉で叫んでいた。
「「インフェルスフィア!!!!!!」」
それは紛れもなく、封印の魔女と呼ばれる存在――インフェルスフィアだった。




