第十五章 望まぬ再会
4巻の続きです。
「どういうことよ?」
訝しげな顔をしながら、テレフタレートがソーシャルを問いつめた。
掘り出したままのごつごつした岩の壁に、鉄格子がはまった部屋が並んでいる。まさに牢屋の中で、テレフタレートは不満そうにうずくまっていた。
「何がだよ?」
テレフタレートに背中を向けたまま、ソーシャルは逆に問いかけた。
「もう、話してくれてもいいでしょう?」
私は決めたの、とテレフタレートは言った。
「ソーシャルのこと、全部知ったうえで、もう一度、ソーシャルと向かい合いたいから!」
ずっと前から、テレフタレートは気づいていた。
ソーシャルが自分に対して、何か大きな秘密を隠していることを。
その隠し事のせいで、時折、不自然な態度をみせることを。
気づいていながら、あえてテレフタレートは目をつぶってきた。
その秘密に自分が触れることを、ソーシャルがひどく恐れているのが分かっていたから。
それでもいいって思っていた。
過去にどんなことがあっても、ソーシャルはソーシャルだし、私にとって今の方がずっとずっと大切なものだったから。
でも・・・・・。
「分かったの」
一呼吸置いて、テレフタレートはきっぱりと言った。
「私、今までソーシャルの昔のことなんて知らなくても別にいいって思っていた。 だって、ソーシャルが私のお兄ちゃんなのは変わらない事実だし、聞いても聞かなくても何も変わらないと思っていたから。 でも、分かったの。 それって、やっぱり逃げていただけだったって。 ソーシャルの秘密を知るのが怖くて、目を背けていただけだったのよ」
彼の秘密を知ってしまったことによって、関係が変わってしまうことが怖かったのだ。
それをはっきりと認めた時、テレフタレートの中で一つの覚悟が生まれた。
「だから、私は逃げたりしない! ソーシャルが隠している秘密がどんなものであろうと、私はそれを拒んだりなんかしない!」
互いの気持ちをうかがっているだけでは、そこから先には進めない。
だったら、どっちかが最初の一歩を踏み出すしかない。
レシオンはそんな二人を見て、まだ出会ったばかりの自分とエカとデューロさんの関係を思い出した。
昔、エカが言ったことがある。
『大切なのは血のつながりじゃないの! 心のつながりだよ!』
確かにそうだな。
レシオンは一瞬、懐かしそうに遠い目をした。
「私はそう決めたんだから!」
そう言い放つと、あとは無言で、テレフタレートはソーシャルの答えをうながした。
「・・・・・参ったな」
頭をかきながら、ソーシャルはそこでようやくテレフタレートに向き直る。
「何だか、すべて見透かされた気がするな・・・・・」
「当然よ! だてに、あんたの妹はやっていないんだから!」
自慢げに言い放つテレフタレートに、ばつの悪そうな笑みを浮かべて、ソーシャルは観念した。
「・・・・・実は、あの遺跡に行ったのは初めてじゃないんだ」
「ええっ!」
と、テレフタレートは目を丸くする。
「じゃあ、やっぱりあの遺跡の中で馬鹿親父と出会ったの?」
「ああ」
ソーシャルが頷くと、ファティが不思議そうに首を傾げた。
「どういうことなのですか?」
「俺とテレフタレートは本当の兄妹じゃないんだ」
「ええっ――――!?」
衝撃的な告白に、レシオン達は絶叫した。
「どういうことですか?」
レシオンは、さっきファティが言ったのと同じ言葉の違う疑問を口にした。
「俺達が先程までいたあの遺跡の中で、俺は父さんと出会ったんだ。 そして父さんに連れられて、アレアの町でテレフタレート達と一緒に暮らすようになったんだ」
「そ、そうなんですか・・・・・」
レシオンは唖然とした。
何だか、テレフタレートとソーシャルさんの関係が、俺とエカ、そしてデューロさんとの関係に似ているような気がしたからだ。
そんな彼らの慌てふためくその様子を見て、ソーシャルは大げさに溜息をついた。
「何しろ、俺はこの城の魔法陣からあの遺跡に行ったんだから・・・・・」
レシオン達はハッとした。
それが事実なら、彼もまた――。
「俺の本当の名前は、イグニシアス=ルウー=リンフィ。 このリンフィ王国の王子だ」
そして、ソーシャルは隠し続けてきた真実のすべてを、彼らに語った。
今にして思い返せば、決して見つからない探し物だったのかもしれない。
当時のことを振り返るたびに、ソーシャルはそんな思いに苛まれる。
リンフィ王家という特殊な家系に生まれたがゆえに、幼い頃から束縛され続けてきた。
王城という閉ざされた世界の中で、不思議な能力――召喚の力を高めることと良き王になるための修練だけを積む毎日。
それが普通ではないことに気づいたのは、外の世界を知った時からだった。
「ソーシャルっていう名前は、オーダリ王国の初代国王であるソディ=オーダリ様から考えた名前なんだ」
ソーシャルは照れくさそうに、人差し指で頬をなでながらそう告白した。
書物で彼のことを知って以来、ソーシャルはオーダリ王国の初代国王であるソディ=オーダリ様にずっと憧れを抱いていた。いつしか、ソディ様のようになりたいと思うようにさえなっていった。
知識が増えていくにつれて、外の世界への興味は増すばかりだった。
何度も何度も願い続けて、見聞という名目で、オーダリ王国への留学を許された。
その時に初めて拝見した幼き日のソディ=オーダリ様の肖像画。そして、伝説の剣――中和剣。
「だから、ソーシャルはオーダリ王国が元々は中和国って呼ばれていたことを知っていたんだね」
納得したような表情でつぶやくルーンに、ソーシャルはああ、と頷いた。
「俺はその時に知ったんだ。 ソディ様でさえ封印するのがやっとだった古の王を倒した者がいるってことを。 そして、それに一躍かったのが『古代の剣』と呼ばれる神の武器だったということを」
ソーシャルはさらに続ける。
「リンフィ王国に戻ってきてからも、ずっとそのことが気になっていた。 古の王は一体、誰が倒したんだろうか。 そして、『古代の剣』は今はどこにあるんだろうか、と。 そのことばかりを考えるようになっていった」
「こだいのつるぎ? それがソーシャルが探している探し物?」
テレフタレートが聞くと、ソーシャルはばつが悪そうに頷く。
「ああ。 以前からこの城の魔法陣からあの遺跡に行けるというのは、司祭達が話していたから知っていたんだ。 俺は外に出れば、きっと『古代の剣』について何か分かるかも知れないと思っていた」
一気に語り終えたソーシャルは、壁にもたれかかって一息ついた。
「そしてその後、私達やルーンに出会ったわけね?」
「ああ」
ソーシャルは遠い目をした。
鉄格子の中で聞かされるソーシャルの話に、ルーンはじっと耳を傾けていた。ルーンはうつむいたまま、きつく目を閉じる。
初めて出会った時、ソーシャルはソディに似ていると思った。
彼の顔立ちや風貌は、ソディとは少し違った。雰囲気も、ソディよりどこか大人っぽい感じがした。
でも、それでも、ソーシャルはソディと同じだった。彼の台詞や立ち振る舞いだけじゃない。彼の目に宿る光が、ルーンにそのことを悟らせた。
この人は、ソディと同じなのだと――。
彼は強さを求めている。
この世界を救うことができる強さを。
そしてソディが中和剣を求めたのと同じように、ソーシャルも古代の剣を求めている。
「どうしたんだ?」
「えっ? 何でもないよ」
言われてやっと、ルーンはソーシャルのことをずっと凝視していたことに気づき、慌てて彼から視線を反らした。
レシオンはごくりと息を呑み、思い切って尋ねた。
ダオジス達と初めて出会った時から、ずっと気になっていたことを。
「ダオジスのことを知っていたのは何故ですか?」
「あのダオジスは、このリンフィ王国にある名門ルイヤ家の当主なんだ。 だから、うわさだけは何度か聞いたことがあったんだ」
「だから、初めて出会った時に知っているような言い方だったんですね」
「ああ」
ソーシャルは頭をかきながら、困ったように笑った。
「ねえねえ、じゃあさ、どうして、あの王様はソーシャルのことを見ても何も言ってこなかったの? やっぱり、月日が経っていたりするから分からなかったわけ?」
唐突に、テレフタレートがソーシャルにそう聞いてきた。
「いや、わざとだと思うな。 俺のことを睨んでいたから」
「・・・・・そうかもしれないね」
少し考えてから、ルーンはくすっと笑った。
「・・・・・そんなことがあったんですね」
レシオンは呆然とつぶやいた。
まさかテレフタレートとソーシャルさんに、こんな深刻な事情が隠されていたなんて。
お互いがお互いのことを思いやっていた二人の胸中を思いやると、レシオンは言葉が出なかった。
ファティが訊いた。
「その後、古代の剣は見つかったのですか?」
「・・・・・まだ、見つかってはいない」
ぎごちない笑顔で、ソーシャルはうつむいた。
しかしすぐに顔を上げて、「でも」と続けた。
「テレフタレート達と出会って、新たに冒険者になるという大きな夢ができたな」
「なるほど」
彼らとは別の声が聞こえたのはその時だった。
「何をしに飛び出したのかと思えば、よもや、そのようなたわいのない理由だったとはな」
牢屋の奥にある階段から、ひげをたくわえた壮年の男性と数人の兵士達がゆっくりと姿を現した。
ソーシャルはそれを見て、くっと唇をかみしめる。
隣で見ていたテレフタレート達にも動揺が走った。
「そのような世迷い事ならば、即刻、戻ってきてもらおう」
冷たい目で見つめながら、リンフィ王国の国王ローレンス=ルウー=リンフィは、不肖の息子の前へと立ちはだかった。
「この人が、ソーシャルさんの父親なのですか・・・・・」
「そ、そうみたいだな・・・・・」
睨み合う二人の姿を前にして、ファティとメイルは息をのんだ。
知った上で見比べてみれば、なるほど、面影は似ている。
けれども、感じられる印象は全く違うものだった。
大らかな雰囲気のソーシャルに対して、リンフィ国王からは近づくものを拒みとおすものがにじみ出している。声をかけることさえ、ためらわせるように感じられた。
それこそが、リンフィ王家の持つ威厳とでもいうのだろうか。
アプリナには、そんなものはないけれどな・・・・・。
呆然とするファティを横目でちらりと見て、メイルはしみじみと思った。
「逃げようと思っているのなら、無駄なことだぞ」
挑発するかのように、国王はソーシャルに言った。
「このリンフィ王国の牢屋は、私が召喚した魔獣の結界で護られている。 いかなる力も魔力も受けつけはしない。 術者である私が許可しない限り、であろうと立ち入ることも抜け出ることもかないはしない」
「ふっ、俺は『結界』と聞いただけで」
エレジタットは掛け値なしに真剣な顔で、国王に言った。
「何かがあるんだなと! 分かるな」
「そんなの誰でも分かるわよ!」
テレフタレートはエレジタットをにらみつけた。
「それにしても、結界・・・・・ね。 ・・・・・ふぅん、なるほどね!」
突然、テレフタレートは何かに気づいたような表情を浮かべ、ビシッと人差し指を突き出した。その不可解な行動に、レシオンは思わず、声をかけた。
「どうしたんだよ?」
「これはね、ずばり、私に対する挑戦状なのよ!」
勝ち誇った笑みを、テレフタレートは国王に向けた。
「いかなる力も魔力も受けつけない結界なんて、実際のところ、そんなの存在するはずもないでしょう! つまり、私の力があれば、こんな牢屋の一つや二つ、どうにでもできるってわけよ!!」
「・・・・・いや、どう見てもできない感じがするんだけど・・・・・。 それに、いくらテレフタレートでも、結界を破壊することは簡単にはできないんじゃ・・・・・」
レシオンはぼそりと言ってみたが、テレフタレートの耳には届かなかったらしい。
テレフタレートはレシオンから国王の方向へと向き直り、そして大音響で言った。
「私達はね、今まで多くの魔物を倒してきたのよ! 巨大魚でしょう! 魔王でしょう! それにあのインフェルスフィアの配下の奴らとも戦ったし! あのダオジス達だって目じゃないわよ!」
「いや、それは違うんじゃないか。 ほとんど、前に・・・・・」
レシオンの『負けているし』、という語尾は、尻すぼみになって消えてしまった。睨みつけてくるテレフタレートの目つきがとてもとても怖かったからだ。
「だから、こんな結界なんて、所詮、私の前じゃ無意味だっていうところを証明してあげるわ!!」
ピシリと指を立て、テレフタレートは再び、国王を指差し叫んだ。
「喰らえ――――ッッッ!!!! 必殺、フェルナル・アエルグン!!!!」
雄たけびを上げながら、テレフタレートは右手に光をため、それを勢いよく牢屋の鉄格子に叩きつけた。閃光は見事に鉄格子に炸裂し、辺りに爆音が響き渡った。
だが、その瞬間だった。何があったというのか。テレフタレートの身体は目に見えない何かに殴られたように吹っ飛び、壁に叩きつけられた。
「こ、この――!!」
起き上がったテレフタレートが再び、鉄格子に手を伸ばした瞬間、またもや見えない何かによって壁に叩きつけられた。
「も、もう――――っ!! 何で壊れないのよ!!!!!」
テレフタレートは跳ね起き上がると、壁に何度も叩きつけられた割には元気にそう言い放つ。
「今度こそ・・・・・!」
「無理するな、テレフタレート」
拳を固めるテレフタレートを、ソーシャルが制した。
「何で止めるのよ!」
「おまえ、今、自分が怪我していること、忘れているだろう!」
「こんなの、かすり傷よ!」
よろめきながらも、テレフタレートは叫んだ。
「そんなわけないだろう!」
ソーシャルが呆れたように言うのも無理はなかった。そう叫んだテレフタレートの様子はまるでゾンビのようにふらふらだったからだ。かすり傷よ。そんな言葉が強がりであることは、レシオンにもすぐに分かる。
息も絶え絶えで、しかし笑みを無理やり浮かべて、テレフタレートが言う。
「とにかく、こ・・・・・こいつは私が壊すんだから・・・・・!」
「テレフタレート、無理しないで! リカバー!」
ルーンはテレフタレートに駆け寄ると、急いで回復魔法を唱え始めた。
テレフタレートは壁にもたれかかると憤慨した。
「何で私の必殺技が、こんな結界に対して全く効果がないのよ!!」
それを見ていたメイルは慌てて叫んだ。
「とにかく、俺達も攻撃だ。 アプリナ、カードだ!」
「うん! です」
ファティは一枚のカードを取り出すと、それを空に掲げた。次の瞬間、カードから赤い閃光が放たれる。赤い閃光は炎の塊へと変換し、鉄格子へとほとばしる。
「やったっ~♪ です」
ファティは喜び勇んでメイルに駆け寄る。
だが、よく見るとダメージどころか、攻撃を受けた跡もない。
「あ、あれ? です」
ファティはひたすら?マークを出した。不思議そうに首を傾げる。
「魔法でも、この結界には効果はないみたいだな・・・・・」
メイルが困ったように答えた。
ファティが炎の魔法を放っても、この結界によってすべて無効化されてしまった。物理でも魔法でも効果がないのでは、確かに打つ手がない。
「ふふふっ! ついに俺様の出番がきたようだな!!」
「本当ですね、エレジタット様!」
エレジタットが興奮してにたりと笑うと、フレデリカは相打ちを打った。
「我こそは、神速の剣豪・エレジタット!! 剣を使わず、『邪魔者を排除する能力』で敵を倒すことしかできない最強の剣豪だ!! 最も、結界なので全く効果はないが――」
「無駄なことはやめるのだな」
エレジタットの口上を打ち消すように、国王は冷たく言い放った。
ソーシャルが叫んだ。
「そんなことはない!」
「いや、無駄なことだ。 この牢屋は、私が召喚した魔獣の結界で護られている。 いかなる力も魔力も受けつけはしないと言ったはずだ」
「・・・・・・・・・・くっ!」
スパッと国王に切り返され、ソーシャルは言葉を失った。
うつむいてしまったソーシャルをうんざりして眺め、国王がたたみかけるように糾弾していく。
「城を飛び出していったこともそうだ。 王子としての責務を放棄してまで、何をしに行ったのかと思えば、ありもしない神の武器の一つ、『古代の剣』を探しに行っていたとはな」
冷ややかな物言いで容赦なく追いつめ、国王はふっと息をついた。
「しかも、どこにいるのかと思えば、まさか、そなたを誘拐した重要警戒人物のところにいるとは」
それを聞いたテレフタレートは、むっとして食ってかかった。
「ちょっと、人のこと、極悪人みたいに言わないでよね!!」
「分をわきまえろ!! 本来なら、貴様らは即刻、刑に称する輩だ! 幼い王子を誘拐しておきながら、一向に返す気配すらみせんのだからな!!」
「ち、違うわよ・・・・・、私達はただ・・・・・」
「そなたらの気持ちなど関係ない。 かたちはどうであれ、これは立派な誘拐だ!」
「うっ・・・・・!」
言い返すことのできぬ父の引け目に、テレフタレートは歯をきしませた。
「王子のみ、ここから連れていけ!」
「はっ!」
控えていた重武装の兵士達は、ソーシャルだけ牢の外に出すとうやうやしい態度を取りつつ、彼の腕をつかむ。
「なっ・・・・・!」
「どうかお戻り下さい。 それが陛下のご意思でございます」
「そんな!? 父上、どうか話を聞いて下さい!」
ソーシャルが悲痛な声を上げる。
だが、それにはまるで反応を見せず、兵士達は牢屋の奥の階段へとソーシャルを連れていこうとする仕草を見せた。
「ま、ま、ま、ま、ま」
テレフタレートは口をぱくぱくと動かしていた。
テレフタレートも、国王の言葉がショックだったのだろう。抵抗らしい抵抗をしようともせず、ただ悔しそうに拳を震わせていた。言いたい言葉があるのに言えない、そんな表情をしていた。
「待って下さい!」
ソーシャル達を援護したのは、ルーンだった。
ルーンの声に反応して、初めて国王はルーンの方を振り向いた。国王はルーンを一瞥すると、こちらに背を向けて歩き出そうとした。
「お願いします! ソーシャルを連れていかないで下さい!」
と、ルーンはその背中に声をかけた。
「ソーシャルは私達の大切な仲間なんです! 大切な恩人なんです!」
ルーンは必死になって、国王に懇願した。
「私がこうしてここにいられるのは、テレフタレートとソーシャルがいてくれたおかげなんです! テレフタレートは、心細かった私に元気を分けてくれました! ソーシャルは私が過去からこの時代に来た時、魔物に襲われていた私を助けてくれた命の恩人なんです!」
ルーンの台詞の最後の部分に、国王は足を止めた。
「過去?」
「はい。 私はこの時代より六百年前の世界から来たんです」
「私がそんな与太話を信じると思ったか?」
「与太話じゃないわよ! 本当に――」
「与太話ではないとすれば、なんだというのだ」
テレフタレートの声をさえぎり、強い調子で国王は言った。
「そなたも、かっての暗黒神エンサイ=クロディアのように過去から来たというのか?」
「はい」
そう答えたルーンを見て、国王は幾分、目を細めた。
「では、何をしにこの時代に来たというのだ?」
「古の王の封印に失敗して、気がついたらこの時代に来ていました」
「古の王だと? 随分と懐かしい名前が出てきたものだな・・・・・」
国王は眉根を寄せた。
「・・・・・信じてくれなくてもいいです。 ただ――」ルーンは一度、言葉を切り、うつむいた。
そしてもう一度、顔を上げて言った。
「ソーシャルが、私達にとってかけがえのない仲間だということは信じてほしいです!」
国王は軽く笑みを浮かべた。今までの頑なな表情とは違う、レシオン達が初めて見る素直な笑顔だった。
表情を改めて、国王は言った。
「ならば、そなたが元の時代に戻るまでの間のみ、王子の同行を許可しよう。 ただし、すべてが終われば必ずここに戻ってきてもらおう」
「ちょっと、何よ、それ! そんなの、私は認めないからね!」
「それ以外の異論は認めぬ。 さあ、どうする?」
テレフタレートの叫びをさえぎって、国王は問うた。
迷うことなく、ソーシャルは答えた。
「それで構いません」
「ならば、それもよし」
国王が告げた。
つまり、それは今までどおり、同行を許可するという意味だった。だが、それはルーンが元の時代に戻れば、自分は再び、この城に戻ってこなくてはならないということを意味していた。
でも、その言葉を聞いた瞬間、自分でも驚いたことに、ソーシャルは自分の全身に震えのようなものが走るのを感じていた。
「ちょっと、ソーシャル! 勝手に決めないでよ!」
ギッときつい眼差しで、テレフタレートがソーシャルを睨みつけた。
「ごめん、テレフタレート。 でも、俺はルーンを元の時代に戻してあげたいんだ」
かすかに笑みを浮かべ、ソーシャルは答えた。
答えた後で、ソーシャルは何かまぶしいような表情を浮かべ、こう続けた。
「それに遠く離れていても、俺とテレフタレート、それに父さんと母さんは大切な家族だから!!」
ソーシャルは力強く断言した。
だが、テレフタレートはまだ不服そうにしていた。
「・・・・・だいたい、古代の剣はどうするのよ? まだ、見つかっていないのに! それに冒険者になるんじゃなかったの?」
ソーシャルが、テレフタレートにと言うよりも、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「ルーンが元の時代に戻る前に必ず、古代の剣を見つけてみせるよ」
「無駄なことを」
国王の笑いを含んだ声が聞こえたけれど、ソーシャルはあえて無視した。
「さて」
わざとらしい声を出して、国王が言った。
「『ルトンの塔』には時を越える力があると聞く。 塔の最上階に、魔法陣が刻まれた広間が存在するらしい。 そこで、『ヘルクラウド』という特殊な魔法を使うと時を越えられると聞く。 だが、今は『ルトンの塔』は崩壊している。 ならば、この城にある『海の秘宝』を使うがいい。 そうすれば、塔は元に戻るだろう」
レシオン達はぽかんと口を開いた。
以前、ありしあから聞いた話だとはいえ、まさか、国王自身がそのことを自分達に教えてくれるとは思わなかったのだ。
テレフタレートは驚いた顔で、国王に聞き返した。
「何で、そんなことまで教えてくれるのよ?」
「決まっておろう。 イグニシアスに即刻、戻ってきてもらうためだ」
「うっ・・・・・!」
国王に言い返され、テレフタレートは言葉を詰まらせた。
「この城に、『海の秘宝』があるんですか?」
黙ってしまったテレフタレートに代わって、今度はレシオンがそう聞いた。
「そうだ。 『ヘルクラウド』という特殊な魔法についてだが、そなたはそれを使えるのだな?」
「はい」最後の言葉はルーンに向けられたものだった。ルーンは頷いた。
ルーンが頷くのを見届けると、国王は踵を返しかけ、ふと足を止めた。
「・・・・・イグニシアスよ。 これでもまだ、『古代の剣』を見つけられると思っているのか?」
ソーシャルは少し考え、そして一つの結論を思いついた。
「なら、ルーンが元の時代に戻る前に、すべてのことに決着をつければいい」
国王は呆れたように溜息をついた。
「では、そなたはそれまでの間、あの少女を元の時代に戻すつもりはないというのか・・・・・?」
「それは・・・・・」
言葉を詰まらせるソーシャルの腕に、ルーンがそっと触れた。
「分かっているよ、ソーシャル。 私もまだ、レシオンさん達のことが何も解決していないのに自分だけ帰るというのは嫌だから・・・・・」
「・・・・・ありがとうな」
ソーシャルは振り返って微笑んだが、うまく笑えなかった。
本当はきっと、今すぐにでも帰りたいのだろう。
俺も、今すぐにでもルーンを元の時代に戻してあげたいって思う。
「元の時代に戻る方法が見つかるといいな」
「うん。 ありがとうね、ソーシャル」
魔王城の門前で交わした約束。
あの時、ルーンは俺のことを信じてくれた・・・・・。
それなのに、そのチャンスを奪ってしまったのは他ならず自分自身だという事実に、ソーシャルは胸を痛めていた。
「ごめん・・・・・せっかく、元の時代に戻る方法が見つかったのに・・・・・」
「ううん、いいの・・・・・ありがとう」
ソーシャルは静かに、腕に置かれたルーンの手を握りしめた。
「盛り上がっているところを悪いが、それは認められない」
「何でよ!」
拳を突き上げたテレフタレートを見て、国王が言った。
「決まっておろう。 『海の秘宝』を渡すのは、イグニシアスに即刻、戻ってきてもらうためだ。 時間を与えるつもりはない」
「何ですって!」
テレフタレートは憤ったが、ルーンは厳かに頷いた。
「分かりました」
「ちょっと、ルーン!」
「仕方ないよ、国王様がそう言うのも何となく分かるから」
不快げに眉根を寄せるテレフタレートに、ルーンは寂しそうに微笑した。
国王様はきっと、すぐにでもソーシャルに戻ってきてもらいたいのだと思う。
ただ、それだけなのだろう。
私もソディに今すぐにでも会いたい。
その気持ちと同じように、国王様もソーシャルに早く戻ってきてほしかったのではないだろうか?
だからこそ、ルーンには分かったのかもしれない。ソディに会いたいと思ったように、国王も自分の孤独や淋しさを認めたくなくて、強がっているのだと。
ルーンはしゃきっと背筋を伸ばした。
「行こう、テレフタレート。 ひとまず、ここから出ないと」
「ちょっと、私はまだ納得していないわよ! 絶対にそんなこと、認めないんだから!!」
ルーンの言葉に、テレフタレートは半ばヤケになって抗議した。
「・・・・・そうか。 ならば――」
「ならば、何よ?」
国王の台詞を、テレフタレートは不愉快そうにつぶやく。
かくして、国王は告げた。
「そなたらには、しばらくこのままでいてもらおう。 後に、そなたにはそれなりの刑を施すとしようか。 そうだな。 そなたにはここから西にある孤島の塔に幽閉させてもらう」
「なッッッッッ!?!?」
あまりにもあまりな刑宣告に、テレフタレートは怒りを忘れて絶句した。
「まあ、仕方ないよな・・・・」
レシオンが苦しげにぽつりとつぶやいた。
「・・・・・『リンフィ王国の王子を誘拐した重要警戒人物の娘』、これだけで一際目立ったキャッチコピーが出来そうです!」
ファティは両拳を前に突き出すと、どこか楽しげに言った。
それを見て、メイルは頭を抱えながらぼやく。
「あのな・・・・・、何でキャッチコピーを作る必要があるんだよ・・・・・」
「ちょ、ちょっとあんた達・・・・・!」
テレフタレートはムッと表情を曇らせた。その瞳に、いつもの鋭い怒りの光が戻る。
「しばらく、そこから出てくるのは難しそうですね・・・・・」
フレデリカが悲しげに言う。
「いやどう見ても一生、軟禁だろう」
エレジタットが当然のことだとばかりに言う。
「何しろ、貴様は『極悪非道の破壊王』で、『大悪人』という重罪人なのだからな!」
誇らしげに胸を張って、エレジタットは豪快に笑い始めた。
「そうでしたね、エレジタット様」
フレデリカが大仰に頷いた。
「・・・・・・・・・・だ、誰が重罪人よ!」
ワハハと高笑いするエレジタットに、テレフタレートは空恐ろしいほど鋭い視線を向けると不満げに口をとんがらせた。
「とにかく、私は絶対に認めないからね!」
テレフタレートは俄然とした態度で訴えた。
「だいたい、ありしあが行方不明になった今、本当に塔が元に戻るのか分からないじゃない! それにまた、あの長蛇の階段を昇らないといけないって考えると辛いわよ!」
レシオンが恐る恐る訊いた。
「もしかして、あの遺跡よりすごいのか!?」
「そうよ!」
違う・・・・・そうじゃない・・・・・。
本当は・・・・・
本当に辛いのは、そんなことなんかじゃない。
本当に辛いのは、ソーシャルやルーンとお別れしてしまうこと・・・・・。
本当は帰ってほしくない。
離れたくない。
ずっとそばにいてほしい・・・・・。
でも・・・・・。
ルーンと約束したもの・・・・・。
「ルーンを元の時代に戻してあげたいしね」
魔王城に向かう前に交わした約束。
あの時、ルーンは私達のことを信じてくれた・・・・・。
だから、今度は私が約束を果たす番。
例え、遠く離れていても、私とルーンはずっと親友だから・・・・・。
でも・・・・・。
でも・・・・・。
ソーシャルは・・・・・。
「ごめん、テレフタレート。 でも、俺はルーンを元の時代に戻してあげたいんだ」
そんなの嫌だ・・・・・。
そんなの嫌だよ・・・・・。
・・・・・ソーシャル。
気がつくと、テレフタレートはソーシャルにしがみついて叫んでいた。
「絶対に認めないんだから・・・・・!」
「テレフタレート・・・・・」
「絶対に絶対に、私は認めないんだから・・・・・!」
「認められぬと言ったはずだ」
「なら、認めなさいよ! あ――」
言い争いになりかけていたテレフタレートと国王だったが、突如聞こえてきた轟音と激しい振動が辺りを乱した。




