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第十三章 キミとボクの歌

久しぶりの投稿です。4巻が手元になくなったので、久しぶりの掲載です(*^^*)5巻はこれから発行になるので 4巻の分を載せ終わったらしばらく投稿は止まりそうです(>_<)

 燦燦と降り注ぐ緑光の輝き。歌うように身をすり寄せては奏でられる葉の音色。透きとおった空気が生命に息吹を宿す。

その日はとても暖かな小春日和だった。

「あの―」

 ルーンが神殿の外で、神官としての修業の合間の短い休憩時間を堪能していると誰かが声をかけてきた。

 ルーンは少し気を悪くした顔で彼を見た。

 ただでさえ、休憩時間は短いのだ。それにせっかくのんびりとしていたのに、それを突然、中断させられては不満が募るに決まっている。

 それでも、ルーンは気持ちを落ち着かせて答えた。

「はい?」

「ここって、アイルン神殿ですよね?」

「あっ、うん。 そうだね」

 ルーンが軽い調子でそう答えると、ルーンに声をかけてきたスカイブルーの髪の少年は、とても戸惑った様子で言葉を濁した。

「えっ・・・と、ここに中和剣があるって聞いたんだけど、本当・・・なのかな?」

「泥棒さんとか?」

「ち、違うよ! ただ僕はその剣を譲ってもらおうと思って! でも・・・・・」

 ルーンの言葉に、彼は軽く笑ってみせた。

「まあ、確かに怪しい人に見えてしまうかもしれないけれど・・・・・」

「うん、見えるね」

 そう言って、ルーンはさもありなんと頷いた。

 たちまち、少年の顔が青ざめる。両拳を突き上げると、彼は未練がましそうに溜息をついた。

「ひ、ひどいな・・・・・」

 と彼は返事をして、非難めいた視線をルーンに向けてきた。

 ルーンはひとしきり笑った後、彼の顔を覗き込んで訊いた。

「ねえ、あなたって名前なんて言うの?」

「えっ? ソディだけど」

 そんなルーンの突然の一言に、彼――ソディは思わず、目を丸くする。

「ソディって言うんだ。 私はルーン。 よろしくね!」

 ルーンはそう言って、ソディにとびっきりの笑顔を向けた。


 のちに、二人は世界をめぐる旅に出ることになる。そこには、世界のあらゆるこだわりから隔離された幸せがあった。彼らに与えられた、彼らだけの安息の地。古の王を封印するという、ただ一つの目的だけの彼らだけの自由が約束されていた。 ソディとルーンは二人だけの大事な、とても大切な約束を交わした。そして、それが叶わないことなんてないと思っていた。それが当たり前だと思っていた。

だからこそ、選んでしまったのだ。古の王を封印するのではなく、倒すという選択を。

 そして、それを選んだことによって待ち構える運命をまだ二人は知らなかった。

 彼らはまっすぐに。ただまっすぐに歩き続けていた。

 

   


どさどさどさっ!

「わわわ! です!」

 大量の本が崩れ落ち、ファティは悲鳴を上げて転倒した。かって書斎として使われていたらしい薄暗い部屋は、今はもう誰も使わず、が厚く積もっている。

 小さな戸棚を調べていたメイルが、慌てて駆け寄ってきた。

「おい、大丈夫か?」

「けほっ、だっ、大丈夫です! でも、けほけほなのです!」

 どうにか本の下敷きにはならなかったが、舞い上がった埃に咳き込む。

「それよりも、ここにも扉を開けられそうなスイッチみたいなのはなさそうです」

「そ、そうですか・・・・・」

 別の場所を詮索していたレシオンがガクッと肩を落とす。

 レシオン達が何故、こんな場所にいるのか。

 ことの発端は、さかのぼることほんの数時間前のことである。



「ここが私達の家よ!」

 リサンブルク大陸にあるアレアの町に着いた後、真っ先にテレフタレートが案内したのは、町から少し離れた場所の小さな丘からずっと下ったところにある一軒の家だった。

 周囲を見渡すと、民家はほとんどなく、周りは荒野で埋め尽くされている。

「へんぴなところにあるんだな」

 レシオンは意外そうにつぶやいた。

「へんぴなのですか?」

 きょとんとした顔で聞くファティに、メイルが呆れたように頷く。

「どう見ても、変わった場所にあるだろう・・・・・」

 アレアの町から小道を歩くこと数十分。町からここに来るまでは、思ったよりも距離があったのだ。

「何だか、久しぶりに帰ってきたかも!」

 テレフタレートが感嘆の声を上げた。ソーシャルもその言葉に頷く。

「ああ、そうだな」

「まあ、最近はずっと魔物退治ばかりしていたしね」

「魔物退治だけだろう・・・・・」

嬉しそうに『ずっと』という言葉を強調するテレフタレートに、ソーシャルが水を差す。

 テレフタレートはムッとしてソーシャルを睨みつけるけれど、ソーシャルはそ知らぬ顔でルーンに言った。

「ルーンは、ここに来るのは二度目だな」

「うん」

 ルーンはかみしめるようにつぶやき、うつむき、しかしすぐに顔を上げた。そして満面の笑顔をソーシャルに向けた。

「二人のお父さんとお母さんに会うのが楽しみだね」

「ああ。 でも、俺は二人の――」

「えっ? どうかしたんですか、ソーシャルさん?」

 レシオンが不思議そうに聞き返すと、ソーシャルははっとした表情になった。言わなくてもいいことを言ってしまった。ソーシャルの顔はそう語っていた。

「いや、何でもないよ」と、すぐに早口にソーシャルは答えた。

「何でもないって感じじゃ――」

 不意に、レシオンはダオジス達と初めて遭遇した時のことを思い出した。

そういえば、前にもソーシャルさんがダオジスについて何かを言いかけたことがあったな。

 ソーシャルさんには何かあるのかな?

 そんなふうには、レシオンには思えなかった。

「ごめん、本当に何でもないんだ」

「いや、だけど」

 レシオンはさらに質問を浴びせようと口を開きかけた。

 しかし、それを阻止するように、テレフタレートはすぐさま叫んだ。

「ちょっと、何しているのよ! さっさと入るわよ!」

「あ、ああ・・・・・」

 先程のソーシャルの言葉への疑問は依然として残っていたが、レシオンは大きく頷くとテレフタレートの後をついて行った。



「ただいま!」

「おかえりなさい! テレフタレート! ソーシャル!」

 テレフタレートが元気よく家の中へと入ると、甘栗色の髪の女性が輝くような笑顔で出迎えてくれた。どことなく、テレフタレートによく似た活発そうな雰囲気を醸し出している。恐らく、彼女がテレフタレート達の母親なのだろう。

 彼女はテレフタレートを見ると、いきなりこう切り出した。

「で、どう? テレフタレート。 あれから、すごいモンスターとかと戦ったりしたの?」

「もちろん!」

 テレフタレートは拳を突き上げると自信満々に告げた。

「巨大魚でしょう! 魔王でしょう! それにあのインフェルスフィアの配下の奴らとも戦ったし! もう、馬鹿親父が負けまくっていたダオジスも目じゃないわよ!」

「いや、それは違うんじゃないか。 ほとんど、前に・・・・・」

 レシオンの『負けているし』、という語尾は、尻すぼみになって消えてしまった。睨みつけてくるテレフタレートの目つきがとてもとても怖かったからだ。

「何か言った?」

「あっ、いや・・・・・」

レシオンは大きく溜息をつくと、何か言いたげに横目でテレフタレートを見ていた。

「嘘をつくのなら、もう少しまともな嘘をつくべきだったな。 テレフタレートよ」

「こっ、この声は!?」

 テレフタレートはハッとして、恐る恐る顔を上げた。

 案の定、見覚えのある青い髪の男が見下ろしていた。

 胸の前で腕を組み、どこまでも無表情で、テレフタレートのことを見下ろしていた。

「ばっ! 馬鹿親父っ!」

 あまりにも驚いて、テレフタレートは尻餅をついて倒れてしまった。

「どどどどど、どうして、いきなり私の目の前にいるのよ!」

「馬鹿め! 先程からずっといるわ!」

「む、むむむむむむむむむむっ!」

 テレフタレートは自分の失策を知った。

 テレフタレートの計画では、こちらから出向いてインフェルスフィア達のことを相談するだけしてさっさとここから退散するつもりだった。だからこそ、まさか父自らがいきなり自分達の前に現れ出るということは、完全に計算外だったのだ。

 だが、いつまでもミスを嘆いていては仕方ない。

 起こってしまったことは起こってしまったことだ。

 それに結局、遅かれ早かれ決断せねばならなかったことである。

 テレフタレートは覚悟を決めて、勢いよく立ち上がった。

 そのまま、父と距離を取り、そして対峙する。

 テレフタレートはビシッと人差し指を突きつけると、父に言い放つ。

「ちょっ、ちょうど、いいわ! 今回は相談したいことがあって戻ってきたのよ!」

かくして、いささか唐突気味にテレフタレートは父に事情説明を開始した。父は黙って耳を傾け、テレフタレートの説明に聞き入っていた。

テレフタレートは最後にこう言って、自分の話を締めくくった。

「だから、何かいい方法とかないかなと思ってここに戻ってきたわけよ!」

「やはりな」

父は深く長い溜息をついた。

「何がよ!」

テレフタレートは憮然として、父の言葉に応えた。

父はやれやれといった表情で続けた。

「やはり嘘ではないか。 インフェルスフィアの配下の連中に苦戦しているようでは到底、あのダオジスは倒せんな」

「違うわよ! あの時はたまたま調子が悪かっただけよ!」

「なるほど。 調子が悪い日がずっと続いたため、負け越しなわけなんだな」 

「そっ、そっちこそ、ダオジスに勝てたことないくせに!」

父は重々しく首を横に振った。

「俺はダオジスとまともにやりあっていた」

「ぐっ・・・・・!」

 テレフタレートは言葉を詰まらせた。何かを言い返そうとするのだが、言葉がなかなか出てこない。

 さらに追い討ちをかけるように、父は言う。

「まともに戦えるはずはないとは思っていたが、想像以下だ。 底辺の下の最下層のまだ下だ」

「なっ、なんですってっ!?」

 テレフタレートが必死に言葉を連ねれば連ねるほど、内容は怪しくなり、父の視線が冷たくなっていく。耐え切れずに、テレフタレートは余計に言葉を重ねるが、被害の上塗りだった。

 レシオンはこの光景に驚いていた。

きっと、他のみんなも驚いていただろう。

 あのテレフタレートに対して、ここまで言える人がいるなんて!?

 その視線を敏感に感じ取ったのだろう。

 テレフタレートがレシオンに対して、キッと鋭い視線を向けた。

「とにかく、何かいい方法があるのなら、早く言いなさいよ! ほらっ! 早く! さあっ! さあっ!」

 拳を振り上げたテレフタレートが父に迫り寄る。一歩、また一歩とまるで死刑執行人のように。

「あの、ソーシャルさん・・・・・。これって、いわゆる尋問って言うんじゃないかな?」

「・・・・・う、うーん。 まあ、でもいつもこんな感じだからな・・・・・」

 頭を抱えながら言うレシオンに、ソーシャルは困ったように首をひねった。

「なるほどな」

 テレフタレート達の会話に無粋な邪魔をしたのは、いうまでもなくエレジタットだった。

「つまり、貴様の性格は父親似だったというわけか」

「って、そんなわけないでしょう!!」

 ばきっ!

 テレフタレートの拳が、それも裏拳がエレジタットの顔面に直撃した。悲鳴をあげてのた打ち回るエレジタットに、抑制の効いた声でファティは言う。

「そうだったのですね、テレフタレートさん。 テレフタレートさんとテレフタレートさんのお父さんは似たり寄ったりなのです! 背水の陣なのですよ!」

 全然、違うだろうが・・・・・!

 メイルはしみじみとそう思った。



「そういえば、エレジタットさん。 フレデリカさんとオルファスさんはどうしたんですか?」

 レシオンはあらためて周囲を見回して言った。

 いつのまにか、フレデリカとオルファスの姿がなかったのだ。

 さもありなんといった表情で、エレジタットは答えた。

「魔王様のところに戻ったぞ!」

「はあっ!? ちょっと、あんた達、なに勝手なことをしているのよ!」

「ふっ! 心配するな! ちょっとばかり、秘密兵器を取りに戻ってもらったまでだ!」

 テレフタレートが食ってかかると、エレジタットは傲然と胸を張った。

 テレフタレートは素っ頓狂な声を上げた。

「何よ? 秘密兵器って?」

「来れば分かる!」

 エレジタットは即答した。

「きっと、すごい秘密兵器が来るですね!」

ドキドキワクワクしているファティに、メイルは不安げにつぶやいた。

「・・・・・今回も、大したものじゃなさそうだけどな」

「そんなことないです! きっと、ものすごい巨大ロボットが現れるに決まっているです! メガトンパンチなのです!」

 まるで興奮を抑えきれないかのように、ファティは両拳を胸に突き出して言い放った。

「・・・・・あのな、アプリナ」

 メイルは顔をしかめ、すぐに反論した。

「・・・・・今まであいつが役に立ったことがあったか?」

「もちろんです!」

「どういうふうにだよ?」

 メイルがファティに人差し指を突きつけて、力強く言い切った。

だが・・・・・。

「いろいろです!」

 と、言われた当人は全く平然とした顔で答えた。

「そんなことよりもメイル、今は秘密兵器が来るのが楽しみです! わくわくするですよ~♪ 早く、来てほしいです~♪」

 ファティは満面の笑みを浮かべながら、勢いよくドアを開いて扉の外に出た。

「おまえな、その根拠は一体どこから――」

「あっ! です」

彼女を追いかけていこうとしたメイルがそう呼びかけた時だった。突然、ファティが言葉を挟んできたのだ。

「いきなり何だよ?」

メイルは不愉快そうに言いながらも、ファティを見つめる。ふと目を遣ると、彼女の視線はいつのまにか目の前に立っている二人の人物にあった。

「イドラ、逃がすつもりはないぞ!」

そのうちの一人、緑色のコートの男――ストラはそう告げた。

「見つけたわよ、イドラの少年!」

もう一人の少女――レイチェルも言った。

「ど、どうしてここに・・・・・!?」

 レシオンは思わず息を呑んだ。

 エレジタットが驚愕した。

「なにぃ!? 何故、奴らはここが分かったんだ? まさか、俺様が放つ抑えきれない輝きを読み取ったと言うのか! 扉を開けてからまだ十五秒しか経っていないではないか! やはり、俺様は底が知れん・・・・・。 まずいぞ!このままでは、秘密兵器のことさえも気づかれてしまう! 何か策を! 策をッッッッッ!!!!」

「ちょっと! なに、自分でばらしているのよ!」

 テレフタレートの冷静な突っ込みが、エレジタットの流暢な台詞を切断した。

「イドラ。 インフェルスフィア様がお待ちかねだ。 一緒に来てもらおうか?」

 言いながら、ストラは一歩踏み出した。オーラに気圧されて、レシオンは無意識のうちに一歩下がってしまう。

「こ、断る!」

 勇気を振り絞って、レシオンは叫んだ。

「私もです!」

 それに同意するかのように、ファティも二人の要求をはねのけた。

「無理やりにでも来てもらうわ!」

レイチェルは大きく右手を上げ、そしてその手を勢いよく振り落とした。その瞬間、レイチェルの全身からごう、と魔力が放たれた。レシオン達の横をすり抜け、衝撃波が家の壁を吹き飛ばす。 誰に言うとでもなく、父は言った。

「家が破壊された場合、どこに請求するのが正しいだろうか?」

「そうね。 普通は、インフェルスフィアではないかしら?」

 父の言葉に、母は淡々とした表情で答えた。

「母さん、修繕費と慰謝料を請求しておいてくれ。 請求場所はそうだな。 とりあえず、ダオジス=ロイド=ルイヤのところでいい」

 自分の言葉に自分で答えると、父は足元の瓦礫をどかしていく。

「分かったわ!」

 言うが早いか、母も父の横で猛烈な勢いで瓦礫をどかし始めた。その時だった。


 ドカァァァァァァァァァァッッッッッッッン!!!!


「えっ・・・・・?」

 とレシオンはつぶやいた。

「えっ? です」

 とファティはつぶやいた。

「うおおおおおっ!?」

 とエレジタットは叫んだ。

 凄まじいエネルギーの本流が、誰一人として予想していなかった明後日の方向から、突然レシオン達に襲いかかったのだ。まったくの不意をつかれて、レシオン達もテレフタレートの両親も、それにレイチェル達さえ、その直撃を受けて吹き飛ばされてしまった。

「ついに来たか!」

 壁を吹き飛ばし、現れ出たそれを見て、エレジタットは興奮して胸を躍らせた。

「な、なんなんだ? これは?」

 レシオンは見た。何やら、巨大な戦車がゆっくりとこちらに近づいてくるのを。

「巨大ロボットです~♪」

「いや、これはどうみても戦車だろう・・・・・」

目を輝かせて言うファティに、メイルはガクッと肩を落とした。

 破壊された壁の破片を拾っていた父が、作業をする手を止めて、じっと巨大戦車のことを見つめていた。その目に、どこか痛ましいものを見るような表情が浮かんでいるように感じたのは、はたしてレシオンの思い込みだろうか。

「・・・・・母さん、追加だ。 魔王にも、修繕費と慰謝料を請求しておいてくれ」

「もちろんしておくわ! 任せて!」

 父の言葉に反応して、母が胸を叩いた。

「お待たせしました! エレジタット様!」

 聞き覚えのある女性の声が、エレジタットに向かって話しかけてきた。

「ちょっと、あんた達! 何よ、これ?」

 テレフタレートの抗議に耳を貸さず、エレジタットは話を続けた。 

「ふっ・・・・・、間にあったか。 これぞ、神速の剣豪、エレジタット様が魔王様に頼んで開発して頂いた試作魔道戦車、Z一号!」

「試作魔道戦車? この亀みたいなのが?」

 テレフタレートが胡散臭そうに一歩、前に進み出る。

 エレジタットは大きく頷くと、さらに話を続けた。

「陸亀の機動力と重装庫、そして巨大な火力を備えた無敵の機動兵器だ!」

「陸亀の機動力? なら、何の問題もないわ」

「・・・・・だな」

 自信満々に告げたエレジタットに、すかさずレイチェルとストラが言った。そして、身体中の魔力エネルギーを両手に集めると、ストラは一気にそれを放出した。

「くだけろっっ!!」

無数の圧倒的な魔力の込められた光弾が、同時に試作魔道戦車Z一号に飛来した。その衝撃の巻き添えを食ったレシオン達は思いっきり、宙へと舞い上がった。

「なっ、なんだとっ!?」

 信じがたいものを、エレジタットは目撃した。

 次の瞬間、試作魔道戦車Z一号は完全に破壊され、見るも無残な姿へと変わり果てていたのだ。

 途端、エレジタットの顔色が目に見えて青ざめた。

「・・・・・し、しまったぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 早くも弱点に気づかれてしまうとはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 天空を高く高く飛びながら、エレジタットはあらん限りの絶叫を搾り出した。

「そ、そんな・・・・・!?」

 同じく宙に舞っていたフレデリカもそれを訊いて、悲しげに首を振った。

「だ・か・ら・ね!」

 テレフタレートは怒りで拳をぷるぷると震わせた。

「これも全部すべて、あんたがばらしたせいでしょうがぁぁぁぁぁっ!!」

 こらえきれなくなったテレフタレートが、思いのほとばしる絶叫を上げるのだった。

 

   


「ちょっと、ストラ!」

思わず、レイチェルはむっとして叫んだ。

「ははっ! やりすぎたみたいだな! でも、そんなに遠くには行っていないだろう?」

 ストラのバカにするような茶化しに、レイチェルはキッと彼を鋭く睨みつけた。

「・・・・・絶対に逃がさないわ!」

そう言って小さく呪文を唱えると、レイチェル達はその場から姿を消した。

「な、なんということだ・・・・・」

 オルファスは唖然としてその光景を見守っていた。

 わずかな焦りを、オルファスは感じていた。

 あれほど苦労して持ってきた試作魔道戦車Z一号が、早くもスクラップ状態となったのだ。驚かずにはいられない。

 しかも、イドラであるレシオン達と離れ離れになってしまった。このままでは、イドラがインフェルスフィアの手に渡ってしまうのも時間の問題かもしれない。それだけは、なんとしても避けなくてはならない。

 落ち着け、落ち着くのだ。

 表面上、つとめて冷静さを取り繕いながら、オルファスは自分にそう言い聞かせた。

 彼らが飛んで行った方向は分かっている。俊足魔法を使えば、すぐに追いつけるはずだ。

 トントン。

 諦めずに延々と考え込むオルファスの肩を、誰かが叩いてきた。

「ん?」

振り返って、オルファスは絶句した。

 テレフタレートの両親が、一斉に片手を差し出してきたからである。

「・・・・・むっ? どうかされたのかな?」

「どうしたも何もないぞ」

 呆然とした顔のオルファスに、父はさらに手を突き出した。のように丸めた手を挑発するようにぴくぴくと動かす。

「修繕費と慰謝料、締めて百万きっちり払ってもらうぞ!」

「百万払ってね!」

 父と母の言葉は、見事に同じタイミングに発せられた。

「ど、どういうことだ・・・・・?」

 呆然とした表情のまま、オルファスは二人を交互に眺めた。

 にやりと意地の悪い笑みを浮かべる父親。

 凄みのある薄笑いをしている母親。

 何だかすごく気味の悪い光景に見えるのは・・・・・気のせいではないだろう。

 父はそのままオルファスを覗き込み、ゆっくりと言い直した。

「分からないのか? 建物の修繕費と慰謝料をよこせと言っているんだ!」

 オルファスは硬直した。

 しばらくして混乱しきっていた思考がどうにか収まり、オルファスは素っ頓狂な声を上げた。

「な・・・・・なにぃ!? お金を取るのかっ!?」

「当たり前だ! あんなでかい戦車などを持って来られて、どのくらい、この家に損害を与えたと思っているのだ!」

「もちろん、別に器物損害代も請求するわよね? あなた」

 苦虫を噛み潰したような母の声に、父が不適に笑う。

「当然だろう、母さん。 プラスで、あと十万ほど請求するに決まっている!!」

 まずい、まずいぞ・・・・・!?

 オルファスは先程とは別の理由で焦っていた。

 このままでは百十万、払わされてしまう。

 いや、下手をすると、それ以上の金額を請求されかねない。

 このまま、俊足魔法でトンズラしてもいいのだが、その場合、間違いなく魔王様の元に請求が回ってきてしまうだろう。

 オルファスはたった今、かってない窮地へと立たされてしまっていた。

「さあ、きっちり、百十万」

 ぼきぼきっと指を鳴らす母。

「払ってもらおうか?」

 いつのまにか持ってきた剣を地面に突き立てる父。

 彼らは声を揃えて叫んだ。

「「何でもいいから、さっさと払えっ!!」」

「む、無茶なことを言うなぁぁぁぁぁっ!!」

 思わず、絶叫すると、オルファスはいきなりナレーション口調で何かを読み上げ始めた。

「そもそも、損害賠償金を請求する相手が違うぞ! 請求する相手は、インフェルスフィアの連中であろう!!」

「もちろん、そちらにも請求する」

「奴らが襲ってきたため、私達も仕方なく防衛したというだけだ!!」

「我々に損害を与えたのはどちらも変わらない」

「・・・・・ぐっ、我々も苦渋の決断だったのだ・・・・・。 魔道戦車の開発には一苦労あり――」

「「何でもいいから、さっさと払えっ!!」」

 ナレーション口調で読み上げていたオルファスの台詞をさえぎって、二人は先程と同じ言葉を叫んだ。

 父は鋭い眼差しを向けて言った。

「貴様、先程から何を言っている? いやそれよりも、何も出さずにすべてをなかったことにしてごまかそうとしたな? 踏み倒しの確信犯として、さらに十万、払ってもらおうか」

「・・・・・・・・・・」

 オルファスはだらだらと、嫌な汗を全身にかき始めた。

 このままではまずい。このままここに滞在していると、魔王城からかき集めても足りない額になってしまうのではないだろうか。

 もうこうなったら、なりふりなんて構っていられない。

「――くっ、申し訳ない・・・・・。 魔王様、魔将軍様、あとはお任せいたします!!」

「何をぶつぶつ言っている?」

苛立つ父の声を無視して、オルファスは軽く何事かをつぶやく。すると次の瞬間、オルファスは瞬く間もなく、そこから姿を消していた。

鮮やかな逃亡劇を見て、しばらくその場を呆然と見入っていた父だったが、すぐに感極まった口調で言った。

「・・・・・母さん。 魔王に、延滞料金を追加しておいてくれ」

「もちろんしておくわ! 任せて!」

 父の言葉に応じて、母は胸を叩いた。


 ――その後、魔王のもとに、破額の請求書が送られてきたことはいうまでもない。


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