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第十二章 想い出数え歌

「ふうん、あなたがそうなんだ?」

長い甘栗色の髪を二つに大きく分けている少女は人差し指をビシッと突き出し、言い放った。

「・・・・・・・・・・な、なんだよ?」

 スカイブルーの髪の少年の返答に、少女は満面の笑みを浮かべて言った。

「あなたが、あの馬鹿親父が連れてきたえっと・・・・・、何とかさんよね?」

「ああ・・・・・、そうだけど・・・・・」

 何とか・・・・・ではないけれど、な。

 少年がそう言い終わると、間一髪入れずに少女は告げた。。

「私は自称・可憐でビューティーフルなテレフタレート=コルレリアよ! 自称・超一流の格闘家で、自称・世界一の賞金稼ぎなの!!」

「全部、自称・・・・・だな」

「まあね!」

 呆れたように溜息をつく少年に、テレフタレートは自慢げににこっと笑った。

「君もあの人と同じで賞金稼ぎなのか?」

 少年がそう言った途端、テレフタレートは不快げに顔をゆがめ、溜息をついた。

「・・・・・何よ! ちゃんと聞いていなかったの?」

「えっ?」

「まあ、いいわよ! もう一回、言ってあげる!」

 テレフタレートは大仰に頷いた。

「私は自称・可憐でビューティーフルなテレフタレート=コルレリアよ! 自称・超一流の格闘家で、自称・世界一の賞金稼ぎなの!!」

 言うが早いか、テレフタレートは勢いよく少年に対して人差し指を突き出した。

「いや、それはさっき、聞いたけれど・・・・・」

 少年がぼそりと正直な感想を述べると、テレフタレートはにんまりと笑みを浮かべて言い放った。

「最後まで聞きなさいよ! つまり、私は超一流の格闘家で、世界一の賞金稼ぎでもあるのよ!」

「・・・・・それって、格闘家でもあって賞金稼ぎでもあるってことなのか?」

「そのとおり!」

 と誇らしげに胸を張って、テレフタレートが答えた。

「私はどちらも極めてみせるんだから!」

「そうなんだ」

 驚き半分、納得半分の声で、少年が頷いた。

 テレフタレートはそれを聞くと、まじまじと少年を見つめた。

「ねえ、それよりも、どうしてあんなところにいたの?」

「・・・・・分からない」

「ふうん。 じゃあ、どこから来たの?」

「・・・・・・・・・・」

「どこに行こうとしていたわけ?」

「・・・・・・・・・・それは」

「何よ? 答えたくないわけ?」

「・・・・・・・・・・」

 テレフタレートは少年にしつこく素性を聞いたが、少年は何ひとつそれには答えなかった。そのうちに彼女は諦め、質問を変えてきた。

「じゃあ、これからどうするわけ?」

 その質問にも少年は答えられなかった。

 どうすればいいのかなんて分からなかったからだ。

「じゃあ、何か特技みたいなものってある?」

「不思議な能力みたいなものならある」

「えっ?」

 少年はそう告げると、その場で能力を使ってみせた。

「わあっ!」

 と、テレフタレートは感嘆の声を漏らした。

「今のって、どうやったわけ? ねえ?」

「あっ、いや・・・・・」

「それって、生まれつきの能力とかなんかなの?」

「・・・・・・・・・・」

 その話題には触れられたくなかったので、少年はずっと黙っていた。

「まあ、いいけれど」

 と、テレフタレートは本当にそれには興味を失ったかのような口調でこう続けた。

「そんなことよりも、あなた、行くところがないんでしょう! だったら、ここに暮らさない?」

「えっ?」

 意外な言葉に、少年は目をパチクリさせた。

 それを見たテレフタレートは不満そうに唇をとんがらせた。

「それとも、い・や・な・の!」

「そういうわけじゃないけれど・・・・・」

「だったら、決まりね! 心配しなくていいわよ! どうせ、馬鹿親父はいつも退屈な遺跡探索とかに行っていて、ほとんど家にいないから!」

 先程の自分の素性を語った時を上回る得意さで、テレフタレートは言った。

「あっ、そういうことじゃなくて・・・・・!」

 慌てて、少年は口を挟んだ。

「何よ? まだ、何かあるわけ?」

 テレフタレートが不満げにそう言うと、少年は申し訳なさそうにつぶやいた。

「あっ、いや、ここにいてもいいのかなと思って・・・・・」

「別にいいわよ! それともあなたは嫌なわけ?」

「そういうわけじゃないけれど・・・・・」

 そんな煮え切らない少年の様子を見ていたテレフタレートが、軽く溜息をついた。

「もう、はっきりしないわね! さあ、どうするの? ここで暮らすの? それとも何か行く当てでもあるわけ? ほらっ! さあっ! さあっ!」

 拳を振り上げたテレフタレートが少年に迫り寄る。一歩、また一歩とまるで死刑執行人のように。

「な、な、な、な、な、ないけれど・・・・・」

「じゃあ、決まりね!」

 少年の答えに、テレフタレートは満足げに笑みを浮かべた。

 それから顔をしかめて付け加えた。

「そういえば、結局、あなたの名前ってなんて言ったっけ?」

 少年を振り返り、テレフタレートが言った。

「ソーシャル」

 と少年は答えた。

「俺の名前はソーシャルだよ!」

 少年は――ソーシャルはかみしめるようにつぶやき、うつむき、しかしすぐに顔を上げた。そして嬉しいような困ったような笑みを、テレフタレートに向けた。


   


 かたん、という小さな物音にレシオン達は耳をすませた。

「・・・・・なんだ。 ・・・・・ただの風か。  驚かせやがって!」

 カップを片手に、オルファスが舌打ちをしながらカーテンを固く閉ざした窓を軽く睨んだ。

 しかし、それはレシオン達も同じ気持ちだった。静かな一室の中に満ちた緊張が、潮が引くように薄らいでいく。

「・・・・・もう、びっくりさせないでよ」

「・・・・・・・・・・ああ」

 テレフタレートが珍しく神妙な顔を見せるが、それを向けられたオルファスは特に気にもせず、窓の隙間から外の様子を伺っていた。

 ここはオーダリ王国にあるジュリアの自宅である。

レシオン達はインフェルスフィア達にすぐに見つからないように、以前、訪れたことのあるランリールの街の酒場の主人兼宿屋の主人に事情を話し、小さな漁船を貸してもらったのだ。そしてそれに乗り、身を隠しながら何とかオーダリ王国にたどり着いたのだ。

だが、無事にインフェルスフィア達から逃げのび、オーダリ王国に入ったまではよかったが、次に困ったのは身を隠す場所だった。

この国で一番インフェルスフィア達が目をつけているのは、当然、レシオン達が訪れていたジュリアのギルドだろう。宿屋に泊まるのも論外だ。なので、レシオン達は仕方なくギルドの近くで合流を果たしたテレフタレート達とともにレイチェルの自宅へと向かったのだった。

「・・・・・その、ごめん。 あんたの家に大勢で押しかけたりして、迷惑かけて・・・・・」

 ソクスデス相手に、テレフタレートは初めて頭を下げた。

 だが、ソクスデスは何てこともないような口調で答えた。

「・・・・・いつものことだろう」

「む、むうっ!」

 何かを言おうと口をパクパクしたのだが、何も言い返す言葉が見つからず、テレフタレートは悔しそうにむくれてみせた。

「・・・・・それにしても大変なことになったわね」

 ジュリアは右手に顎に乗せ、深く大きな溜息をついた。

「今はここを見つけられてはいないみたいだけど、いつインフェルスフィア達がここに目をつけるか、分からないわね・・・・・」

「そのことで、一つ提案があるのだが――!」

 先程から見張りについていたオルファスがふいに言葉を挟んだ。

「一度、魔王様のところに戻られてはどうだろうか?」

「はあっ?」

 その言葉に、テレフタレートはキッとオルファスを睨んだ。

「そんなことしたら、また監禁させられることになるわよ! 却下よ! 絶対に却下っ!!」

「・・・・・ならば、このまま、インフェルスフィア達の陰に怯えて、隠れているか?」

「うっ! そ、それは、それは・・・・・!」

 動揺して叫び返そうとしたその時、テレフタレートはあることに気づいた。

「・・・・・そ、そうよ! ありしあよ! インフェルスフィアの妹であるありしあなら、何か知っているはずよ! それに、妹なら説得とかもできるかもしれないでしょう!」

静寂が辺りに満ちた。

テレフタレートは言ってやったぞといわんばかりに満面の笑みを浮かべ、レシオンはレシオンで『そういえば、そうだったな・・・・・』と意外そうにテレフタレートを見た。

――でも。

「・・・・・・・・・・無理だな」

といわれた当人であるオルファスはまったく平然とした顔で答えた。

「魔王様に連絡して、すぐにリブレックの街に調査団を何人か派遣してもらったが、店はもむけの殻だったそうだ」

 おろおろとファティとメイルは互いの顔を見合わせた。

「ありしあさん、どうしたですかね?」

「うーん・・・・・」

「それでどうなのよ!」

 それでも、テレフタレートは腰に手を当てて食い下がった。

「何か、手がかりとかはないの?」

「何もない」

「そ、そうよ! ルーンが書いたっていう本には何か書いてないの?」

「何も書かれてはいないな」

「じゃあ、他の本とかには・・・・・」

「何も書かれていない」

「ル、ルトンの塔は今はどうなっているの?」

「壊れたままだ」

 テレフタレートの矢継ぎ早の問いかけにも、実にあっさりとオルファスは答えてみせた。

「本当に何か、何かないの! 何でもいいから、話しなさいよ・・・・・!」

「・・・・・そうか。 では、ありしあのお店について!」

 と、得意げに、オルファスはナレーション口調で説明を始めてくれた。初めて見たテレフタレート達は当然、驚いたのだが、何度か経験済のレシオン達はちょっとしか驚かなかった。

「お店を調べたところ、いくつかスペースが開いていてそこに置かれていた商品がなくなっていたようだ。 最も、何がなくなっていたのかは分からないがな! ちなみにリブレックの街には美味しいお菓子のお店があって、よく魔王城に戻る前とかに私はそこでいろいろと買い占めていたりする! だが、値段が少し高いせいか、お客が少ないのが難点だ。 私のお気に入りのお菓子はフルーツ盛りたくさんのカラフルなワッフルだ。 このワッフルは食べると中からカスタードクリームが出てきて絶妙な味わいをみせてくれるのだ!! 君達もリブレックの街に行ったら食べてみるといいぞ!!」

「そうなんですね。 分かりやすい説明をありがとうございます」

 ルーンは感心したようにぺこりとお辞儀した。

「ほう! まさか、この俺様以外にあのお菓子の店の常連がいたとはな!」

「本当ですね、エレジタット様!」

 エレジタットが興奮してにたりと笑うと、フレデリカは相打ちを打った。

「最も、俺様の場合、金が足らなくて追い返されてばかり――」

「ちょっと、ありしあの件と全く関係ない話ばかりじゃないのよ!!」

 エレジタットの説明を打ち消すように、テレフタレートは大声でそう言い放った。

 確かに関係ないよな・・・・・。

 ありしあさんとリブレックの街のお菓子屋さんの話なんて・・・・・。

 レシオンは思わず、そう思ってしまった。

 そんな時、ふいにエレジタットがしみじみとつぶやいた。

「それにしても信じられないな」

「そうよね。 あの、ありしあがインフェルスフィアの妹なんて――」

 テレフタレートのその言葉に、ちっちっち、とエレジタットが指を振った。

「まさか、貴様がこの世界を支配しようとしている暗黒街のボスだとはな!」

「・・・・・・・・・・あ、あんたはね! い、いい加減、少しは話を聞きなさぁぁぁぁぁ―――――い!!」

 ばきっ!

 テレフタレートの拳が、それも裏拳がエレジタットの顔面に直撃した。悲鳴をあげてのた打ち回るエレジタットに、抑制の効いた声でファティは言う。

「大丈夫ですよ、テレフタレートさん。 ささいなことにも説明を多く求めてしまうのは人として当然のことなのです! 冷汗三斗なのですよ! 」

 全然、意味が違うだろうが・・・・・!

 メイルはしみじみとそう思った。


「これからどうするんだ? テレフタレート」

「魔王のところなんて行かないわよ!」

 ソーシャルの問いに、テレフタレートはふてくされたように頬を膨らませて叫んだ。そして、近くにあったソファに腰を下ろした。

「じゃあ、どうするんだよ?」

「・・・・・それは、その・・・・・」

「・・・・・ん?」

 ソーシャルは首を傾げた。

 テレフタレートは言いにくそうに口をもごもごとして、何かを言いかけてはまた口を閉ざしてしまう。普段の彼女とは思えない姿だった。

「まあ、なんていうか・・・・・」

「どうかしたのか? テレフタレート」

「そういうわけじゃないけれど、ただ・・・・・」

「まさか、貴様!」

 エレジタットには合点がいったらしい。エレジタットはポンと手を打ち鳴らした。

「まだ、世界征服をあきらめていないのか!」

「全然、違うわよ!」

 と声を張り上げてから、テレフタレートは首を振った。

「私はただ・・・・・」

「・・・・・ただ?」

 彼女が何を言わんとしているのか、レシオンにもまったく理解も予想もできなかった。

 レシオンが促すと、テレフタレートはまた口をごもごもと動かした。心なしか、その頬がうっすら赤く染まってさえいる。

「あ――、もうっ――――!! とにかく!!」

「ええっ!?」

 レシオンは驚いた。

 突然、テレフタレートが憤懣やる方ないといった様子で叫び、勢いよく立ち上がったのだ。一体、何が彼女の怒りを誘ったのか、レシオンには全く意味不明だ。だが、真の驚愕はすぐその後にやってきた。立ち上がったテレフタレートは、ソーシャルへ向き直ると怒ったような口調で次のようにまくし立てたのだ。

「アレアの町に戻るわよ! ソーシャル」

「・・・・・・・・・・はっ?」

 一気に言い切ると、テレフタレートはソーシャルにそっぽ向いてまたその場に腰を下ろした。 ソーシャルは一瞬、彼女が何を言ったのか理解できなかった。テレフタレートの台詞が早口だったからではない。あまりにもその台詞の内容が、彼女に似つかわしくないものだったので、ソーシャルの脳が内容の理解を拒んだのだ。

 ソーシャルはぽかんと口を半開きにして、あらぬ方向に視線をやっているテレフタレートの横顔を見た。ゆっくりと彼女の台詞の意味が、ソーシャルの脳に染み渡っていく。

「もしかして、父さんに相談するつもりなのか?」

「そ、相談じゃないわよ! 話をするだけよ! 話をするだけ!」

 こちらに視線を向けようともせずに、早口でテレフタレートは答えた。

 ソーシャルはまじまじとテレフタレートの横顔を見た。意外さによる衝撃が去ると、不可思議な感情が頭をもたげてきた。

 テレフタレートが父親を頼っている。

 それは行動としては別に意外なことではないのだろうが、ソーシャルの常識から考えたら信じられないようなことだった。

 テレフタレートの父親は名の知れた賞金稼ぎだ。だが、遺跡探索をメインとした父親と、魔物退治が得意で遺跡探索は論外なテレフタレートとではいささか亀裂が生じている。だから、決して彼女は父親に頼ることはないだろうと思っていた。

だが、それはどうも思い違いだったらしい。

 少し迷い、二度三度躊躇して、ソーシャルはテレフタレートの横顔に話しかけた。

「・・・・・・・・・・いいのか?」

「・・・・・し、仕方ないでしょう。 魔王のところに行くよりはマシよ! ・・・・・・・・・・多分,」

「えっ? それってどういう意味なんですか?」

 目をパチクリさせて、レシオンがこちらに顔を向けた。

 テレフタレートはひとつ深呼吸をして、諦めたように首を軽く下げ、そして口を開いた。

「行けば、分かるわよ! 行けば、ね!」

 テレフタレートのそのやけくそな言葉に、レシオンはいささかどころか、遥かな不安を感じるのだった。


   


「あれ? ソーシャル」 それはソーシャルがテレフタレート達と一緒に住むようになってからのある夜、家を出て歩いたところで、テレフタレートは足を止めた。ソーシャルが一人岩場に腰かけ、月明かりを浴びているのが目に入ったからだ。

 テレフタレートが彼に歩み寄ると、ソーシャルの方も足音で彼女に気づいた。

「・・・・・テレフタレート?」

「ねえ、ソーシャルは何かなりたいものってある?」

 言いながら、テレフタレートはソーシャルの隣の岩に腰かけた。

 ソーシャルは特に迷惑そうな表情を浮かべるでもなく、星空を見上げた。

「・・・・・俺は剣士に、いや冒険者になりたい、かな」

 テレフタレートはまじまじとソーシャルを見た。だが、すぐにその彼の真剣な物言いに思わず、笑ってしまっていた。

「そうなんだ! ちょっと、意外!」

「あのな・・・・・! 俺は本気で言った――」

「でも、かっこいいと思うよ! 冒険者、ソーシャル!」

 ソーシャルの苦情をさえぎって、テレフタレートは笑いを漏らしながらソーシャルの手を握りしめた。


 ――探しもの。

それは決して見つからないものなのかもしれない。

 探してもないのかもしれない。

 でも握りしめた、この手のぬくもりだけは確かに存在すると、ソーシャルはこの時、そう思った。


今回で3巻分が終わりです。4巻はまだあるので、しばらく投稿が止まりそうです(>_<)

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