孤児院を見て回ろう
『くそう! バルノアは人に転生したのかよ!』
『ギザリアは猫か』
『俺も人がよかった! それなら酒が飲めたのに!』
『お前は転生しても変わらんのだな……』
訓練場から先生と一緒に孤児院の方まで戻ってきたら、皆に撫でられてぐったりしていた猫のギザリア様が驚きの声を上げた。声を表現するなら「にぎゃー!」。あまりの驚き様に、皆もびっくりするほどだ。そして当然というかなんというか、ギザリア様はやんのかステップで先生を威嚇、それを皆は先生の顔が怖いからだと言って、先生に笑顔になれと無茶ぶりをしだしてカオス状態だった。
そしてようやく落ち着いて話すことができたんだけども、ギザリア様の怒りのポイントが微妙。そして猫パンチとしっぽで先生を攻撃している。当然ダメージはないけど、先生としては精神的なダメージを受けているようだ。
『はー、変われば変わるものねぇ』
エスカリテ様は終始びっくりした感じで先生とギザリア様を見ている。心なしか声が嬉しそうだけど、それは私の気のせいかな。
結局エスカリテ様は先生を許したというか、そもそも何も考えていなかったというのが正しいみたいだ。もちろん、当時のことを思い出すとはらわた煮えくりかえるみたいだけど、私が元神様とは知らずに先生のことを色々話していたのが功を奏したのか、変わった先生を見てお咎めなしってことになった。
勇者エイリスさんと魔王ベルトさんが生きているってことも大きな理由っぽい。それに孤児院の皆の先を見たいという理由も気に入ったようだ。エスカリテ様としてはそれこそが神としてのあるべき姿だとか言ってるけど、その辺りは良く分からない。ただ、先生はこのまま先生ってことだ。よかったよかった。
「マリア姉さん、先生と何かあったの? 先生の雰囲気が変わったような?」
相変わらずみっちゃんは鋭いね。とはいえ、どこまで話していいものやら。まあ、今は余計な情報を与える必要はないと思う。変だとは思っても私が言わないと決めたなら、それすらもみっちゃんなら察してくれるだろう。
「特に何もないよ」
「……ふうん。ならいいんだけど」
さすがだぜ、みっちゃん。色々察しが良くて助かるよ。でも、信頼できる人には事情を話して協力してもらった方がいいのかな。色々と隠すには無理があるほど秘密がいっぱいだし、私だけでエスカリテ様への信仰心を得られるか微妙な気がしてきた。それに早く解決できる分には何の問題もないからね。これは夜にエスカリテ様に相談しよう。
「みっちゃん、王都のお土産を皆に配るから手伝って」
「うん……これガズ兄さんが作ったチョコ?」
「ようやく理想の温度で溶けるくらいの硬さになったから冷やしながら持ってきた」
小型冷蔵庫という魔道具。クーラーボックスじゃないところが異世界だね。私にはエスカリテ様の家というチート級の無限収納ボックスがあるけど、この距離なら私じゃなくても運べるものでガズ兄ちゃんに借りてきた。このチョコで私に対する皆の好感度を上げようという策略があったけど、よく考えたら好感度が上がるのはガズ兄ちゃんの方だった。くそう。
さて、先生の件で色々あったけど、まずは皆に美味しい物を食べてもらおう。チョコの甘さに震えよ……!
チョコの評判はすごかった。ガズ兄ちゃん作ということで女の子たちはハートを射抜かれたよ。しかも明日はご本人が到着、モテモテになりそう。私の評価も良かったと思う。孤児院へ仕送りしたから、衣食住が格段にレベルアップしたわけだし、ちゃんとお礼が言えるいい子達だ。
それにしても皆は偉いね。孤児院の暮らしが良くなっても、それに胡坐をかくことなく、節約、堅実をスローガンにしてお仕事を頑張っているみたいだ。そして私が帰ってきたからといってお仕事に手を抜くことはないみたい。これから仕事だからと私と先生は孤児院を追い出された。女の子たちはお裁縫だったり、掃除だったり、料理の準備とかをするみたいで、男の子たちは畑仕事や牛や鶏の飼育、他にも街の方へ行ってお仕事を受けるみたいだ。
みっちゃんだけは魔法使いのおばあさんに魔法を教わっているとか。お金にならないけど、ルガ王国から持ってきたお金を孤児院に入れたから結構自由にしているらしい。それに彼氏役から正式にメイドさんになったアイレダちゃんも魔力がちょっとあるようで、一緒に教わっているみたいだ。
司祭様は教団の支部へ向かったようで、また夜にこっちへ来るとか。先生に手紙を渡していたようだけど、なんか国王からの謝罪が書かれていたらしい。そして改めて辺境への支援金を増やす手続きをしているという内容だったみたいだ。
そんな話をしながら、先生と一緒に孤児院の周りを見て回る。
ほんの数か月前のことなのに、色々と変わったみたい。これもエスカリテ様のおかげかな。それにしても孤児院が立派になったなぁ。織物ができる専用部屋が出来たし、畑も広くなった。牛や鶏も増えたし、ものすごい安定感だ。
「なんか思ったよりも立派になってますね」
「ミシェルが色々やってくれたからな」
「先生は?」
「……頑張ってはいる、と思う。市場価格も把握しているし、お金の計算もちゃんとしている……はずだ」
戦いのこと以外でいまいち自信なさげなのは私が知っている昔の先生のままだね。ぼったくりに遭わないように市場価格を調べたり、簡単なお金の計算を教えたんだけど、その教えは守ってくれているみたいだ。私って元神様にそういうのを教えていたのか。神様ならそれくらい知っててほしい。
どんな環境でも弱い奴は死に強い奴が生き残るという考えは、私が来る前の考えだったようで、私が来てからは考えが変わったようだ。だからこそ、私から市場価格とかお金の計算を学んだんだとか。みっちゃんがいれば大丈夫だろうけど、みっちゃんもいつかは孤児院を出ていくだろうから先生がちゃんとしないとね。
『マリアちゃんに色々教わるバルノアが見たかった!』
『趣味が悪いぞ』
『戦闘狂に言われたくないわ!』
なんとなくぎこちない感じはするけど、エスカリテ様も先生も普通に話はできるみたいだ。ギザリア様も怒ってはいないみたいで、普通に話をしていた。ギザリア様は二千年前にはもうすでに亡くなっていたから、先生に恨みはないんだろうけど、お酒が飲めることには文句を言ってたな。
とりあえず、落ち着いてくれてよかったよ。過去がどうあれ、私としては二人とも大事だしね。
『そんなことよりも、神器や魔道具を探すのか?』
『そう、それ! エイリスちゃんとベルトちゃんを助けるのに協力しなさいよ』
『見逃してくれた礼もある。もちろん協力しよう。しかし……』
『なに? なにか文句があるの?』
『そうではない。あの二人がお互いの剣の力を使って相手を救うとはな』
『人はときに神の力を上回るのよ!』
『昔の俺なら笑っただろうが、今なら何となく分かる気がする。強い、弱いには色々あるのだな』
先生が両腕を組んで頷きながらそう言った。そしてエスカリテ様は絶句している感じだ。昔を知っていると色々違うんだろうね。やんちゃしてた不良がスーツを着て真面目に働いている感じなのかも。
『そういえば……』
『こ、今度はなに!?』
『エスカリテ様、落ち着いてください』
エスカリテ様が先生の一挙一動に怯えている感じ。司祭様の時とは違った形で挙動不審だ。
『剣を破壊されたから、新しい剣を調達しないといけないと思っただけだ』
『わ、私は悪くないわよ!』
『落ち着け、悪いなんて言ってない。当然のことだ。その、なんだ、信じられないかもしれないが、もう昔の俺じゃない。早く慣れてくれ』
『……分かったわよ。ポップコーンを食べて落ち着く』
エスカリテ様はそう言うと、今度はバリボリとポップコーンを食べる音が聞こえてきた。深呼吸もしているみたいだし、なんとか心を落ち着けようとしているんだろう。
「マリア」
「なんです、そんな真面目な顔して?」
「ありがとうな」
「え? 何のお礼ですか?」
「色々だ。孤児院のこと、エスカリテのこと、そして俺のこと。すべてマリアのおかげで上手くいっていると思っている」
「……私だって孤児院に救われた身ですよ。先生という絶対的な象徴がいてくれたから色々やれたんです。先生がここに居てくれたから、辺境の人達も私達の話を聞いてくれたんだと思いますけどね」
「……そうか。俺でも役に立てていたか」
「それに、たまに狩ってきてくれた魔物の肉はごちそうでしたからね。その時は先生が神に見えました」
「そうか。元は神だったからかもな」
そう言って先生は口元に笑みを浮かべた。おお、これまたレアだ。
『ちょっと、バルノア! マリアちゃんは私のだからね! 私の巫女!』
『なんだいきなり。そんなことは分かっているし、俺にはもう巫女なんて必要ない』
『それならいいんだけど……』
『それとな、俺はもうバルノアじゃない。ロディスだ。神だったころの記憶はあるが、今は孤児院の先生をしているだけの男にすぎん』
『……なんか本当に変わったわね……いいわ、二、三日待ってて。壊した剣の代わりに別の物を渡すから』
『別の物?』
『貴方が愛用していた剣がまだ天界にあるでしょ? それを持ってくるから』
『お、おい――』
『じゃ、行ってくるから!』
なにか扉を開けて閉める音が聞こえた。相変わらず行動が素早いよ。
「まだ目が覚めて数ヶ月だと言うのに、エスカリテも変わったな」
「そうなんですか?」
「あの勇者と魔王のことがあったからかもしれないが、マリアのおかげなのかもな」
「そういうもんですかね」
よく分からないけど、いい感じに変わったのかね。先生のこともそうだけど、エスカリテ様の昔ってどんなだったんだろう。いつか教えてもらおうか。
「さて、せっかく訓練場にいるわけだし、久しぶりに稽古をつけてやろう」
「えぇ……明日にはガズ兄ちゃんが戻ってくるんで、それまで待ちません?」
「俺の計算の勉強を待ってくれたときがあったか?」
「……ないですね」
これも因果応報か。しゃーない、やったろうやないかい。皆がお仕事を頑張ってるのに私がだらけているわけにはいかない。私は強いらしいけど、武力的な強さも身に付けてやろうじゃないの! でも、お手柔らかにお願いします。
別の作品で恐縮ですが、「スローライフ・オブ・ザ・デッド」がコミカライズされることになりました。ゆるーいゾンビ物ではありますが、すでに完結している作品ですので、よかったらそちらも覗いてみてください。




