呪神(別視点)
「ナギスダ! 貴様があの王を唆したのか!」
「呪神ともあろう君がそんなに大声を出してどうしたのかな? ちゃんと聞こえているからあまり大声を出さないでくれ。神として品がないよ?」
「答えろ! お前があの王を唆したんだろう!」
「どの国の王のことだい?」
「ルガ王国だ! あの王のせいで私の巫女は死にかけたんだぞ!」
「ああ、あの国ね。死にかけたということは死んでないんだろう? なら、よかったじゃないか」
なんてイラつかせる奴だ。元神で今は天使と同等の力を持つ奴だが、この天界に堂々と居座るとは。愚かな奴らがエスカリテ様を倒し、本当の神になろうと画策さえしなければ、こんな奴を天界に招き入れることもなかっただろうに……!
神殺計画など最初からどうでもよかった。エスカリテ様がお目覚めになれば、昔のように天使に戻るだけ。そう思っていたのに多くの天使が神になれるかもしれないという欲をかいたためにコイツの口車に乗った。
天使どもが馬鹿だっただけの話だが、私の巫女を危険な目にあわせたのは全く別の話だ。コイツがあの王に余計なことを吹き込まなければ、私の巫女が捕らえられることもなかったし、エスカリテ様の呪詛返しをされることもなかった。
私にもっと力が――信仰心があれば助けてやれたが、呪いという忌み嫌われる力に特化していたために何もできなかった。だが、それはそれ。原因を作ったコイツを許すことはできん!
「答えろ! なんであの王に呪病のことや巫女のことを教えた!」
「理由はあるけど、それを聞いてどうするんだい? 納得したら大きな声を出すのをやめるのかな?」
「遺言として事情くらいは聞いてやると言っている!」
「なるほどね。遺言としてはかなり長くなるけどいいかな?」
「早く答えろ!」
「せっかちな奴は嫌われるよ、モハルト」
ナギスダはそう言って読んでいた本を閉じ、テーブルの上にある飲み物に口を付けた。この余裕そうな態度が最高にイラつく。有無を言わさず首をはねてしまおうか……!
「魂には試練が必要だと思わないか?」
……何を言っているんだ、コイツは。いや、落ち着け。むしろ落ち着いた気もするが、ちゃんと意識して落ち着こう。コイツのペースに合わせては駄目だ。納得など最初からするつもりはない。コイツのくだらないであろう理由を聞いて、納得できないことを理解してから首をはねるだけだ。
「試練だと? 別に思わないな」
「ダメダメ、そんなんじゃ魂は輝かないよ」
「魂が輝かない……?」
「魂はね、大きな困難を乗り越えることで輝くのだよ。安心、安寧、平穏、それが悪いとは言わないが、それはぬるま湯のような物でね、その期間は魂が輝くことはない、むしろ腐っていくと言ってもいい」
「私の巫女や呪いをかけたあの少女に試練を与えてやったとでも言うつもりか!」
「その二人だけじゃない。あの隣国の――なんといったか忘れたけど、エスカリテの巫女がいる国にも、ルガ王国にも試練を与えてある。いや、それだけじゃないね、あらゆる国、あらゆる場所、そしてあらゆる魂に試練を与えたつもりだよ」
「お前が人として放浪していたときのことを言っているのか……?」
「その通り。だが、それだけじゃない、君達にも試練を与えているつもりだよ」
「我々に……?」
「この二千年近く、神という恐怖を忘れ、堕落した日々を送っていただろう? エスカリテが眠ったことをいい事に神を名乗るとはね」
「それは――」
「ああ、それはいいんだ。神になろうという向上心は大事なことだよ。ただねぇ、何もすることなく神を名乗るのはどうかと思うよ。昔の転生者が言ってたけどね、そういうのは棚ぼたというらしい」
タナボタ……何もせずに食べ物が落ちてくる幸運のことをいう言葉だったか。そう言われればその通りだ。エスカリテ様が他の神々を倒し、ご自身は眠りについた。そんな状況で誰が言い出したのか、自分たちが神になろうと言ったのが始まり。私達が何かをしたわけじゃない。誰もいなくなった神の座にそのまま座っただけだ。
「神を名乗りたいならちゃんとやりなよ。なんでエスカリテがいるのに神を名乗っているのさ。恥ずかしくないの?」
「確かに恥ずかしい行為だな」
「だろう?」
「だからと言ってお前が試練を与えるなんて神にでもなったつもりか? 元神よ」
「おやおや、痛いところを突くじゃないか。確かに今の私は神じゃないけどね、神の魂を持っている者ではある」
「神格なき魂が神を名乗っても滑稽なだけでは?」
「それは君達にも言えるねぇ」
そういってナギスダは笑い出した。
この笑い方、はるか昔に見たときと同じか。姿形は違うのに、魂が同じだけで笑い方も同じとは。当時から何を考えているか分からない神ではあったが、そんな考えがあったとは……となるとあの時もそうか。
「二千年前に勇者と魔王と操って殺し合いをさせたのも試練だと?」
「ずいぶんと古い話を持ち出すね。だが、その通りだよ。常に争っている必要はないけどさ、恒久的な平和を目指すなんてダメだよ。魂が腐るじゃないか」
「そのせいでエスカリテ様の怒りを買ったのに?」
「あれは驚いたねぇ。いつだって傍観者だった彼女が本気で怒りをこちらに向けたからね。ギザリアやミナイルたちを倒したときだって悲しんではいたけど、怒ることはなかった。あれは計算外……いや、計算以上の結果だったね」
「計算以上……?」
「神という立場に胡坐をかいていたのは私も同じってことさ。私の魂もいつのまにか腐っていたんだねぇ。エスカリテに倒されて転生したあとにそれが分かったよ」
「それがお前自身への試練だと?」
「その通り! いやぁ、いっぺん死んでみるものだね。人という立場になって初めて努力をしてみたよ。私の魂も少しは輝きを取り戻したかな!」
……無駄な話だったとは言わないが、つまらない話を聞いて損したという気もする。コイツはただ狂っているだけだ。ただ、それだけのこと。それが分かっただけでも良しとするか。
「もういい、お前の考えは分かった。誰にも共感されないと思うが、好きにしろ」
「おや、これを遺言にするつもりだったのでは?」
「それは俺の役目ではないことが分かった」
「じゃあ、誰の役目なのかな?」
「エスカリテ様に決まっているだろう。お前は近いうちに改めてエスカリテ様の怒りを買う。まず間違いなくな」
「確かに私が色々やっていたとばれたら危険だね」
「あの方はもう傍観者などではない。今や巫女を通じて積極的にあの世界に介入している。いずれ、お前のことにも気づくだろう」
「準備が整っていないから、もう少し時間が欲しいんだけどねぇ」
「準備……?」
「そんなことよりもさ、エスカリテの魂はどんな輝きを放つだろうね?」
「なに?」
「原初の神であるエスカリテ。彼女にも魂はあるだろう。試練を与えてあげるべきだと思うが、どう思う?」
「ハッ! トリックスター気取りか? お前がエスカリテ様の相手になるとでも? 記憶があるなら倒された時のことも思い出すんだな」
「……その通り、まだまだ力が足りない。もっともっと努力しないとねぇ……」
そう言ったナギスダの目にもう俺は映ってない。我々のように神に作られた天使ではなく、自らの知識と力で天使になったのは何千年ぶりのことなのだろうか。そしてそのためにどれほどの試練を自分に課したのだろう。人から天使、そして神へと至るために必要なのは信仰ではなく狂気だとは良く言ったものだ。
まあいい、もはやナギスダは俺をいないものとして扱っている。俺もこんな奴と関わるのは御免だ。このことはエスカリテ様に――いや、俺の巫女はまだ動けるような状態ではない。今は回復を祈ろう。今のルガ王国なら放り出すようなことはしまい。
……俺には共感できない考えだが、他の天使たちはどうなのだろうか。下手をすると天使たちの間で戦争になるか? この男ならそれも魂を輝かせる試練とか言い出しかねないが……それともそれが望みか?
マックスと話をしてみるか。たしか、ギザリア様やミナイル様の天使たちが住んでいる場所へ向かったと聞いた。俺も行ってみよう。天使たちのことでエスカリテ様のお手を煩わせてはいけないからな。




