小国の第三王子(別視点)
目の前でミシェルさんが優雅に紅茶を飲んでいる。その姿は余裕というか、上下関係が分かっただろうと言っているようにも思える。
確かにミシェルさんの言う通りだ。私とマリアさんじゃ何もかも釣り合わない。これまでマリアさんはこの国のために多くのことをしてくれた。マリアさんを王族に迎え入れ、その恩恵を受けようとしていたこともまた事実。客観的に言われたことで恥ずかしい行為だと自覚できた。
自分は浮かれていたのだと思う。マリアさんが巫女になった日に自分がその対応をしたし、その後も話すことが多く、他の巫女よりも接触が多かった。そして、祖母が世話になったことや、教皇様から聞いた話、名もなき聖女の像のこともあって多くのことを勘違いしてしまったんだろう。マリアさんは誰に対しても優しく、自分だけが特別というわけではない。
私は子供だ。少なくともマリアさんよりも精神年齢は低い。それに目の前にいるミシェルさんよりも。王子という立場を隠して司祭として働いているのも、教団や巫女の力をこの国のために使えないかと思ったからだ。たぶんだが、兄たちにはできないことを自分がやっている状況に酔っていたんだと思う。
そんな状況でマリアさんを聖女認定して娶ろうなんて、恥ずかしさで死にそうだ。
「ミシェルさん、貴方の言うことは良く分かりました」
「何が分かったの?」
「私がマリアさんに釣り合わないことです」
「……そう」
ミシェルさんは驚いている。私がそう言うとは思っていなかったんだろう。でも、諦めるつもりはない。釣り合わないなら釣り合うまで努力すればいい。罰ゲームだというなら、マリアさんが何をしなくとも平和で穏やかな国にすればいいだけの話だ。
「マリアさんに見合うような男になります」
「……はい?」
「そしてマリアさんがずっとここにいたいと思うような国にします」
「……えぇ……?」
驚きというか呆れの表情を見せている。隣にいる護衛のアイレダさんも同じだ。なにか変な生き物を見るような目で見られている。確かにそれくらい荒唐無稽なことを言っている。それでもやらなくては。
我が国はマリアさんの恩恵が欲しい、それは間違いない。私もそうだったが、ミシェルさんに言われた今は違う。マリアさんの他者を思いやる気持ちが……私は好きなんだと思う。王族や貴族が恋愛で結ばれることなんて稀だ。とくに身分の差による恋愛などは創作ではあっても実際には無理、行きつく先は破滅しかない。
それでも私はマリアさんと共に生きたい。それだけは自信をもって言える。今の私では口にしたところで何の意味もないが、決意を示すことは重要だ。
「マリアさんにも、そしてミシェルさんにも認められるような男になります」
「……ああ、そう。まあ、それは自由だから頑張ればいいんじゃない」
驚いてはいるが、興味はなさそうだ。今の私はその程度なのだろう。その評価を覆していかないとな。
そういえば……全く失礼な話だが、マリアさんのことだけ聞いてミシェルさんのことを聞いていなかった。辺境への介入に関してはまったく関係がないと言っているが、それを信じるとしてもなぜこの国にいるのだろうか。
しまったな。最初に聞くべきことだろう。マリアさんに対する浮かれっぷりがいまさらながらに自分の思考を低下させているようだ。しっかりしろ。
「もう少しお話をさせてもらってもいいですか?」
「いいわよ、金貨を十枚も貰っているし。マリア姉さんの何を聞きたいの?」
「いえ、聞きたいのはミシェルさんのことでして」
「私のことなんて聞いても意味ないわよ。あの国とはもう縁を切ってるし。この子は向こうの国の子だけど、悪いことはしないはずだから大目に見てあげて」
アイレダさんはミシェルさんを申し訳なさそうな顔で見ている。色々と訳ありなのだろうが、その状況も知っておきたいところだ。この状況が何かの策略とまではいわないが、ミシェルさんがこちらについてくれたら助かる。マリアさんがいる以上、この国寄りなのだろうが、どう考えてもマリアさん優先、この国は二の次、三の次……というよりもどうでも良さげだ。
最終的にはマリアさんと共にこの国から逃げるという考えもあるのだろう。それだけは避けて欲しいところだ。そのためにも多くの情報を得る。当然、真偽の確認も必要だが、まずは本人に聞くべきだろう。
「大目に見る代わりに教えてもらっても?」
「……まあいいわ。で、何を聞きたいの?」
「なぜこの国にいるんです?」
「捨てられたの」
「捨てられた……」
「あの国では魔力がない王族に生きる価値はないみたい。貴方の婚約者となってこの国に嫁いでいたならまた違っただろうけど、断られたしね」
「……それは申し訳……」
「謝らないで。私ね、今、幸せよ。生きてるって感じがするし、マリア姉さんの妹になれたしね」
嘘ではない。おそらく本気でそう思っている。挑発的な笑みが消え、今では本当に幸せそうに笑っている。もっと幼い時に会ったときはずいぶんと冷たい感じの子だと思ったが、マリアさんと会って何か変わったのだろうか。
だが、驚いた。魔力がないというだけであの国の王族は子を捨てるのか。しかも成人もしていない子を。護衛はいるようだが、この子も若いし、正直なところ強くは見えない。どちらかといえば侍女だ。
「国境にある森、あそこに捨てられたんだけど、あの国に戻っても追い返されるのが分かっていたからこっちに来たの。私の死体が見つかったら何かしらのいちゃもんをつけたのでしょうね。まあ、生き残ったけど」
「よくご無事で」
「たまたま森に来ていたロディス先生に助けられたのよ。運だけはあったのね」
英雄ロディス様か。孤児院の運営手腕はともかく戦闘力だけならこの国で最強だろう。あの人に助けられたというのは相当な運だったわけだ。
「その後は孤児院でお世話になったわ。当然、マリア姉さんにもロディス先生にも私が王族だという話はしていないから、そこは気を付けてよね」
「ええ、ご安心ください。それに関しては何も言わないと誓います」
「助かるわ。とにかく、それが七年くらい前だったかしら。私はまだ八歳で、マリア姉さんは十一ってところね」
「私には想像できないほどのことがあったんでしょうね」
「王族から孤児よ? 生活のすべてにびっくりしたし、こんなところにいるべき人間じゃないって反発もしてた。そのたびにマリア姉さんのげんこつが飛んできたけど」
「げんこつですか?」
「マリア姉さんはね、悪いことをしたり、わがままを言う子には鉄拳制裁よ。げんこつを食らい過ぎて頭が割れるかと思ったわ」
ミシェルさんは嬉しそうにそれを語っている。当時はともかく、今となっては良い思い出なのだろう。でも、それだけでマリアさんをあんなに慕うだろうか。もしかすると何かあったのかもしれないな。
「マリアさんを慕っているのは、それが理由ではないですよね?」
「そうね、それから二年後、つまり五年前ね、あの国が辺境を独立させようとした少し前、私が生きていることが知られたの。その後、孤児院に出入りしていた商人に連れられて来たのがこの子なんだけど、ロディス先生を篭絡できなかった商人は、失敗の責任を負うのを恐れて私を売って逃げるつもりだったようね。それを助けてくれたのがマリア姉さんよ」
「そんなことが……」
「この子は護衛として来てたけど、何の役にも立たなかったわね」
その言葉にアイレダさんは唇を噛んで悔しそうにしている。五年前と言ったらアイレダさんも成人していないだろう。いや、今もしていないのか? それなら当然のことだと思う。まともに戦闘訓練も受けていないような子供に護衛は無理だ。それとも守れないことを見越して送ってきたのか……?
「ルガ王国は護衛できない人をわざと寄越したので?」
「……余計なことは言わないで」
ミシェルさんも同じ考えか。だが、アイレダさんは驚きの顔だ。失敗することを期待されているなんて屈辱もいいところだろう。しかもそれを知らされていない。確かに余計なことを言ってしまったな。
「あの、アイレダさん……」
「……」
「この子は私の許可なく話さないわ。言いたいことがあるなら言ってもいいわよ」
「……いえ、特に何も……」
気まずい沈黙が続く。そのうち、ミシェルさんが自分を睨みつけてきた。
「ああもう! アンタねぇ、王族のくせに空気読めないっていうか、そういうことは言わないでいいのよ!」
「申し訳ないです。ミシェルさんはアイレダさんに悟られないようにしていたんですね。余計なことを言ってしまいました」
「え……?」
「だ・か・ら! そういうことも言わなくていいの!」
これはいけない。口にする言葉がことごとくミシェルさんの怒りを買っている。おそらくアイレダさんに対して色々と画策していたのだろう。しかも本人にばれないように。それを自分が言ってしまったわけだ。
「あの、ミシェル様……?」
「……いい機会だから言っておくわ。あの国に何かを期待するのはもうやめなさい。貴方は私の護衛を失敗する前提で送られてきた。私の護衛が上手くいったとしても役立たずだと思われ、失敗しても極刑よ。選ばれた時点で詰んでるの。あの国や私を見限って別の国で生きなさい」
「で、ですが……」
「家族が心配かもしれないけど、私を守って死んだとか言っておくわ。それで追手はいなくなるし、名誉の死ってことになるから悪いことにはならないわよ」
「い、いえ、家族は遠い親戚だけでして……その、私は疎まれていましたから」
「……なら心配はないわね。別の国、たとえば聖国とかに行けば安心よ」
アイレダさんは視線を下げて何かを考えているようだ。逃げるというなら支援してあげるべきだろう。聖国ということなら教皇様に相談してみるか。
「いえ、私はミシェル様にお仕えしたいと思います。護衛としては無能でも、身の回りの世話ならお任せください!」
「えぇ……?」
「私もミシェル様と同様、あの国とは縁を切ります! ですので、どうか侍女としてお仕えさせてください!」
「私じゃ貴方を雇えないわ。お金ないし」
「無料でかまいません!」
「いや、そういうわけには――」
「先ほど金貨十枚を渡しましたよ?」
「……アンタ、さっきから余計なことばっかり言ってない……?」
これは意図的に言ったことだが、少しくらいの意趣返しはしておきたい。それにミシェルさんも言葉はともかく色々と気を使っている人の様だ。マリアさんの妹という肩書にこだわることなく優しい人なのかもしれない。マリアさんと一緒にこちらにこの国に引き込みたいところだ。私は無理だが、兄たちに紹介するのもありだろうか?




