憂鬱の王(別視点)
「では、母上のお気に入りは魔国に?」
「はい。マリア様は今朝、出発いたしました」
「フレイティスも一緒か?」
「はい。魔国への訪問は教団の案件ですので」
「……二千年前の魔王か」
「その通りでございます」
数日前に母上と執事のオルエンから話を聞いたがいまだに信じられん。今や巫女マリアは我が国の命運を握っていると言うほどの影響力を持った。教団のトップである教皇から信頼を得て、大国であるルガ王国に恐れられる、さらには唯一の神とも言われるエスカリテ様の寵愛を受けるか。しかも、かつて神で人に転生した我が国の英雄ロディスの後ろ盾や同じく神が転生した猫やフェニックスまでいるとは。
どれか一つが嘘でもまだ足りん。すべてが嘘だと言って欲しいほどの状況よ。辺境の独立を防いだだけでも感謝してもしきれないのだが、ルガ王国はもとより周辺国への牽制により、今や我が国は中央で聖国に次ぐほどの重要な国と言われるほどになっている。ルガ王国のカリア女王の訪問やエルフの国からの使節団などの予定もあり、多くの目が注がれておるわ。
王としての手腕でそれが成せればよかったのだが、その全てがマリアという娘のおかげ、母上の先見の目が――いや、違うな、おそらくは母上もここまでとは思っていなかっただろう。指輪を探してきたころから気にかけていただろうが、これほどまでになることを想像できるわけがない。今やマリアは言葉一つでこの国は滅ぼせると言ってもおかしくない、とんでもない人物を抱え込んだとしか言えん。
正直なところ、どう扱ってよいのか全く分からん。分かりやすい欲があるなら操ることも可能だろう。だが、本人はほぼ無欲、義理と人情が優先されるような人物だ。だが決して無垢な善人ではないことも分かっている。
それが証拠にルガ王国では自分が悪者となって疫病を防いだ。状況だけみれば、マリアは宝物庫から勝手に金を盗んで施しを行ったことになっているが、それを信じる者はおらん。カリア女王が頼み、自ら悪女となってルガ王国を救ったということが事実として広まっている。
恐ろしいことよ、マリアが自分がお金を盗んで施したと言っている以上、他国は疫病の発生源となったルガ王国を批判することはできまい。だが、ルガ王国から見ればどうだ。マリアがカリア女王に頼まれたことだと一言でも言ってみろ、待ってましたと言わんばかりに周辺国はルガ王国を非難するだろう。下手をすれば戦争だ。
カリア女王はそれが何よりも怖いはず。普通の状況なら戦って負けるような国ではないが、疫病により国が疲弊したため、いまだに完全な状態ではない。だからマリアがいるこの国に女王自ら謝罪に来る。マリアにも面会を求め、直接謝罪する可能性もあるな。
それを笑って見ていられる立場でないことが頭の痛いところよ。マリアの言葉一つでルガ王国は危険に晒されるが、それは我が国も同じこと。マリアの言動によって我が国は繁栄もするが衰退もする。今、我が国が大国と張り合えるのは、マリアが住んでいる国、たったそれだけのことでしかない。マリアがこの国を嫌い、出ていかれでもしたら、この国の価値は今の半分もあるまい。
これだけの状況を作る者が善人なわけがあるか。マリアは聖女という声も聞かれるが、稀代の悪女と言われていても足らんわ。
「難しい顔をされておりますが」
「あまり言いたくはないが、マリアと言う娘は厄介だな。扱いが難しい」
「エルドンナ様が言うのは自由にさせるのが一番とのことです」
「自由か」
「はい、捕まえておくことなど不可能、神と同じようなものだと」
「人の身のまま神となったか。そう言われても納得できてしまうな」
一部ではマリア本人を信仰しているという者もおるとか。この国だと辺境にそういう者が多いらしい。巫女になる前から結果を残してきたマリアだ、辺境ではそうなるのも間違いではあるまい。それにルガ王国の王位継承権を放棄したミシェルがマリアの熱心な信者との報告もある。母上も似たようなものだがな。
今やこの国でエスカリテ様のことを知らぬ者はおるまい。そしてその巫女であるマリアのことも。信仰するかはまた別として、多くの町や村にエスカリテ様の像が置かれているからな。像への祝福のおかげで体調が良くなる者も多いと聞く。魔物を退ける力もあるようで、他国からも融通してほしいとお願いされるほどだ。像は教団の管轄なので何もできないと返しているが、マリアに直接頼んで何とかしてほしいという依頼が毎日のように来る。
本当に困ったものよ。制御できぬ神の力ほど厄介な物はない。とはいえ、王として投げ出すような真似はできんな。どのような状況であろうとも国民のために正しい判断をせねば。
「それで報告は以上か?」
「いえ、明日の会議に出る予定の情報を事前にお伝えしておこうかと」
「……マリア絡みの情報なのか?」
「そうなります。明日聞くよりも心の準備はできるかと」
「心の準備が必要なのか……」
「エルドンナ様の配慮ですが、いかがいたしますか?」
「……聞こう」
「はい、では税収の件なのですが」
「税収? 半年以上先の話だと思うが、この時期にか?」
「はい、今の時点で前回の三倍以上の税収になると試算が出ております」
「三倍? 今の時点でか?」
「はい。最終的には五倍になる可能性が高いと」
「……これがマリア絡みの報告なのか? 詳しく説明してくれ」
……オルエンの報告を聞いたが、呆れたとしか言えん。確かに教皇の歓迎パレードでそれなりの税収が見込めるとは思っていたが、予想以上すぎる。
食品や化粧品、それに薬品か。これらの他国への売り上げが相当なものになっている。錬金術師ギルドと薬師ギルド、それに販売をする商人ギルドの予想収益が伸びすぎだ。ただ、これらが全てマリアのおかげというのがな。
「報告によれば薬品はマリアではなく、別の巫女らしいが?」
「はい、草神ドバ様の巫女クフム様です。ただ、クフム様はマリア様を通してエスカリテ様から新たな知識を得たようでして」
「……新たな知識?」
「現在の神は天使だとお伝えしたと思いますが、覚えておいででしょうか」
「忘れるわけがなかろう。いまだに信じられんが、そうだとは聞いた」
信じられんことだが、我々が神と呼んでいる方たちは神ではなく天使と呼ばれる存在だ。かつて本物の神に仕えていたとのことだが、これを理解するまでに数日時間を要したものよ。むしろいまだに理解していないと言ってもいい。
「ドバ様が仕えていた神の知識をエスカリテ様が渡したそうでして、その知識からクフム様しか抽出できないエキスがあるようです。そこから作り出された薬は高性能、高品質で、かなりの値段で取引されています」
「そういうことか」
「それを踏まえて次の報告があるのですが」
「……聞こう」
「魔物の被害が相当減っております。しかも先月の死者はいないとのことです」
「……待て待て待て、そんなことがあり得るのか?」
魔物の被害は常にある。死者に関しても毎月二桁はあり、一桁でも奇跡といわれるほどだ。それが無し? ドラゴンが襲ってきたと言われた方がまだ信憑性がある報告だぞ。
「クフム様が抽出したエキスで作られた薬が高性能なこと、女神エスカリテ様の像が魔物を寄せ付けないこと、また魔物の動向が分かるようになった点が大きく影響しています」
「魔物の動向……以前報告があった虫神様のお力か」
「はい、虫神ロシダス様の巫女トッカ様が各地にいる虫から魔物の情報を聞いてくださいまして、そのおかげで魔物たちの行動を把握、討伐が効率的になっております」
「……いままでそれがなかったのは、新たな知識だからか?」
「それもあるのですが、これはどちらかと言うとマリア様の発案です」
「マリアの発案……?」
「はい、トッカ様は虫と話ができる巫女という認識だったのですが、マリア様がトッカ様に虫と交渉できないかとご提案されたそうで」
「……虫と」
「はい、広範囲の虫と会話ができるようになったのはロシダス様がお仕えしていた神の知識だそうですが、虫との交渉に関してはマリア様のご提案です。魔物の動向以外にも、蝶の鱗粉採取、それに養蜂やカブトムシによる畑の防衛などがあります。魔物の被害が減ったのもカブトムシの貢献が高いとか」
「……ふと疑問に思ったのだが、この国は何を目指しておるのだろうな……?」
「それは王が決めることだと思いますが」
そのはずなのだが、なにか勝手に変な国になっていっている気がしてならん。この国の手綱を引くのは王である私の役目なのだが、国が勝手に動いていると錯覚をしてしまう。しかも私には悪いことに国が良くなっている気がする。このままだと王である私の存在意義が微妙になるとしか言えん。
いまさらながらに先代国王である父上の偉大さが分かる。母上が言っているように決して優秀な方ではなかったが、国の手綱を引くと言う点では私よりもはるかに優秀だったのだろう。多くの人に支えられなければならなかった父上、だが、父上はこの国を豊かにした。本当は母上を欺けるほど優秀な方だったのではないか? 一度母上と話してみる価値はあるな。
「状況は分かった。明日聞いていたら思考がまとまらない可能性があったな。母上に礼を伝えておいてくれ」
「承知いたしました」
「それとマリアに関しては自由にさせるとも伝えておいてくれ。おそらく私では扱いきれん。何かあれば母上に相談したいともな」
「承知しました」
「では、他になければ下がってくれ。少し、疲れた」
「はい、では」
そう言うとオルエンは影に消えるようにしていなくなった。そして私はいつの間にか大きく息を吐いていた。
国が豊かになるのは間違いなく良いことなのだが、それが一人の恩恵で成り立っているのは問題だ。神の声を聞ける巫女というのもあるが、それだけでここまでの結果は出せまい。辺境の件は偶然で片付けても良かったが、ここまで来ると全てが計算のようにも思える。
今やマリアを取り込めた国が世界を支配できると言っても過言ではない。母上は自由にさせた方が良いとのことだが、ここはフレイティスに頑張ってもらうべきだろう。不肖の息子ではあるが、なんとかマリアの心をつなぎとめて欲しいところだ。




