081 獣人は大人になるのが早い
「ね、お願い。いいでしょ?」
「駄目だよ。例外は許されない」
「でも……」
「そんなに行きたければ、別の日にバーノルドから許可を貰う事だね」
「…………うん」
バーノルド邸に帰る途中で、チーが通りかかった雑貨屋を見て寄り道したいと言いだした。
だけど、スーロパはそれを「駄目だ」の一点張りで許さない。
そんな事まで許可がおりないとは思わず黙って見ていたけど、流石にもうそれも出来そうにない状況だった。
わたしはチーの隣に立ってスーロパを見上げた。
「あの、わたしまだバーノルドさんに誕生日プレゼント買ってません」
「はい? 誕生日プレゼント?」
「あれ? 言いませんでしたっけ? バーノルドさんに外出許可証を貰ったのは、誕生日プレゼントを買って来ると言う理由があったからです。このままだと、スーロパさんのせいで他のお店に入れなくて、プレゼントが買えませんでしたって報告する事になりますけど?」
「――っな!?」
サガーチャさんの真似をしてみた。
こういう如何にもないやらしい言い方をすれば、スーロパが何も言い返せなくなるのはサガーチャさんのおかげで分かっている。
実際スーロパは反論が出来なくなって、ため息を吐き出してから「負けたよ。ボクが悪かった」と素直に謝った。
正直サガーチャさんの時の事があったから、わたしも睨まれると思って身構えていたけど、意外とあっさりしていて拍子抜けした。
「マナお姉ちゃん、ありがとう」
「うん、良かったね」
嬉しそうに笑うチーと手を繋いで雑貨屋に入ると、中は結構広く、見た事も無い物がズラリと並んでいた。
店の中に入るとチーは目を輝かせて店の奥の方に入って行き、わたしは苦笑してから、チーの後をゆっくりと商品を見ながた追う事にした。
本当に色んな物が置いてあるな。
バーノルドには適当に買ってあげて、チーの買い物を……って、あれ?
「チー?」
ゆっくりし商品を見すぎてしまい、チーを見失ってしまった。
何処に行ったんだろう? と、チーを捜していると、ククとメソメがわたしに駆け寄って来た。
「マナ、プレゼントは決まったか?」
「え? まだだけど」
「それならこんなのはどうかな?」
わたしの目の前に長細くて薄い木の棒を出して、メソメがニコッと微笑む。
よく見るとそれは先の方が緩やかに曲がっていて、犬だか猫だかの足の様な形をしていた。
本当に何なのか分からない。
「何これ?」
「猫型の孫の手って言うらしいよ」
「猫型の孫の手……」
聞いた言葉をそのまま繰り返して、困惑しながらその猫型の孫の手なるものを受け取る。
しかし、本当に何なのかが分からない。
猫型って事は、多分【孫の手】の方が正式な名前だと思う。
だけど、孫の手ってなんだ? って感じで、わたしは首を傾げた。
こっちの世界の物はよく分からないな。
これって何に使うんだろう?
「こうやって背中をかく道具だってさ」
首を傾げて孫の手を見つめるわたしに、ククがそう言って曲がっている部分で背中をかいた。
それを見て「成る程」と感心していると、何処からか「マナお姉ちゃん」とチーのわたしを呼ぶ声が聞こえた。
声の聞こえた方に振り向くと、チーがお店の棚から顔を出して、ニコニコしながらわたしの許に小走りでやって来た。
「マナお姉ちゃん、バーノルドおじさんのプレゼント決まった?」
「うん、これ。ククとメソメが見つけてくれたよ」
どうやらチーはこれを知っているらしい。
猫型の孫の手をチーに見せると、チーが「まごのてだー」と言って目を輝かせた。
「あれ? チーちゃんは何も買わなかいの?」
「うん」
メソメがチーに尋ねて気付いたけど、あんなに雑貨屋に入りたがっていたのにチーは何も持っていなかった。
欲しい物が置いてなかったのか、もしくは見つけれなかったのか。
とにかく、それなら念の為一緒に探してあげようと思ってチーに聞こうとしたけど、その前にスーロパがやって来た。
スーロパはわたしが持っていた猫型の孫の手を見て「決まったなら直ぐに帰るよ」と言って、猫型の孫の手をわたしから取り上げて、直ぐに背中を向けてレジに向かった。
だけどその時、わたしはスーロパの表情を見逃さなかった。
スーロパは何か焦った様な表情を浮かべていて、何かに怯えている様だった。
その顔を見てわたしは何も言えなくなって、そのままスーロパについて行く。
チー達は気が付いていない様子だけど、スーロパは明らかに焦っている。
レジでお会計をする時も、何か慌てた様子で素早く支払いを済ませていた。
「あれ? スーロパお姉ちゃん、誕生日プレゼントなのに包装してもらわないの?」
「あ、ああ。そうだったね」
少しだけ声が裏返った?
それはほんの少しで気にならない程度だったけど、スーロパがチーに返事をする時に少しだけ声が裏返っていた。
スーロパの身に何が起きたのか知らないけど、明らかにおかしい。
何が起きたのか気になったけど、チーがわたしに向けて「可愛いね」と言った為、気にする暇はなくなってしまった。
振り向くと、店員さんが包装用紙の種類を幾つか見せてくれていて、どれで包むか選んでほしいとの事だった。
まあ、正直バーノルドへのプレゼントの包装なんて、楽しそうなチーには悪いけど全く興味も出ないので適当に決める。
「じゃあこれでお願いしま……す」
適当に選んだ包装用紙に指をさして店員さんの顔を見て、わたしは異変に気がついた。
店員さんの目は虚ろ気で、それはラヴィみたいな元々そういう目では無いと分かる様な異常さ。
精気と言うものが感じられなくて、何処か目の焦点が合っていないとすら感じる。
しかし、一見普通には見える。
だからここにいる皆は気が付いていないし、その異常さに気が付いているのはわたしだけだった。
店員さんはわたしが指をさした包装用紙を手に取って、静かに「少々お待ちください」と言って笑ったけど不気味で、目は完全に笑っていなかった。
ただ、それだけだった。
その後何かが起きるわけでもなく、本当にただそれだけ。
わたし達は何事も無く買い物を終えて雑貨屋を出た。
帰り道も何も無い。
皆で楽しく会話をしながら帰るだけで、何かの事件にまき込まれる事も無い。
スーロパの様子も帰り道では元通りになっていたし、本当に何も無かった。
…………何も無かった?
いや、ある!
と言うか現在進行中。
わたし達の後をつける一つの影。
あれは間違いない。
あのランジェリーショップの制服と動物の耳と尻尾とメガネ……と言うか、物陰に隠れている様で全く隠れられてないあのマヌケ面はお姉だ。
しかし何故だろう?
あんなド素人丸出しの尾行に、何故かスーロパが気付いていない。
他の皆ならともかく、何故アレに気付けないのか謎すぎた。
お姉、もう本当に何や――
「――ってぁひゃあ!」
お姉が気になりすぎて躓いてこける。
痛い……。
「愛那ちゃん! 大丈夫ですか!?」
「う、うん。大丈夫。ありがとう、おね――っ!?」
お姉がこけて倒れたわたしに手を伸ばしたので、その手を掴んだところでわたしはこの状況に焦る。
まさかの展開すぎて頭の中が真っ白になった。
お姉に皆の視線が集まり、チーがお姉に近づいて顔を見上げる。
「あれ? お店のお姉さん?」
不味い事になった。
この状況をどう切り抜ければいいか考えるけど思いつかない。
スーロパとの戦闘は免れない。
わたしは立ち上がり、お姉の前に出る。
すると、お姉がわたしの肩を掴んで前に出た。
「今日から奴隷として働く事になった愛那ちゃんのお姉ちゃんの牛の獣人のお姉ちゃんです! よろしくお願いします!」
「は?」
開いた口が塞がらなかった。
最早何からつっこめば良いのか分からない。
と言うか、その耳と尻尾は牛だったのか……って、そんな事はどうでも良い。
わたしはお姉の突然の意味不明な言葉に、どうすればいいのか分からず頭を混乱させた。
そんな中、チーが首を傾げて、お姉に興味津々といった視線を向けた。
「牛のお姉ちゃんはお名前がお姉ちゃんなの?」
「はい。そうです!」
「いや、そんなわけないでしょ!」
思わずつっこんでしまった。
すると、突然の事でスーロパも今まで困惑していたのか、ここでようやく「ちょっといい?」と声を上げた。
「はい。なんでしょうか?」
「君は……バーノルドに雇われたの?」
「バーノルドって誰ですか?」
「…………」
「…………?」
ほんの数秒間だけ沈黙が続く。
わたしは何だか頭が痛くなるのを感じながら、お姉にひじ打ちして周りに聞こえない様に声を潜めて「偽リングイの本当の名前」と教えた。
多分これで伝わる。
お姉があれからどれ位の情報を手に入れたか知らないけれど、奴隷商人のスパイをしていたスミレさんと情報交換をしている筈。
それなら、奴隷商人と契約を交わした偽リングイの事を知っていてもおかしくない。
お姉はわたしから偽リングイの正体を聞くと、キリッと顔を引き締めて、何故か今にもキラッと言いそうなアイドルの様なポーズを決めて「その人です!」と言った。
「その人って……君、本当にバーノルド邸の奴隷になるの?」
「もちろんです! あ、でも、エッチなのはしません!」
お姉……。
「お姉ちゃん、エッチなのってなあに?」
「そうですね……あえて言うなら――」
「――いや、答えなくて良いから」
「そうですか?」
思わずため息を吐き出したくなった。
本当に何これ?
どうしてこうなった?
「俄かには信じがたいけど、一応バーノルドに確認しないとか~。一緒に来てもらえる? ええと……」
「お姉ちゃんです!」
「……お姉ちゃんさん」
「はい! わかりました!」
いや、本当に何これ?
って言うか、モーナとラヴィは…………多分無事だろうな。
お姉のこの馬鹿っぷりを見れば分かる。
でも、本当にどうすんのこれ?
「さあ、行きましょー!」
「お姉ちゃん、そっちじゃないよー」
あさっての方向に進むお姉の腕を、チーが掴んで「こっち」と先導する。
そんなお姉とチーの姿を見て、頭を抱えずにはいられなかった。
でも、何故だろうか?
相変わらずのお姉の姿を見て安心して、何故だか心の奥底から勇気が湧いてきた気がした。
わたしの目的は元の世界に戻る事。
そうだ……こんな所でいつまでも止まってるわけにはいかないんだ。
まるで止まっていた時間が動き出すように、わたしの中で何かが産声を上げる。
元の世界に戻る為にも、チーや皆を自由にさせてあげる為にも、今の状況を跳ね飛ばすんだ。
お姉、大切な事を思い出させてくれてありが――
「愛那ちゃーん! 見て下さい! この子隠れ巨乳です! 将来が楽しみですね!」
――っんん!?
「あはは~。バレちゃった。この事は、バーノルド様には内緒にしてね~」
牛の獣人カルル。
7歳。そう、7歳。7歳なのだ!
わたしよりも普通に歳が下って言うか、7歳でおっぱい大きいとかふざけてるとしか思えないこの少女は、いつも眠たそうにしている。
今日も眠たそうで、実はずっとボーっとしていた。
やはり寝る子は育つと言うのは、迷信では無かったという事だろうか?
「愛那ちゃんも触りますか?」
「触りますかって……」
お姉に呆れながらカルルに視線を向ける。
確かに7歳とは思えないボリューム。
羨ま……いや、何でもない。
「マナさんなら触っても良いよ~」
「え? マ? それなら参考までに」
「何の参考だよ」
ジト目でつっこみを入れたククをよそ目に、わたしはお言葉に甘えてカルルの胸を触ってみた。
「すごっ」
当たり前だけどお姉には遠く及ばない。
だけど、7歳と言うのを疑う触り心地。
獣人は10歳で大人になると言うけど、これはどう考えてもそれとは別だ。
少なくとも、バンブービレッジにいたうさぎの獣人のラリューヌは胸が無かった。
気がついた時には、わたしは胸囲の格差社会を感じて項垂れていた。
そして。
「何やってんだよ」
そんなククの言葉が聞こえた気がした。




